第20話 劇場のお仕事3 ひとみ視点

「やっぱり、ひとみちゃんのセーラー服、自分で作ったものだったんだね」

 劇場からの帰り道、良太さんが嬉しそうに聞いてくる。

 やっぱりということは、あれが手作り品だって気づいていたんだ。まあ、私も良太さんのコスプレセーラーのことは気づいていた。


「イベント会場でひとみちゃんを見た時から、誰が作ったか聞きたかったんだ。ピンクベリー限定タータンチェックの生地で作ったんだよね」

「はい、あれ買うのに日暮里にっぽりの生地屋に前日から並びました」

「僕も! あの時ひとみちゃんも並んでたんだ」

「絶対に限定タータンで作りたかったんです」

 ピンクベリーのコスは可愛いので子供から大人サイズまで様々な既製品きせいひんが売られている。

 でも、特徴的なピンクのタータンチェックのギャザースカートは公式のコスでさえ同じ柄はない。

 本物のピンクベリーの衣装のロット残りを限定品で蔵出し販売されたものしか同じ柄はない。

 超超レア生地だ。


「私は、初めて良太さんがあのコスのセーラー着てるの見て、絶対お金にものを言わせたんだと思いました」

 生地を買ったあと、ネットで数十万で出ていた生地を見た。


「ああ、それで初日あんなに怒ってたんだ」

「ごめんなさい」

「別にいいよ。こんなおっさんがコス作るの趣味だって思わないよ」

「良太さんも、ご自分で作ったんですね」

「うん、ひだの数もちゃんとピンクベーリーと同じだよ」

 得意げに笑う良太さんがあまりにも可愛くて、私は月を見上げて笑ってしまった。


「この世界の月も綺麗だね」

 良太さんもしみじみ呟く。


「良太さん、それ夏目漱石の有名な口説き文句ですよ」

「え? そうなの」

「はい、夏目漱石が I  LOVE YOUを月が綺麗ですねって訳したんです」

「へー」

「こっちの世界ではどうかわかんないけど、本命以外は言わない方がいいです」

「覚えておくよ」


 ちなみに、オッケーだった場合の返事も教えようと思ったら、良太さんは口に人差し指を当てて「シー」と言って首をすくめた。


「それはたぶん聞かなくてもわかるし、楽しみに取っておくよ」

 楽しみ?

 この世界に、もうそんな人ができたのか?

 ちょっと、もやっとしたがそんな人がいるなら応援しようと思った。



「今はひとみちゃんが笑ってくれるようになっただけ良しとするか」

「私、笑ってましたか?」

 良太さんに言われて、そういえば久しぶりに笑ったのを自覚する。

 この世界に来てこんなに楽しかった日はない。


「アランさんのアドバイス通り、ひとみちゃんを誘ってよかった」

「え? アランの奴?」

 あのヤローがいったい何をアドバイスしたって言うんだ?

 まさか、劇団員と仲良くなって歌うように説得させようって言うのか?

 そんなことで絶対に歌わないけど。


「まさか、歌うように良太さんから誘えって言われたの?」

「違うよ。アランさんはひとみちゃんも衣装デザインに興味があるみたいだから、小間使いの仕事が手隙てすきのようなら誘えばいいって言ってくれたんだ」

 めちゃめちゃ嫌そうに顔をしかめて良太さんに問いただしたので、あわてて説明してくれる。

 でも、何だってアランさんが私がデザインに興味があるって思ったんだ?


「前に、衣装の洗濯のこと気遣ってたから衣装デザインにも興味があるんじゃないかって」

 あんなささいな会話から?

 ライトは鑑定眼では歌姫だっからってしつこく歌うように勧めて来たのに……。


「それにきっと、初日に僕の衣装が手作りだって散々説明自慢しておいたからひとみちゃんのセーラーも手作りだって気づいたんじゃない?」

 ふーん。

 あなどれない奴だ。


「僕も、ひとみちゃんの歌は好きだけど、無理して歌う事無いよ」

 照れたようにそんなことを呟くものだから、私はまじまじと良太さんの顔を見てしまった。

 でも、良太さんの前で歌ったのって……。


「トマトの歌?」

「うん、あれいいよね」

 本心で言ってくれているのがわかって、私はちょっと嬉しかった。

 この人の前だけでなら歌ってもいいかな。

 そんな気がした。


「明日、ロミオとジュリエットのシナリオ見せてよ」

「ロミオとジュリエットじゃないよ。ロミーとジュリーの恋の物語だから。しかもハッピーエンドね」

 この世界で、わざわざそんなふざけた名前に変える必要があるのかわからなかったが、ハッピーエンドなのはいい。

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