第6話 エミリアの決意
エミリア視点です。
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「さあ、行こうか」
そう言って殿下は私の手を取り、エスコートしてくれる。
「はい、ありがとうございます」
先程馬車の中で殿下が私を気遣ってくれた時に、嬉しくてつい涙腺が緩みそうになってしまったが、気を取り直して私はいつも通りの笑顔を浮かべて馬車から降り、優雅に歩く。
殿下は王族らしい存在感とでも言うのだろうか、美しく輝くオーラを放っていて、登校時にはいつも非常に目立っているのだが、今日はより一層注目を集めている。
私と一緒なのが珍しいからだろう。
公爵邸は学園を挟んで王城の反対側にあるから、殿下にとってはかなり遠回りになってしまう。
一年生の最初の頃は迎えに来てくれていたが、互いに友人が出来て学園に慣れてからは、私と一緒に登校する事があまりなかったのだ。
「おはようございます」
門を入ってすぐの所で、ラインハルト殿下の御付きの騎士、アレクが声を掛けてきて、私は殿下から手を離す。
「ああ。おはよう」
「おはよう、アレク」
私がアレクに返事をすると、何故か殿下の纏う温度が少し下がった。
アレクは小声で、殿下と私にだけ聞こえるように話しかける。
「……殿下、俺に嫉妬しないで下さいよ」
「……お前はアレクで、私は殿下だぞ。嫉妬もするだろう」
……どういう意味かしら。
とにかく、アレクが来たのだから私はもう一人で教室へ向かった方がいいだろう。
殿下とアレクは、いつもこの時間は仕事の話や今日の予定の確認をしながら歩いているし、邪魔をしては悪いだろう。
「殿下、ここまで送って下さり、ありがとうございます。また後ほど、教室で」
私は丁寧に一礼して、殿下とアレクに挨拶をする。
だが、予想と違い、今日の殿下は歯切れの悪い返答をした。
「あ、いや、エミリア。折角だから教室まで一緒に行こう。どっちみち同じ教室なのだから」
「え? ですが……よろしいのですか?」
「ああ、大丈」
「ラインハルトさまぁーーー!!!」
――その時、殿下の言葉を図々しくも大声で遮ったのは、ピンクの髪にピンクの瞳。
走りながら手を振ってこちらに向かってくる、プリシラ・スワローであった。
「おい、君。失礼だぞ」
アレクが前に出て、プリシラと私達の間に割り込む。
私が殿下をちらりと見ると、殿下はキリッと表情を引き締めてプリシラをじっと見ていた。
付き合いが長いから分かる、これは相手を警戒して探ろうとしている表情だ。
「あ、ごめんなさーい。あのぉ、殿下にお礼を言いたくて。昨日はありがとうございましたぁ。おかげで、迷わずに会場に戻れましたぁ」
プリシラは、アレクの後ろにいる殿下の顔を見ようと、ぴょこぴょこ左右に揺れながら元気に話しかけている。
一瞬私と目が合った時に、にやりと意地悪く口端が歪んだのを、私は見逃さなかった。
私は何となく嫌な気持ちになって、殿下に挨拶をして先に教室に向かう事にした。
「では、殿下、ご機嫌よう」
「エミリア!?」
殿下の焦ったような声が聞こえるが、私は振り返らずに真っ直ぐ教室へ向かったのだった。
殿下の気持ちは疑いようもないが、それでも、他の女性が親しげに殿下に話しかけるのを黙って見ていられるものでもない。
「ひどいな、私を置いていくなんて」
ところが、予想に反して殿下はすぐに私を追いかけてきた。
後ろをちらりと見ると、悔しそうな顔をしているプリシラを、アレクが上手い具合にブロックしている。
「殿下、よろしかったのですか?」
「君以上に優先する者などいないさ」
そう言ってキラキラオーラ全開で、嬉しそうに私に話しかけてくる殿下は、さっきより目立っている。
「……ありがとうございます」
先程の嫌な気持ちは、すっかり消えていた。
私が殿下の目を見てお礼を言い、ふわりと微笑むと、殿下は目を細めて一層笑みを深くしたのだった。
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朝からプリシラが突撃してくるという事件はあったものの、それ以外は特に問題なく学園での一日が終わろうとしていた。
ちょうどその事件の時に校門前にいた友人達は、あの令嬢は一体何なのだとか、失礼にも程があるとか、非常に憤慨していた。
