転生した先でも推しはいる

 振り返るが、俺はどうやら最後に妹からもらったゲーム―――『萌黄の聖女』の世界に転生してしまったみたいだ。

 簡単に言ってしまえば、このゲームはギャルゲー。何人かのヒロインと出会い、好感度を上げると数多のイベントが発生、そこで実力を身に着け最後のイベントである魔王を討伐すればハッピーエンドという流れだ。

 好感度も比較的稼ぎやすく、イベントの発生も良心的、男の子が「でゅふ♡」と言ってしまいそうなシーンも充分に完備。


 出てくるキャラクターもかなり魅力的であり、その中でもやはり一番人気が高かったのは本作のメインヒロインである聖女のソフィアたんである。

 孤児院の出身で、主人公と出会った時には孤児院のシスターになっていた。

 そこでイベントが発生し、ソフィアたんの聖女としての力が覚醒。学園、冒険、色々な日々を過ごし、好感度が上がるごとに聖女としての力が覚醒していく。

 俺はソフィアたんのルートを五回も周回した。

 素晴らしいの一言でした、ありがとう製作者さん。願わくば著作権侵害でしっかりとルミアたんにお金を支払ってくれると嬉しいです。


 そして、俺は『萌黄の聖女』の世界に転生したわけですが、転生した先は好感度を上げまくってハーレムを築き上げる主人公クソやろうではなく、名前すら浮上していないモブ中のモブ。何やら前世の自分をそのまま反映されたような気分がして涙が出そうだった。

 しかし、そんなモブの目覚め頭に……なんとソフィアたんと出会ってしまったのです。

 やっぱり生は違うよ生は。アサヒのスパーなドライ子ちゃん並み。

 とはいえ、その時はあまりに状況が呑み込めず、心配して声をかけてもらったんだけど逃亡してしまったのは恥ずかしい話。

 いや、いきなり推しに似ている女の子が現れたらテンパると思うんだよ。


 そして、そんな日から三年が経ち―――


「すみませーん、ワイバーンの群れ倒してきたんですけどー!」


 俺は扉を開けて、奥にある受付へと向かった。

 中は酒場のようなものであった。屈強な男や露出の多い服を着た女がわらわらと談笑したり、ボードに貼られた依頼書を眺めたりと、まんま異世界の冒険者ギルドって感じである。


「お疲れ様です、イズミさんっ! 相変わらず凄いですね!」


 俺が受付まで行くと、可愛らしい受付嬢が開口一番に褒めてくれた。

 前世社畜だった自分からしてみれば、こんな可愛い子に褒められるなんて夢みたいだ。

 思わず鼻の下が伸びてしまいそうになる。


「ははっ、そんなことないですよー!」

「いや、本当に凄いです───」


 受付嬢さんは、俺が持ってきた大量のワイバーンの鱗を見て声のトーンが下がった。


「A級の魔物の群れを一人で倒すなんて」


 はっはっはー……急に真面目な顔になるのやめてくれません?


「A級の魔物なんてA級の冒険者か、B級の冒険者がパーティーを組んでようやく一体倒すもののはずなのですが」


 冒険者ギルドでは、大雑把にS~Eまでのランクが分けられている。

 なんとなく理解はできるかもしれないが、Sが最高位でEが駆け出し冒険者ぐらいといった階級でランク付けがされており、同じように魔物も振り分けられる。

 ラスボスである魔王は一応Sという区分になっているのだが、ゲーム中にソフィアたんが「この強さはSランクを軽く凌いでいますっ!」って言っていたので、それ以上もあるのだろう。


『おい、聞いたかよ?』

『あぁ、やっぱりSランクの冒険者は違うぜ』

『最年少で最短で到達したんだよな? 一体何者なんだ……?』


 外野の声は無視しよう。

 こっちは色々と急いでいるので。


「ともかく、今日の報酬分をいただけませんか?」

「わ、分かりました! すぐにご用意いたしますね!」


 そう言って、受付嬢さんは急いで奥の方へと行ってしまった。

 唐突に手持無沙汰になる俺。とりあえず、脳内にルミアたんのお姿でも脳裏に思い浮かべておこう。


『しかし、なんでS級があんなに貧相な格好をしてるんだ?』

『鎧も着てねぇし、服もボロボロじゃねぇか』

『私、イズミさんが野宿しているのを見た。宿取らずに、街の中で寝てるんだよ?』


 今頃ルミアたんは何をしているのだろうか?

