第14話 魅了2


「いや、劇場は関係ない。畑で歌ったら作物が美味しくなったり、成長が早くなったことについてだ」

「ああ、そのことですか。肥料が歌だなんてファンタジーの世界ってすごいですね」

 何を勘違いをしているのか、ひとみは自分の歌が肥料の効果があるのだと思っているようだ。


 施設の様子がおかしいと報告を受けて、ひとみが歌で魅了の力を使えるらしいとわかってから、本人には内緒で人間に対しての魅了を無効化する魔法をかけさせてもらっている。

 なにぶん初めての魔法で、うまくいくかわからなかったが植物に対してのみ効果を発揮することに成功した。


 俺って天才だな。


 魔法の知識が乏しいひとみには魅了の力で植物が育っているとは夢にも思っていないようだ。



「歌が、肥料になっているというのはちょっと違う。植物が成長するのと同時に、君の周りで他にも変化があっただろう」

「御飯が美味しくなった?」

 そう即答して、ひとみは、ふふふと笑いをこぼす。

 施設の食事はまずくないと思うが、サムも言っていたが劇的に野菜が甘く美味しくなったそうだ。


「それもそうだが、みんなが君の言うことを聞いて、君の言葉にしたがうようになっただろ」

「ああ、ご飯が美味しいことに感謝してくれて……でもすぐに元にもどったけど」

「みんなが君の言うことを聞いてくれたのも、野菜が美味しくなって成長が早くなったのも、魅了の力のせいだ」

 美味しい食べ物の話で一瞬、なごんだ空気も、俺の言葉で重い沈黙へと変わる。


「魅了って、誰かをとりこにするとかの魅了?」

「そう、本人の意思を無視して、自分に従わせる魔法。精神支配する魔法だ」


 *


「だから、みんな私の我儘わがままを聞いてくれたんだ。野菜が成長したからじゃなかったんだね」

 普通、野菜が急成長したくらいで、盲目もうもく的にひとみを肯定するのはおかしいと気づくはずなのに。


 ある意味、単純と言うか素直というか。まあ、嫌いな性格じゃない。


「精神魔法を人にかけて従わせる魅了は、この国では重罪だ」

 目を見開いて、驚いているひとみには俺の言わんとすることが理解できているようだった。

 つくづく、地球人は面白い。

 魔法のない世界から来ているくせに、術名を言えばそれがどんな魔法なのかを察することができる。


「わざとじゃなかったの」

 絞り出すように、頬を引きつらせて、ひとみは今までにないくらいに震えていた。

 あれほど、強気をつらぬいてきたのに、急にどうしたんだ?


「私は断罪される?」

 なぜ急にそんな話になるのかわからなかったが、ひとみが本気で聞いているのは見てとれた。

 こちらとしては魅了の力が、危険な力でこの国では罪になることさえ理解してくれればよかったのだが、真っ青なになった唇で今にも倒れてしまいそうだ。


 魔法のない世界から来たのに、これほど「魅了」に拒否反応を起こすのはなぜだ?


「君の魅了はそれほど強力じゃないから、ほとんど魔力のない人間にしかかないだろう。ただ、逆に言えば君よりも魔力の多いものなら簡単に見破ることができるから気を付けなければならない」

 果たして俺の説明が耳に入っているかは分からないが、こくんとぎこちなく頷いた。


「でも、私にはどうすることもできないし」

「そんなことはない。君の魅了は歌をうたう事で発揮されるのだから歌わなければいい。人前で歌いたくないと言っていたんだから何の問題もないだろ」

 かなり意地悪な言い方だった自覚はあるが、ひとみは想像以上に落胆したように、肩を落とし「でも、野菜には歌って聞かせてもいいよね」と消えりそうな声で聞かれた。


「魔法にはいろいろな恩恵もあるが、人を傷つけたりもする。使えるようになったからには、きちんと学ぶことも責任だ」

「わかった、頑張ってみる」

「わかりました。頑張ります」

 俺が正すと、今度は素直に俺の言葉を繰り返した。

 気味が悪いくらいに素直になったな。


「どうして、そんなに魅了の力を持つことに抵抗があるんだ? 普通なら誰かを従わせることができる力があると知ったら喜ぶだろ?」

 万能ではないしにしろ、それそのものが珍しい。完全に従わすことが出来なくても、ほんのちょっとの好意だけで、人はその人物に対して優遇してしまう場合もある。


「知らないかもしれませんが、乙女ゲームではたいてい、魅了の力を使うものは断罪されるんです」

 なるほど、またもやゲームか。


「じゃあこれは、追加で魔法の授業料と、魔法の無力化の書類な」

「やっぱり、お金とるんですね」

「もちろんだ。ただ、魔法の無力化はうちの宿泊施設にいる間は無料でいい」


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