第7話 プリシラの私生活
プリシラ視点です。
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「ラインハルトさまぁーーー!!!」
朝、校門に到着するとすぐに、大好きなラインハルトの姿が見えた。
私は大きく手を振りながら、ラインハルトの元へ駆けていく。
だが、一緒にいたアレクが前に出て、私とラインハルトの間に割り込む。
気が付かなかったが、エミリアも一緒にいたようだった。
エミリアは不安そうにしていて、思わずニヤリと口の端が上がる。
ラインハルトは驚いたのか、一言も発さず私をじっと見つめていた。
そのクールでかっこいい表情をもっと見たくて、私はぴょこぴょこと左右に揺れながら、アレク越しに喋りかける。
私がラインハルトに昨日のお礼を言うと、エミリアは眉を顰めて私達に背を向けたのだった。
「エミリア!?」
ラインハルトはエミリアを呼び止めるが、エミリアは振り返らない。
「すまない、失礼する」
ラインハルトはそう言ってエミリアを追ってしまうが、それは想定内だった。
――だが、今の時点ではエミリアを追う事が分かっていても、悔しいものは悔しい。
振り返ったエミリアがすました顔をしているのが、更に腹立たしい。
「あー! 殿下、行っちゃったぁ! もうちょっと話したかったのにぃ!」
私はそう言って、目の前のアレクをキッと睨む。
アレクは不審者でも見るような顔をしていた。
「おい君、いきなり大声で殿下に話しかけたり、走ったり手を振ったり…それでも君は貴族か?」
「これでも男爵令嬢ですぅ! 失礼ですよぉ! ……って、あれ、あなたは昨日廊下でぶつかった人ですよねぇ?」
「あ、ああ。その節は済まなかった」
私はアレクの名前を知らないフリをして、わざとらしく今気が付いたように言う。
アレクは昨日は敬語だったが、今は普通にタメ口で話している。
そりゃあそうである、客観的に見て今の私はとっても失礼な女だ。
「昨日ぶつかった時に落とし物を……って、あれぇ、どこにしまったかな? ごめんなさい、ちゃんと拾ったんですけど、お外だとすぐには見つからないかもぉ。後で届けに行きますぅ。クラスとお名前、教えていただけますかぁ?」
「……名を聞くときは自分から。そんな事も知らないのか?」
「あ、ごめんなさい! 私はプリシラ・スワローって言いますぅ。一年生ですぅ」
「……三年のアレク・ハーバートだ。だが今日は控えてくれ、これ以上殿下に失礼があっては困る」
「わかりましたぁ。色々すみませんでしたぁ。では失礼しまーす」
私は可愛らしくぴょこん、とお辞儀をして、小走りで一年生の教室へと向かったのだった。
これで、三年生の教室に行く口実が出来たし、重要人物アレクと顔見知りになれた。
私は、周りからの冷たい視線など気にする事なく、ウキウキと鼻歌を歌う。
私は未来の王太子妃、今は冷たい視線で見られていても明るい未来が待っているのだ。
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「ふふふん、昨日も今日も予定通りに進んだわぁ。やっぱり悪役令嬢の件は杞憂だったかもねぇ」
私は、朝の校門前でのイベントを思い返して日記をつける。
昨日の入学式とラインハルトとの出会いのイベントから書き始めた日記の表紙には、『王太子妃プリシラの日記』と書き記した。
ラインハルト殿下との日々を、毎日……とは言わないが、何かあるたびに書き記していくつもりである。
誰に見られる訳でもないし後で読み返すのが目的の日記だから、良かったことや面白いことしか書かないつもりだ。
大好きなラインハルトの事は沢山書くが、あの腹立たしい悪役令嬢の事はそんなに書かない――ああ、具合が悪くて出て行ったものの殿下に相手にされなかった事は面白いので書いたが。
この日記を時々読み返して、今現在小説通りに進んでいるのかどうか確かめたり、自分で思い出して楽しむつもりだ。
「さーて、次はアレクにしおりを返して、仲間に引き込むのよね。アレクはエミリアを手に入れるために私の操り人形になる。これでシナリオ通りに進めやすくなるわ。そしたら次は……」
