第14話 赤子。自警団を支配下に置く

「ボクの麾下に加わる……ね」


 面白いことをいう賊だ。

 ボクはただ、忠告を無視されたり、睡眠妨害されるのが嫌で、賊を壊滅しに来ただけだというのに……。

 だがまあ、地獄に帰ることは叶わずとも、彼らのお陰で閻魔大王と邂逅できたとも言える。それに、地獄に帰るための情報を手に入れるための手段を得たと思えば、悪い話でもない。

 怯えた表情笑顔を浮かべるメビウスに、ボクは優しい視線を向ける。


「いいよ。ボクの麾下に加わりたいなら好きにするといい。だが、条件がある」

「じ、条件ですか?」

「ああ……」


 当然だ。ただでボクの麾下に加わることができるとでも思っているのだろうか。

 そんな訳がないだろう。


「絶対服従。これが条件だ。簡単なことだろう?」

「……絶対服従」


 そう言うと、メビウスは口を閉じたまま冷や汗を流し頷いた。

 力の差は明らかだ。断れば、自らの身に確実な不幸が訪れることを理解している。

 飾りとはいえ自警団の団長だけあって頭の回転が早い。


「理解が早くて助かるよ。閻魔大王の登場により話が中座してしまったからね。折角だ。早速、君たちの忠誠心を見せて貰おうじゃないか。スワン、君はなぜ、クラウスに対し、無法を働いた?」


 両脇に獄卒鬼を配置し、そう尋ねると、スワンはガチガチに顔を強張らせながら言う。


「は、はい。クラウス商店のことを疎ましく思う人物からの依頼を受け、無法を働きました」

「な、何っ? そんなことは聞いていないぞ!?」


 どうやらスワンは、メビウスには知らせず独断で、クラウス商店のことを疎ましく思う人物から依頼を引き受けたようだ。


「それで、その人物の名前は?」

「そ、それは……」


 そう尋ねると、スワンは口をモガつかせながら黙り込む。


「……スワン。どうやら君は、余程地獄に帰りたいみたいだね」


 地獄は、皆が歓喜の声を響かせ、笑顔を浮かべる至上の楽園。

 スワンが地獄に帰りたい気持ちはよく分かる。


「――だが、考えが足りていない。誰よりも地獄に帰りたいこのボクを差し置いて、地獄に帰れると思っているのか? ファイア・オブ・プロメテウス……」


 ――ボウッ!


 そう火の原初精霊の名を呼ぶと、スワンの体が燃え上がる。


「――ぎゃああああああああっ!?」


 歓喜の声。いい響きだ。笑顔も実に素晴らしい。

 逆らった者の末路を見たメビウスたちは一斉に顔を強張らせる。


「君は地獄に帰りたいがために敢えて、その様な態度を取っているのだろう。しかし、それは感心しないな……けど、君が地獄を懐かしむ気持ちは、ボクにもよく分かる」


 故郷とはそういうものだ。


「だから、いつでも地獄のことを思い返すことができるよう、君たちが反抗する度、極上の責苦を与えよう。君たちはボクの麾下に加わった。部下に責苦を与えるのは上司であるボクの責任だからね」


 地獄では、これを褒美と言う。

 皆が皆、責苦と言う名の褒美欲しさに、反抗し、極上の褒美を貰うのだ。

 反面、責苦を科す方は、苦労を強いられる。

 何せ、皆が笑顔になり歓喜の声を上げてくれる様な責苦を与えねばならない。


 ボクの言葉を聞き、メビウスたちは揃って笑顔を浮かべる。

 中々、いい笑顔だ。


 ファイア・オブ・プロメテウスの炎という名の褒美を身に受け、笑顔で歓喜の声を上げるスワンから視線を移すと、視線の先にいたメビウスがビクリと震える。


「さて、メビウス。君はクリボッタ商会の会頭、ネロ・クリボッタという男を知っているか?」

「クリボッタ商会のネロ・クリボッタ? 勿論、知っているが、それがどうし……」


 メビウスはハッとした表情を浮かべる。


「ま、まさか、クリボッタ商会のネロが……!?」

「ああ、どうやらそのようだね。君の部下はネロからの依頼を受け、クラウスに無法を働いたらしい」


 ボクには、心を読む力がある。秘密を暴くのはお手のものだ。

 何せ、この力があれば、ただ質問するだけで秘密を暴くことができる。

 魔法や呪術で言動を縛られていようが関係ない。


「そ、そんな……クリボッタ商会には係るなとあれほど……」

「言っていたのだろうね。だが、君の言葉は彼らには届かなかった。そして、それが原因でクラウス商店が被害を被った」


 クリボッタ商会のネロが、スワンたちに渡した謝礼は一千万イェン。

 たった一千万イェンで、クラウスを痛め付け、店を破壊し、女子供を連れ去り奴隷にしようとした訳だ。


「か弱い女子の代表として許せないな……」

「――えっ?」


 その瞬間、時が凍り付く。

『――えっ? お前はか弱くないだろう』

 皆からそう心の声が聞こえてくる。

 心外だ。

 産まれたばかりの赤子であるボク以上にか弱い存在がいるだろうか。

 ボクが不機嫌そうな表情を浮かべると、メビウスが床に額を付けて謝罪する。


「も、申し訳ございませんでした! 謝罪ならいくらでも致します! どうか……どうか命だけは……!」

「口先だけの謝意に意味はないよ。ボクのパトロンを傷付けた罪はそれほどまでに重い。だけど、君たちはボクの仲間だからね。特別にチャンスを上げるよ」


 そう告げると、メビウスたちはガバリと顔を上げる。


「ボクがいいと言うまでの間、これまで通り振る舞え」

「こ、これまで通り……ですか?」


 ――これまで通りって、なに?