確かに非常識極まりない行動だったが、プリシラのことだから全く気にせずこれからも同じような行動を繰り返して私達を翻弄するだろう。
今後は、それを見ても何とも思わずにいる心構えが必要になってくる……が、今朝も少し嫌な気持ちになってしまったし、正直難しい気がしてしまう。
この後は晩餐に招待されていて、授業が終わったらそのまま殿下と一緒に王城に向かう予定である。
晩餐といっても大袈裟な物ではなく、殿下以外の王族や偉い人達に会う予定はない。
今日晩餐に呼ばれたのは、おそらく昨日の涙と早退の理由について話を聞くためだろう。
自室で独り言を言っていた時……優しい殿下は深く掘り下げることはしなかった。
だかあの時、プリシラの事までは分かっていないだろうが、それでも不可解であろう内容を色々と聞かれている。
だが正直、何をどこまで話していいか、分からない。
普通だったら転生からして信じられない話なのに、この世界が小説の世界だなんて……自分自身が転生者じゃなかったら、私なら絶対に信じないだろう。
そして、この話をしたら、私は私の末路を、自分で話さなくてはならなくなる。
……嫉妬に狂い、ヒロインを陥れて没落する未来だなんて……恥晒し以外の何物でもない。
考えるとまた泣きたくなってくる……。
私は周囲に聞こえないように静かにため息をつき、窓の外を眺めた。
今日は昨日とは一転、どんよりした曇り空である。
雨が降るような黒い雲ではないが、面白くも何ともない灰色の空だ。
殿下と同じ銀色だったら、何時間でも見ていられるのに。
そんな事を考えていたからか、無意識に隣の席に目が行った。
美しい銀色の王子様も、何故かこちらを見ていたようで、ばっちり目が合う。
殿下は一瞬驚いたような表情をしたが、軽く微笑んでから教科書に視線を戻した。
私は先程までの沈んだ気分から一転し、胸が高鳴るのを感じながら、残りの授業に集中したのだった。
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王城に到着した私は、見慣れた部屋に通されていた。
いつも王太子妃教育で使っている部屋だ。
長く教育を受けていて、もう教わる事がほとんど無くなった私は、学園に通い出してからは学園が休みの日しか訪れなくなっていた。
それでも私の私物も少し置かせて貰っていて、ドレスも何着か保管してある。
私はそのうちの一着を選んで、いつもの女官に着付けとヘアセットをしてもらった。
「エミリア様の御髪は本当に美しいですねぇ。どんな髪型もお似合いになりますから、私共はいつもセットさせていただくのが楽しみなんですよ」
「まあ、ありがとう。私の方こそいつも綺麗に整えていただいて、感謝しておりますわ」
「有難い御言葉です。本当に、私共はエミリア様が毎日この城にいらっしゃるようになる日を楽しみにしているのですよ」
「ふふ、私も、そうしたいわ」
10年間も通い詰めた城である、私は女官達や使用人達ともすっかり仲良くなっていた。
いつも良くしてくれる御礼にと、時にはお菓子を持ってきて皆に配ったり、公爵邸の花を押し花にして渡したり、ハンカチに一人一人のイニシャルを刺繍して渡したこともあった。
皆が喜んでくれる顔を見ると、妃教育の疲れも吹き飛んだものだ。
勿論殿下にもプレゼントは欠かさなかったし、殿下も折に触れて私に贈り物をしてくれた。
この城には、大切な思い出がたくさん詰まっている。
――何とかプリシラへの対抗策を考え、この幸せな時間と思い出を守りたいものである。
私は、覚悟を決めた。
やはり、恥ずかしくても、怖くても、きちんと真実を話そう。
もし信じて貰えなくても、何も言わずに私への不信とプリシラへの想いを高めてしまうより、話して自分の気持ちをスッキリさせた方がいい。
幸い、殿下のお気持ちは昨日聞いている。
このまま何もせずに全てをプリシラに奪われるくらいなら、恥をしのんで殿下の協力を仰ぎ、上手く行こうが行くまいが流れに身を任せてしまう方がいいかもしれない。
これが私に打てる唯一の手立てである。
私がそう決意したところで、殿下からのお呼びの声がかかったのだった。
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