自分の記憶の通りにストーリーが進んでいくのが、楽しくて仕方なかった。
――だが、次のイベントは現実の私にとっては一大関門である。
「お茶会かぁ」
先生も言っていたが、今度、新入生を歓迎するお茶会が開かれるのだ。
だが、貧乏男爵家出身の私は、公式行事に参加した事がないので、自分のドレスを持っていない。
唯一持ってきた母のお古のドレスは、型も古く、サイズも少し合っていなくて私には裾が少し長い。
小説ではドレスを見たエミリアがプリシラを馬鹿にして、わざと手を滑らせてお茶をかける。
プリシラはドレスが汚れたことを悲しんでお茶会の会場を後にし、泣いている所をラインハルトが慰めてくれて、エミリアの悪事が発覚する。
そして、更には次の夜会の時にプリシラに新しいドレスを贈ってくれるのだ。
そのイベント自体は難しいことではないが、何が関門なのかというと、ドレスの直しと、それに合う靴の調達である。
ドレスの裾上げは不器用な私には難しく、適当にやったとしても膨大な時間がかかるだろう。
それに、ドレスに合わせて用意してくれた母の靴は、履いてみたらぶかぶかだったので持ってこなかった。
つまり、これからしばらくの間、学業の合間にアルバイトをして小遣いを溜めて靴を買い、それ以外の時間はチクチクと針仕事を進めなくてはならないのだ。
ちなみに生活の方は、王都に出稼ぎに来ている幼馴染の家を間借りしているし、実家からの仕送りもあるので何とかなっている。
仕送りは、現金ではなく領地で採れた農作物や卵などだ。
幼馴染の分も合わせて送ってくれているので、私は家賃を支払わなくていい代わりに、料理を担当している。
男爵家には使用人がいなかったから、私が炊事、母が洗濯と繕い物、弟が掃除と分担して家事をしていたので、料理はお手のものである。
ただ、一つ問題がある。
幼馴染が男子なのだ。
田舎から出稼ぎに来ているのだから当然といえば当然だし、王都に家を借りる余裕も男爵家にはないから仕方ないのだが、それでも嫁入り前の令嬢が男と一つ屋根の下だなんて……何の関係もなかったとしても、バレたら醜聞以外の何物でもない。
父も、婚約者探しのために貴族学校に通わせておいて、よく許可したものである。
小説では、結局終盤で幼馴染の事がバレてしまうのだが、その頃にはラインハルトとの仲も良好になっていて、ラインハルトは広い心で許してくれるのだ。
だが、しばらくの間はバレる訳にはいかないから、それも注意が必要になってくるだろう。
「ただいまー」
……噂をすれば、幼馴染が仕事から帰ってきたようだ。
私は日記を引き出しにしまい、自室から出て共用部へ行く。
「おかえりー。ご飯すぐ作るねぇ」
「おう、ありがとなー」
不本意だがまるで新婚さんのようである。
幼馴染のエディは職人街で働いていて、この家も職人街にある。
家賃は王都では安い方なので、それぞれの私室と共用部が用意できたのだ。
エディは明るめの茶髪と緑色の瞳で、そばかすがあり、童顔だ。
背も少し低めで可愛らしいタイプなのだが、身長の話をすると、ムッとした表情で「まだこれから成長するんだよ!」という返答が返ってくる。
私は男爵令嬢、エディは平民だったが、貧乏な領だったので、私達は身分に隔てられる事なく小さい頃からずっと一緒だった。
なので、一緒に暮らしていても兄弟といるみたいな物で、互いに気楽だし遠慮もない。
意外と疲れるぶりっ子をする必要も全くない。
……だが、いくら遠慮が要らないからと言っても、共用部で着替えるのだけはやめてほしいのだが。
「いつも言ってるけど着替えるんなら自分の部屋行きなさいよ」
「あー悪い悪い」
そうは言うが大して悪びれていない。
服の上からでは分からないが、エディには意外と筋肉が付いていて、やっぱり男性なんだなと思って気恥ずかしくなってしまうのだ。
「もう! 脱ぎ散らかすのもダメ!」
……どちらかと言うと新婚さんではなく母親だな、と私は思うのだった。
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