一日限りの逃避行

わたあめ

 海には様々な楽しみ方がある。泳ぐ者もいれば、浜辺で城を作る者もいる。

そういう俺はといえば波際で座り込んでぼーっとしているのが好きだ。


 寄せては返す波の声に耳を傾け、沈む夕日に包まれてまどろむ。



 瞼がだんだん重くなり、時間がゆっくりになり...




つめた!」


 突如として大きな波がやってきて俺の体をさらっていった。幸いにも顔までは届かなかったもののシャツがびちゃびちゃになった。


「鈴谷?何やってんの?」


「え?」


 声のした方にはレジ袋を持った少女が立っていた。だぼっとしたグレーのパーカーに紺のスキニー、たおやかになびく黒髪に大きくきれいな目をしている少女。



 俺の同級生であり同じクラブの清水だ。


「めちゃくちゃ間抜けだったよ。 『つめた!』って。」


「うるさい。」


「あとズボンに海藻ついてるよ。」


 はずかしさを隠すように無言で海藻を払い落としてなんとか話題を変えようとする。


「そういえば文化祭で出す料理は決まったのか?」


 一週間後の文化祭でわれらが園芸部は植物の展示、販売、また収穫した野菜でこぢんまりとしたカフェを開くこととなった。


「もしかしてだけど、今日の会議寝てた?」


「いや、起きてたよ。ばっちし。」


 彼女がけらけらと笑う。


「うそうそ、ちゃんと見てたし聞いてたよ。いびきかいてるとこ。」


「え...。」


 同じ三年だけならまだよかったが、今日の会議には後輩たちもいた。つまり...。急に恥ずかしくなってもはや黙ることしかできなくなった。


「そうだ、これ学校にもっていってよ。寝てた君は知らないだろうけどこれ文化祭用の買い出しだから。」

 

 まだ笑いの余韻が残っている彼女はレジ袋をさしながらそう言って、私の返事を待たずにレジ袋から必要な分をとりわけ始めていた。

 

「なんで俺が...」


「私バイトあるから。それにどうせ暇でしょ。じゃ、また明日。」


 そういうなり彼女は俺に袋を押し付けてこちらにばいばーいと大きく手を振りながらそそくさと去っていった。




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