 相も変わらず今日も今日とてライバーとして活動しているのだろうか?

 そうだったらいいなぁ……そして「あれ、最近イズミさんを見かけていないような?」って思ってくれたら結構嬉しい。


「お待たせしました! 今回の報酬である50万ゴールドです!」


 この世界では、ゴールドという通貨らしい。

 過ごしてみて分かったけど、大体1ゴールド=1円という感覚だ。

 俺は袋にびっしり詰まったお金を受け取ると、「また来ます」という言葉だけを残して冒険者ギルドを出た。


 ♦♦♦


 ―――冒険者ギルドを出た俺は、街中にあるとある孤児院へと訪れていた。

 とは言いつつ、正面玄関ではなく正面玄関が見渡せる近くの大きな木の上だ。


「さて、そろそろ孤児院の中に戻ってくれると思うんだけど」


 俺は魔法具『ソーガンキョー』で孤児院の様子を窺う。

 小さな子供達が無邪気に遊んでいる。今日はどうやら玉蹴りのようだ。笑みを浮かべながら走り回る姿がなんとも微笑ましい。

 そして、その中に一人。子供達とは明らかに年齢が違う女の子が一緒になって遊んでいる姿があった。


「皆さーん! これが終わったらちゃんとお家に戻りますからねー!」


 修道服に身を包み、ウィンプル越しに艶やかな銀髪を靡かせる少女。

 可愛らしく、あどけない端麗な顔立ち。小柄で小動物のような愛くるしさを感じる体躯、明るく子供らしい雰囲気を纏う彼女はなんとも見ていて心が癒される。


「やっぱりソフィアたんは可愛いなぁ~!!!」


 あれこそが、本作のメインヒロイン―――現在シスターのソフィアたん。

 やはり、どこからどう見ても推しのルミアたんと瓜二つだ。出会った時も思ったが、製作者は一体どうしたらキャラ被りをしても許されると思ったのか不思議になる。

 だが、俺にとっては「ありがとう」この上ない。

 何せ、死してもなおも推しに出会わせてくれたのだから。


「はーい、そろそろお夕飯ですし、お家の中に入りますよー!」

「「「「「はーい!」」」」」


 俺も「はーい」って言って中に入りたい。


(いやいや、そんなことをしている場合じゃない)


 このまま見続けていたら新手のストーカーになってしまう。

 超名残惜しいけども、ここでそろそろ用事を済ませないと。

 俺は懐から今日もらったお金の入った袋を取り出すと、少しだけ振りかぶって孤児院のいる方へと投げた。


「そぉうれぃ~!」


 投げたお金は中身が飛び出ることなく孤児院の玄関へと綺麗に落ちる。

 戻るタイミングだったため、落ちてきたお金の袋に子供を連れたソフィアたんがすぐに気がつく。


「ふぇっ!? ど、どうしてこんなにお金がたくさんの袋が……!? だ、誰ですか!? 誰か落とし物をしてますよー!」


 と、可愛らしくあたふたしながら辺りを見渡すソフィアたん。

 しかしながら、中には「このお金は差し上げます」と一筆したためた紙が入っているから落とし物だという誤解はすぐに解けるだろう。


「フッ……これが本当の投げ銭」


 俺は最後にほっこりしてしまうような姿を確認すると、そのまま気づかれないように木の上から降りる。

 あのお金で少しでも推しが幸せになってくれるのであれば―――ファンとしてこれ以上の喜びはない。

 だから俺はこうして転生した今でも推しに寄付スパチャは欠かさないのだ。

 たとえ、それが自分の全財産であっても。


「さーて、今日はどこで寝ようかなー!」


 そろそろ衛兵さんに見つかって補導されそうなんだけど……宿代がないから仕方ないよね。

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