第12話 お給料
「久しぶりだねひとみちゃん」
ライトはそういうと、笑顔を貼り付けたままがっしりとひとみの両肩をつかんで、回れ右させると、背中を押してソファーまで連れてきて座らせた。
目の前で突然音もなくライトが現れてたのに
自分だって、この世界に来た時に森からここまで転移して転移酔いを起こしていたのに、それでも目の前に突然現れるのを見るのは衝撃的のようだ。
「アランも悪いけど、ひとみちゃんも見た目通り、そうとう短気だよね」
まあ、確かに俺も大人げなかったか。
実は、サムが余計なことを言って「3カ月たったからこれからはお給料がもらえるかも」と話していたことを知っていた。
契約時に散々だだをこねたし、魅了の件もあったので今日は優しさに欠ける対応だったかもしれない。
でも、しょうがないじゃないか。
この数か月、アリスが留守で、ストレスが溜まってるんだから。
もうそろそろ、俺も限界に近いのだ。
こっそり会いに行こうかなぁ。
「アラン、トリップしてる場合じゃないから」
「ああ、わかってる」
目の前にイヤイヤ座り直したひとみを、逃げないようライトがすぐ横に座る。
「初めに言ったが、今の施設の規模で
ひとみもうすうすはそう思っていたのか、下唇を
現在あそこにいるのはサムを含め、通いの料理人とシナ、良太にひとみと畑に行かなかった3人の子供だけだ。
サムや良太は自分のことは自分でするし、掃除や洗濯もシナ一人で十分こなせる量しかない。
「でも、30日は解雇できないでしょ」
自信なさそうな小さな声に、これ以上いじめるつめりはないのだが、はっきりと「そんな決まりはこの世界にはない」と断言した。
元いた世界とここでのルールの認識のずれは命に直結する。平民には人権などないと早い段階から意識に刷り込んでいかなければ生き残っていけない。
今度こそ、うそまねじゃなくて泣くか? と思ったがひとみはじっと自分の腕の傷をみている。
何があって、自分をそんなふうに傷つけていたのか知らんが、ライトの方がそれをみて泣きそうな顔をしているので、解決策を提案する。
「別にあそこから出て行けと言っているわけじゃない。あそこは、まあ派遣会社の社員寮みたいなもんだと思ってくれていい」
「派遣会社」
「そう。そういうのが君の世界にあっただろ。まあ、保険会社でもいい。君たちのような人間が、この世界で困っていたら助ける。有料でね。そういう契約だ」
「保険会社……」
「俺達が、必要ないと思えば契約解除もできるし、自立できるなら施設からも出て行っても構わない」
そう、あくまでもこれは人助けだ。
いらないというものを押し付ける気はない。
ひとみにはその意図が伝わったのか、じっと考え込んだ。
「契約するなら、良太に確認してもらいたいから一緒の時がいい」
「良太と?」
なるほど、変態とののしっている割に意外と
「それは構わないよ。あの人は本当にいい人そうだ。本当ならとっくに自立してあの施設を出て生活できるのに、君が心配だからと残っているんだから」
「それは本当?」
「ああ、同郷のよしみだそうだ」
「なにあいつ、変態のくせに格好つけて」
言葉とは裏腹に、ひとみの頬がほんのりと赤くなった気がする。
これはお互いまんざらでもないということなのだろうか。
俺は、名前しか書いていない履歴書と契約書をひとみに渡すと、簡単に内容を説明した。
「あれ、代表の名前、あんたじゃないのね」
「ああ、商会の代表は俺だが、案内所は君と同じ地球人でアリスという人間だ。彼女がこの世界に来たとき相当苦労したから、案内所を開くことにしたそうだ」
まあ、利用して商売もさせてもらってるけどね。
別に、地球から来た人間を食い物にしたいわけじゃない、むしろ、右も左も分からない人間に教育し就職先を提案しているんだから感謝してほしいものだ。
そもそも、こんな面倒なことアリスがやろうと言わなければ、俺なら絶対にしない。
「そうなんだ。その人に会える? もう死んじゃってるとか?」
「縁起でもないことを言うな。生きて世界中を飛び回ってる」
「へー」
「他に質問は?」
「良太って、彼女とかいるかな? っていうか、男が好きってわけじゃないよね。逢ったとき女装してたし」
聞きにくそうにもじもじとして、やっと聞いた質問がそれか?
俺は質問を無視したが、ライトが「たぶん彼女いないし、女の子が好きだと思う」と食いつき気味に返事をした。
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