泊まることになった

 ここで寝泊まりしませんか。

 そう言われて、男であればどう思うだろうか?

 もちろん、ソフィアたんは単純に泊まるところがない俺を心配してくれて言っているのだろう。

 嬉しくないわけがない。でも、一緒に一つ屋根の下という言葉はそんなに単純なものではないのだ。


『お帰りなさいです、イズミさんっ!』

『イズミさん……お風呂、一緒に入りますか……?』

『来て……イズミさん……』


「ガハッ!?」

「だ、大丈夫ですかししょー!?」

「そ、そんな……子供は二人ほしいだなんて」

「……今の一言でどこまで飛躍してんですか」


 心配する瞳が一瞬にして侮蔑色に染まった。

 心配してほしかったわけではないが、誰も侮蔑してほしいと言ったわけじゃない。

 女の子からそんな目を向けられるのはかなりショックだ。


「あ、あの……イズミさんは何か持病でもあるのだろうか?」

「ししょーは頭の病気を持ってます」


 遠回しに「馬鹿」だと言われている気がせんでもない。

 こう見えてもS級の冒険者である程度の教養もあるのに失礼なやつだ。


「ありがたい話なんですけど、いいんですか? 俺が孤児院で泊まるなんて」

「部屋は余っていますし大丈夫です! むしろ、これぐらいさせてくださいっ! イズミさんには大変お世話になりましたから!」

「いや、そういう部分では……」


 恩義の前に男との同棲に違和感を持ってほしいものだが……うん、この純粋さこそソフィアたんの魅力。今日も推しが尊い。


「まぁ、泊まらせてもらうのはありがたいですし、お言葉に甘えようかな」

「本気で言ってますか、ししょー!?」


 申し出を受けようとすると、横にいるイリヤが「正気か」とでも言わんばかりの顔を向けてきた。

 確かに、イリヤにも「男と一つ屋根の下」という懸念があるのだろう。

 客観的に見ても、この構図は危険だ。本来であればソフィアたんが穢されると思ってしまっても不思議ではない。

 だが―――


「安心してほしい、イリヤ」

「……何がです?」

「俺が推しに手を出せるわけがないだろう?」

「妙な説得力ですぅー」


 手を出せる勇気があるなら、木の上からこっそりソフィアたんの姿を見ていない。

 近寄って寄付をいいことにあれやこれやしていただろう。

 俺は妄想の中でしか先を進めない男。どれだけ意固地にここまで行きたくないと言ったと思っているのだろうか。


「そもそも、ソフィアたんが望むことをしてあげたいと思っている俺だぞ? 望まぬことを強制的にするなど言語道断。純粋に雨風を凌げる場所を提供してくれるそうだから甘えようと思っただけだ」


 っていうより、子供達がいる空間で行為に及ぶなど流石に厳しいものがある。

 ソフィアたんを一日中視界に収められるという下心がないと言われれば嘘になるけども。


「むぅ……分かりました!」

「信用してくれたか」

「私も一緒に泊まりますっ!」

「信用してくれなかったか」


 弟子を名乗るなら、まずは師を信用するところから鍛え直した方がいいと思う。


「で、でもいいのか……? その、一緒に泊まるって……きゃっ」

「なんでししょーが顔を赤くするんですか」


 だって―――


『お帰りなさいです、ししょーっ!』

『ししょー……もう、一緒にお風呂に入るならそう言ってくださいよぉ』

『あ、あの、ししょー……ベッドの上でも、ご指導願います……』


「参ったなぁ、俺は子供は一人ぐらいがちょうどいいって思ってるんだけども」

「飛躍に私を巻き込まないでくれますか!?」

「でも、将来の大事なことだし」

「付き合ってすらもないですようがー!」


 ちゃんと養育費を寄付スパチャしながら稼げるだろうか。

 もうちょっと依頼を増やして子供達のためにも貯蓄を増やしていかないと。


「はぁ……やっぱり不安です。私も一緒に泊まります」

「いや、別に俺は構わないんだが……そもそも、孤児院に部屋が余っているか分からないだろう?」

「最悪、ししょーと同じ部屋でもいいです」


 飛躍させるなという割に、そういう状況に持っていこうとするイリヤ。

 言動の矛盾に気がついてほしいものだ。俺も流石に女の子と二人きりの部屋には抵抗があるぞ。


「ふふっ、大丈夫ですよ。部屋はたくさん余っていますので」

「あ、そうなんですか?」

「孤児院では働き先が見つかった子供は出て行かなければなりませんので。必然的に部屋はどうしても余ってしまうんです」


 確かに、ずっとお世話になるわけにもいかない。

 あくまで自力で巣立でるまで面倒を見てくれる場所として孤児院がある。

 子供達もずっと子供のままにはいかないだろうし、いなくなってしまえば今まで住んでいた部屋が空いてしまうわけだ。

 今がそのタイミングだったというのだろう。


「私は孤児院のシスターとして働きましたので、もうこの孤児院が家のようなものですけど」

「そうなんですね……あっ! お世話になります!」

「あ、俺もお世話になります」


 イリヤに続いて、俺も頭を下げた。

 その姿を見て、ソフィアたんは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「いえ、私の方こそお礼ができる機会をいただいてありがとうございますっ! ふふっ、賑やかになりますね!」


 そんな推しの笑顔に胸を打たれながら、俺はふと思った。


(推しと寝泊り……)


 あれ、なんだろう……この一気に込み上げてきた多幸感。

 改めて実感したからこそ、その事実がとめどない喜びとして俺を襲い掛かってくる。

 この段階でこれなのだから、過ごし始めてしまうとどうなるのだろうか───


「イリヤ……あとで遺書を渡しておくから、いざとなったら……」

「……ばかっ」


 幸福過多死ワン〇ースは、実在する!!!

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