令嬢はコンプレックスだらけ
昔から、自分の容姿に自信が持てなかった。
髪も瞳も暗い色で、華やかさに欠ける。平均的な女性よりも高い背丈。棒きれのような手足に、丸みに乏しい身体つき。
それにもかかわらず胴――特に上半身にはなぜか厚みがあり、姿勢を正すと胸だけ強調しているように見える。
だからいつも俯いて、背や形を丸めている。どうせ、他の女性と話すときは見下ろす形になるのだし。
妹のイーリスは、わたくしとは正反対。明るい蜂蜜色の髪に、爽やかな新緑の色をした瞳。小柄かつ健康的な身体で華やかな装いが似合ううえに、お喋り上手の人気者。
たった二歳差の姉妹なのに、どうしてここまで違うのだろう。他の弟妹はまだ幼いせいか、余計に自分と彼女を比べてしまう。
「お姉さま、社交は貴婦人の大事な務めって、お祖母さまにいつも言われていたでしょう?」
イーリスはたびたび、どこでも壁の花になってしまう姉に苦言を呈してくる。けれども、わたくしは彼女のように顔を上げることができない。
お祖母さまが生きていたら、どれほど叱られたことか。
「アリアドネ、今の所作はフロイト侯爵家の娘としてふさわしいものですか?」
そう注意するお祖母さまの鋭い声がよみがえる。
お祖母さまは名門の出身で、かつては王宮の女官だった。そのため、いつも礼儀作法に厳しかった。特に初孫で長女のわたくしは、厳しくしつけられたものだ。小さいころは、その教えを忠実に守って、よい貴婦人になろうとした。
けれども、わたくしが八歳のときにお祖母さまは亡くなった。もっと長生きしていたら、この身体にどんな言葉をかけてくださっただろう。
彼女の死後も、わたくしの身長はすくすくと伸びていった。おかげで、何度作り直しても、すぐにドレスが窮屈になってしまう。
丈の合わないドレスは、本当にみっともない。それに気づいたころから、人前に出るのが億劫になっていった。
しかし、このリーデルフェルト王国の貴族の娘は、引きこもってなどいられない。春の盛りを迎えたら都へ集い、夏までの間、多くの人々と交流しなければならないのだ。
もう、幼いころに婚約するのが当たり前だった時代ではない。今は、十代半ばで社交界デビューして人脈を作り、誰かに条件が合いそうな相手を紹介してもらうのが主流となっている。自分で結婚相手を見つけてしまう人も珍しくない。
二年前、わたくしが十六歳でデビューしたときは散々だった。
まだ身長が伸びていた時期。ドレスの調整は、直前まで念入りに行われた。お針子たちの険しい表情に、心の中で詫びたものだった。
エスコートは、従兄のエグモントが務めてくれた。わたくしが一般的なヒールを履くと彼よりも背が高くなるので、低いヒールの靴にした。それでも、二人で並ぶと同じくらいの身長になってしまった。
ダンスの時間になると、さらに居たたまれなくなった。エグモントは事前の練習にも付き合ってくれたものの、結局最後までやりにくそうにしていた。それでも失敗することなくリードしてくれたから、彼には感謝しかない。
その次の年、妹のイーリスが十五歳で社交界デビューしたときも、エスコート役はエグモントだった。
イーリスとエグモントの身長差はちょうどよく、ダンスも周囲が見とれるほど様になっていた。壁際でその光景を見つめながら、改めて自分のときは彼に苦労させたことをしみじみ感じたのだった。
イーリスのデビュー以降、わたくしも人の輪に加わりやすくなった。ただし、積極的に発言はせずに、聞き役に徹するのみ。
社交の場に出るたびに、初対面のご令嬢が驚いた顔で見上げてくるほどの背の高さ。しかも、若い貴族の娘らしいドレスが全然似合わない。何かと目立ってしまうので、できるだけおとなしくしていた。
同年代の貴族令嬢で特に目立っているのは、アインホルン公爵家のヘルミーネさま。イーリスと同じ年に社交界にデビューしたお方だ。
彼女がまた、非常に可愛らしい容姿で、まさに理想の貴族令嬢を体現した存在だった。
ヘルミーネさまはきっと、自分に似合うものをよくわかっている。どのような場でも、彼女は自分を最大限に輝かせるドレスや宝飾品を身にまとっていた。それを見た人が真似をしたがり、彼女は今や流行の発信者として不動の地位を得ている。
今の問題は、わたくしにはヘルミーネさま好みのドレスがまったく似合わないこと。
彼女は、淡い色使いや華やかなデザインの装いを好む。袖や肩がふわりとしていたり、レースや小花柄が愛らしかったり。
眺めている分にはとても素敵なのに、わたくしがそのまま真似るといまひとつ。顔色が悪く見えたり、首や肩のあたりに迫力が出てしまったりする。
とはいえ、お母さまからは、流行にまったく乗らないのも駄目だと言われる。
腰から下は、パニエやペチコートを重ねて、思いきり膨らませるのでごまかしがきく。上半身は、たくましい肩や胸に比べて貧相な腕が強調されないように、袖や胸元の装飾を増やされた。
それでも違和感は拭い切れず、わたくしはいつも浮いた存在になってしまう。もちろん、縁談なんて来ない。
さらに言えば、わたくしはデビュー直後に大失敗をしてしまっている。
ちょうど同世代の数人で集まっていたとき、とある伯爵家令嬢が話題にあがった。
若い音楽家や歌劇俳優に熱を上げて、尋常ではない額の支援を行っているらしい。両親の勧める縁談を拒んで、逢瀬を重ねているのだとか。特にお気に入りの者は、レッスンにしては異様なほど頻繁に邸宅に招き入れているそうだ。
品がない話であるうえに、誰も直接事実を知っているわけでもなかった。それでつい、我慢できず言ってしまったのだ。
「皆さま。根拠のない噂はよろしくないですわ」
背中を丸めるのも忘れて、はっきりとした声で。
次の瞬間、周囲の人々が一斉にこちらを見た。眉間にしわを寄せている大女と、怯えた顔の小柄な彼女たち。傍から見れば、威嚇している獣と小動物のような構図だっただろう。
空気が凍りついた直後、近くにいたお母さまにテラスへ連れて行かれて、叱られてしまった。
この場合、直接大きな声で咎めてはいけない。肯定的な態度をとらずに聞き流して、相槌を打つに留めるべきだ、と。
そうした知識は、家庭教師に教わっていた。お祖母さま亡きあとも立派な貴婦人になるべく努力していたけれども、実践は難しかった。しかも、その伯爵家では後日何やらこの件にまつわる揉めごとが起きたらしい。
それ以来、誰かと話すたびに緊張してしまい、ますます人前に出たくなくなった。なんとか今でも社交の場に出られているのは、イーリスのおかげだ。彼女の人脈に頼って、最低限の人付き合いはこなせている。できた妹には頭が上がらない。
せめてイーリスの邪魔にならないように、ひっそりと地味に過ごそうと思っていた。
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