お風呂の声が聞こえる
やはり女の子と一つ屋根の下というのは緊張するらしい。
昔は妹が電気ガス水道の止まった俺の部屋で泊まりに来ていたこともあったのだが、あれをカウントしてはいけないだろう。
とはいえ、子供達もいるから多少なりとも緊張はやわらいでいる。
そのおかげもあってか―――
『むっ……ソフィアさん、意外と大きいんですね』
『ふぇっ!? そ、そんなに見られると恥ずかしいんですけど……』
おほぅ、これまたドキムネが収まりそうにない声が聞えてきたぞ。
子供達は一体何をしているんだ、役に立て。
―――どうやら、この孤児院は色々と壁が薄いらしい。
しかし、それは意図的に造られたもので、子供達に何かあったらすぐに駆け付けられるようにするためなのだとか。
そのせいで、夜食の食器を皿洗いしている俺の耳に
なんだろう、逐一会話が拾えてしまうのも考えものだ。
それにしても、そうか……ソフィアたんは胸が大きいのか。
大佐、見に行きたいというのが本音であります。
「お兄ちゃん、鼻血出てるぞー」
おっと、失敬。
『孤児院のお風呂って大きいですよねー。二人が入っても余裕ですよ』
『子供達と一緒に入れるよう作ってありますから』
ほほう、そういう目的のだから大きな浴槽だったのか。
確かに、子供達と一緒に入るには大きな浴槽でないと狭くて大変だろう。
孤児院の子供達の年齢は幅広い。ある程度成長している子供達ならいいが、まだ誰かからの補助を必要としている子供達であれば誰かがサポートしなくてはならない。
そういうのが、主にシスターとしての役割なのだろう。
「お、お兄ちゃん……なんで唇を噛み締めながら睨んでくるんだよ」
俺も転生した肉体がもっと若ければ……ッ!
『今思ったんですけど、私ってソフィアさんとあまりお話したことなかったですよね』
『ふふっ、そうですね。この街も広いですから、中々お会いする機会も少なかったですし。ですが、イリヤさんのお名前はよく耳にしましたよ!』
『えっ、そうなんですか!? いやー、私も有名になったものですねー!』
『はいっ! 「路上で寝ていたり、ひもじい姿で物欲しそうに見てくる男を見かけたらイリヤさんに相談すればいいから」って、よく言われました!』
『……それ、有名枠じゃなくてお守り枠で聞いただけですよね?』
イリヤも苦労しているみたいだ。
認知されていたとしても、そういう話で名前が挙がったとなれば複雑な思いを抱いているに違いない。
まったく、そういう不審者がいるからといってイリヤに押し付ける周囲はどうかと思う。
『逆にししょーの名前は聞いたことはなかったんですか? あんなよわっちそうで貧乏で可哀想な男ですけど、なんだかんだ言ってS級の冒険者ですし』
弟子に酷い言われようだ。
尊敬の「そ」文字もないとは、師が聞いたら泣いてしまうだろうに。
いけない、ちょっと瞳に冷たい雫が。
『い、一応耳には……ですが、S級の冒険者さんは住む世界が違うような気がして、あまり関わろうとは思えなかったんです』
俺、冒険者やめようかな。
『ですが、私はそんな冒険者さんに助けられてきたんですよね……』
『って言いますけど、一歩間違えれば迷惑行為ですよ』
『そんなことありませんっ! イズミさんには本当に助けられてきました!』
食器を洗いながら、ソフィアたんの強い声が聞えてくる。
話題に挙がってきてしまったからか、なんか聞いてはいけないような聞きたいようなという狭間に立たせられた。
ソフィアたんはここの壁が薄いことを知っているだろうに。どうして聞こえそうな会話を平気でしているのだろうか?
『……今こそそれなりに苦もなく生活していたんですけど、二、三年前までの状況はかなり悪かったんです』
『そうなんですか?』
『はい、孤児院はあくまで「子供達が最低限生きていられるように」と作られたものですから、教会から与えられるお金というのはとても少なかったんです』
孤児院は慈善団体だ。
働きもしない、利益も与えない。そんな人間を生かすためだけに作られたのだから、そこに裕福さまでは与えきれないだろう。
そういう描写も、確かゲームであったような気がする。
『ですので、イズミさんから送られてきた寄付には大変助けられていました。他の方々も心配はしてくれますが、自分達の生活もありますので寄付まではいかなかったんです。も、もちろんっ! それが悪いなどとは言ってませんよ!? 心配してくれるだけでも嬉しいものですから!』
ソフィアたんが慌てた様子で否定する。
時折聞こえてきた水音が激しくなったので、恐らく激しく首が手でも振ってイリヤにアピールしたのだろう。
『ですから、イズミさんからの寄付はとても助かりました。今、子供達が「お腹空いたー」など言わずに元気にしているのも、イズミさんのおかげです』
『…………』
『それに、私自身も助けられました』
俺がソフィアたんを助けた?
はて、そんな覚えはないのだが。
『イズミさん、毎回寄付を送ってくる度に一筆手紙を添えるんです。「頑張ってください」とか「応援しています」とか』
『へぇー……ししょー、そんなことしてたんですね』
そりゃ、
あまり過剰なアピールはせずに、目を通してもらいやすい文量がコツだ。
『私も一人の人間ですから、子供達の面倒とかで辛かった時もありました。ですが、イズミさんから送られてくる手紙に……私は、いつも励まされていたんです』
なんと、俺のコメントが推しの励みになっていたのか。
これは、なんというか───
「お兄ちゃん、泣いてんのか?」
「な、泣いてねぇし……!」
嬉しすぎて気を抜けば泣いてしまいそうだ。
ファンとして、推しのこのセリフはこれ以上の喜びがないぐらい素敵な宝物すぎる。
今まで頑張って
宿なし、食費なしでひもじい思いをしていた過去が報われた気分だ。
『だからイズミさんには本当に感謝しています。シスターとしても、一人の人間としても。お礼を言えて今はかなり気分がいいんです』
『……粋なことをしやがるししょーです』
あ、明日からもっと頑張ろ。
推しの役に立つために。
『あの、そういえば』
『はい?』
『イリヤさんはイズミさんのお弟子さんなのでしょうか? ししょー、と呼んでいたので』
『あー、一応私が勝手に呼んでるだけなんですよね。まぁ、ししょーも抵抗なく受け入れてくれちゃってますし、師弟関係って言ってもいいかもしれませんが』
そういえば、なんだかんだ「ししょー」って受け入れてたな。
ちょっと男にとっては「師」って呼ばれるのにちょっと憧れがあったし。
『ふぇっ? え、えーっと……』
『ははっ、よく分かんないですよね! でも、私は気に入ってるんですよ』
そう言って、少しばかり間が空いた。
そして───
『冒険者になりたての私を助けてくれたのは、ししょーですから……』
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