 赤子は、そんな疑問を読み切った上で言う。


「ボクにその説明をさせる気か?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 圧倒的恐怖心で震え上がる賊こと自衛団。

 そんな自衛団を見て、ステラは言う。


「――二度は言わない。ボクがいいと言うまで、これまで通り振る舞え。簡単だろう?」


 どう振る舞えばいいか分からない。

 しかし、ステラの機嫌を損なえば、どの様な末路が待っているのか、火を見るより明らかだ。


「は、はい」


 ステラの意図が分からず、考え込んでいると、あまりの恐怖にスワンが体を震わせながら肯定の意を示す。

 その瞬間、スワンが消し炭となった。


 !?!?!?!?!?


 あまりに暴虐無人。

 肯定の意を示したにも関わらず、消し炭となったスワンを見て、メビウスは絶句する。


「はい。じゃないだろう? 分からないことがあれば、分かるまで質問する。なぜ、そんな当たり前なことが理解できないんだ?」

「……っ!?」


 で、でも、今、二度は言わないって言ったばかりじゃん。

 圧倒的な力の差を見せつけられた上、肯定以外の言論を封殺され、どう返答しろと……!?


 ここにいる全員が揃って同じ思考をする。

 そんな思考を読み取り、ステラはため息を吐いた。


「……『ボクにその説明をさせる気か?』と聞いただろう? その時、聞けばよかったじゃないか」

「……っ!?」


 無茶。圧倒的無茶。

 人のことを簡単に消し炭にするような赤子にそんなこと聞ける訳ない。

 そんな思考を読み取り、ステラは再度ため息を吐く。


「……仕方がないな。二度は説明しないからよく聞くように」


 自警団はステラの言葉を聞き逃すまいと、必死になって耳を傾ける。


「――メビウス。君はこれまで通り部下の行いには感知せず、無能を晒してくれていればそれでいい」

「…………!?」


 ステラの言葉を聞き、絶句するメビウス。


「他の者たちについても、同様だ。これまで通り、メビウスに内密で賄賂を受け取り、自警団とは名ばかりのクズ賊ムーブを晒してくれればいい。簡単なことだろう?」

「……っ!?」


 酷い。町を守る自警団として、あまりにも酷過ぎる評価。


「酷いも何も仕方ないだろう? ネロから賄賂を受け取り、便宜を図っていたのは事実なのだから」

「……っ!?」


 そうだけど……!

 そうだけれども!!

 ぐうの音も出ぬ程の正論を前に、皆が押し黙る中、メビウスはステラに視線を向ける。


「……これまで通り、ネロから賄賂を受け取り、クラウス商店を襲撃する振りをしろとそういうことか?」

「ああ、理解が早くて助かるよ」


 ネロを地獄送りにすることもできるが、恐らく、クラウスは反対する。

 それに、欲しい物もあるしな。

 今はクラウスに対する物的被害が無くなるだけで十分だ。


「わかった。徹底させる」

「ああ、ちなみにわかっているとは思うけど、振りとはいえ、もし万が一、クラウス商店の面子に危害を加えたら……」


 ボクの言葉を受け、皆一様に息を飲む。


「……連帯責任。皆一様に、万の死と億の拷問を与えるからそのつもりで」


 そう告げると、皆一様に苦い表情を浮かべた。



 ◆◆◆


 翌日。乳腺炎になり掛けの乳母から塩辛い乳を吸っていると、外から荒々しい声が聞こえてくる。


「見せもんじゃねーぞ!」

「散れ! さっさと散りやがれ!」


 見事なクソ賊ムーブだ。

 どうやら賊に扮した自警団がやってきたらしい。


「おうおう。貧相な店だなァ!」

「邪魔するぜェ!!」


 乳母の乳を吸うのを止め、店内に入ってきた自警団に視線を向けると、自警団は揃って土下座する。


「おいおい! ガキが店番かよ! いつからここは幼稚園になったんだァ?(すいません。すいません。ナマ言ってすいません)」


「クラウスくーん。今日も遊びに来てやったぜェ!? 有り金全部出してくれるなら帰ってやってもいいけどなァ! ギャハハハハッ!(ネロから回収した賄賂をお持ちしました。殺さないでください。殺さないでください。すいません)」


 土下座しながら威勢のいいことを言う賊を見て、乳母は面食らった表情を浮かべる。


「……これは一体」


 乳母渾身の困り顔。

 その気持ちはよく分かる。

 正音と副静音とで真逆のことを言っているからね。心が読めなければ、彼らが何の用でここに来たのかサッパリだ。


『その調子で頼む。ああ、賄賂はそのまま置いて行ってくれて構わないよ』


 自警団がネロから受け取った賄賂は、営業妨害の補填に充てると決めている。

 自警団に対して、そう念波を送ると、二人は土下座したまま後退りし、店の外へと消えて行く。


「今日の所はこの位で勘弁してやるよ!(た、助かった……)」

「また遊びに来てやるからなァ! 次も楽しみにしておけよ!(もうやだ……)」


 そして、内心とは裏腹に、威勢のいい言葉を吐くと、賊に扮した自警団はクラウス商店を去って行った。

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