第11話


 翌日、謁見の間。

 

 お父様も無事に目覚め、私たち一家は謁見の間に通された。デビュタントも終えていない私はいないほうがいいのではと言ったのだが、一人にしているほうが心配だからとお母様に説得され、一家全員そろって謁見の間にいるというわけだ。

 私たちの目の前にいる王冠を被った男性が、この国の国王陛下ギルバート・レンフィールド様だ。年のころはお父様と同じくらい、四十代半ばといったところか。国王陛下だけれど威圧感のようなものは感じないし、むしろ親しみやすそうな雰囲気の方だ。そして、その横にブランドン殿下と王太子ロアン殿下も控えている。


「ウィンダーバーグ子爵、昨日は大変だったようだな?」

「は、面目ございません。魔物と対峙したまではよかったのですが、娘の無事を確認したとたん緊張の糸が切れたのか、記憶がございません…。」


 お父様はしきりに恐縮している。お父様は剣の腕は相当だと聞いていたけれど、昨日は卒倒して倒れてしまった。マリアを守ろうとはしたみたいだけれど、魔物がそんなにも大きくて危険なものだったのだろうか。


「まあよい。昨日そなたらが退室した後は私とロアンが収拾をつけて解散とさせたが、マリア嬢の不思議な力を目の当たりにしたものは多い。マリア嬢は魔法を使えないはずだったな?」


 陛下から話を振られて、マリアははい、と答える。


「幼い時より何度も練習しましたが、魔法の力が発現したことはございません。また、剣の才もございません。あのようなことは初めてにございます。」


 ふむ、と王様は顎髭をなでつける。


「昨日ブランドンからマリア嬢が聖女ではないかとの報告を受けた。そなた達にもブランドンの一存で話をしたようだな。聖女の件は市井に伝説として漏れ伝わっているが、王家には代々機密事項として伝わっている。瘴気と関係があるからな。」


 昨日ブランドン殿下から話を聞いていた私たちはともかく、お父様は顔色を変えた。


「瘴気と、でありますか?」

「そうだ。数百年に一度、瘴気が強くなるのは知っているだろう。瘴気が強くなると、その影響を強く受けた強い魔物が生まれる。そういった魔物が市街に入り込んだり、畑の農作物を荒らしたりする。普段の数倍以上の破壊力を持ってな。そして、その瘴気は払わなければ濃くなる一方だ。強くなった瘴気も魔物も、払えるのは聖女の力のみと聞く。」


 私は息をのんだ。マリアが聖女なのだとしたら、マリアにしか瘴気を払えないということだ。つまりそれは。


「私が、強くなった瘴気と魔物を払わなければならない。そういうことですね。」


 お姉様の落ち着いた声が響く。陛下はうむ、と頷いて続ける。


「ただ、マリア嬢が聖女かどうかは大司教に判定してもらわねばハッキリとしたことは分からない。聖女は魔法とは違う力を持っているらしい。そして、教会にはそれを判ずる術があるそうだ。」


 そう陛下が言うと、陛下の横から一人の男性が現れる。老齢のその人は、教会の祭服を着ており、この方が大司教様なのだと一目でわかった。


「マリア嬢、ローレンス大司教の前まで来なさい。」


 陛下に言われ、マリアは大司教様の前へと進む。緊張の面持ちのマリアに、大司教様はそっと微笑んだ。


「マリア様、昨日の出来事を教えてください。光に包まれた時のことを。」


 そう言われたマリアははい、と頷いて話し始める。


「デビュタントに、突然翼を持った魔物が窓を割って入ってきました。私は突然のことで動けなくなりましたが、お父様が私を守って目の前に立ちふさがり、すぐにブランドン殿下も来てくださった瞬間、体が暖かくなって…次の瞬間には光で満ちて、光が消えたころには魔物が消えていました。」


 ふむ、と頷いた大司教様は、マリアの額に手をかざす。


「聖女を判ずる秘術を展開します。心を静めて目を閉じていなさい。」


 マリアは食事の前に祈りを捧げるように、頭を下げる。

 次の瞬間、暖かい光がマリアに降り注ぎ、ふっとかき消えた。


「…マリア様は、確かに聖女のようですな。聖なる力を強く感じます。」


 そんな、と、お母様から小さく声が漏れる。陛下の話を聞く限り、危険な場所へ赴かないといけないということだ。愛する娘をそんなところへ行かせたくはないだろう。


「マリア嬢。」


 陛下がマリアに話しかけた。


「そなたの身柄は、王宮で保護させてもらいたい。今日中に荷物をまとめて王宮へ移りなさい。気心の知れた侍女を数人連れてくるのもいいだろう。」


 マリアは黙って陛下の言葉を聞いている。私の横でお母様が声も出さずに静かに肩を震わせて泣いているのが分かった。お父様がそっと、お母様の肩を抱いている。


「ウィンダーバーグ家には聖女の働きに値するだけの費用を払おう。そして気をつけなさい。マリア嬢が聖女だと知れている以上、そなたたちを利用しようとする輩が出てこないとも限らない。マリア嬢はこちらで保護するが、そなたたちはそれらに巻き込まれないよう重々注意することだ。」


 王命だ。お父様もお母様も、本心ではマリアを連れて帰りたいに違いない。でも、私たちはそれに背くだけの力を持たない。

 お父様が、「かしこまりました。」とだけ短く返事する。

 マリアはただ、黙っている。表情からはどんな心情も推し量れない。


 私は何もできず、ただそこにいるだけの小さな小娘でしかなかった。

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