第1部

時は1ヶ月遡る。定職もなく貯金もない、趣味もなければ家賃も一月分払ってない、一言で言えば『終わってる人間』だった俺は、今日も様々なバイトの募集サイトをスマホで見漁っていた。これは経験を積んでいるのだ。色々な事が出来る人間の方がかっこいい。そう自分に言い聞かせてきたおかげで、現在ではその日暮らしのフリーター。仕事くらい勝手に決まるもんだと思っていたが現実は甘くなく、気付けばこんなことになっていた。

その日はいつもと変わらない、言ってしまえば何の生産性もない1日。そうなるはずだった。

1つのサイトに目が止まる。

「何何…治験…?1泊当たり…50万円!?」

確実に後遺症とか残るヤバいやつだ。でも金がなければ俺は後遺症どころか数日で死ぬ可能性まである。それにこんな怪しい治験、逆に気になるだろ。

数年ぶりにテンションが上がった俺は、これまでの自分では絶対に有り得ないであろうノリと勢いで応募し、指定された山の中に向かった。だが到着した瞬間まで、そこが指定された場所だとは思わなかった。どう見たって廃病院。だが見ていなかったサイトにあった場所の写真を見て絶望する。まんまじゃん。そりゃあここに来るまで誰にも会わないわけだ、これ見てたら俺だって来ない。だがここまで来てしまった以上、金を貰うまでは死んでも帰らないぞ。そう決意を固めた俺は、昼間なのにどこか薄暗い廃病院の中へと歩き出した。

中は廃れているにも関わらず、流石は元病院、歩きやすい。いや、よく考えたらここに呼んだ奴等がいるんだから歩きやすいのは当たり前か。何にせよここには居られるだけ居るつもりなんだから、歩きやすくて悪い事は何も無い。俺は地図を見ている訳でもないのに、まるで導かれる様に目的地である地下の霊安室に着いた。何故だか分からないが、この場所は前に来たことある気がする…が、勿論そんなものあるはずがない。

霊安室の扉を開けると、中は周りの寂れ具合とは打って変わってとても清潔感のある部屋だった。霊安室に入った事はこれまで1度もないはずだが、これまた見覚えがある気がした。実験器具の様なものが溢れた部屋の奥に人影が見える。

「お待ちしておりました」

静かな霊安室に低い声が響き渡る。どうやらこいつが雇用主らしい。マナーが悪くて追い出されるのを避けるため、人間として終わってるのを精一杯取り繕いながら聞いた仕事内容を要約すると

『泊まり込み1泊50万3食付き』『1日1種類の薬品を体に注射する(途中からは観察するだけらしいが)』『暇な時間は何をするのも自由』『最大3ヶ月』という、まともに働くのが馬鹿らしく感じるような内容だった。タダで3食食べられる場所なんて刑務所くらいだと思っていたが、どうやら俺の認識は間違っていたようだ。そして肝心のぶち込む薬についてだが、試験中のがん治療薬らしい。なんでもこの薬品は体内の食細胞を強化してなんたらとか、ナチュラルキラー細胞がどうたらとか、いつだったか学校で習ったような部分だけは聞き取ることができたが、他はちんぷんかんぷんだった。とりあえず理論的には身体に害は無いとの事なので(その割にちゃんと誓約書書かされたけど)とりあえず打ってみることにした。

1日目、特に変化はなかったが、以前より元気になった気がする。いや、これはプラシーボうんたらか、或いは久々にちゃんとした飯を食べたからか。多分後者だろうな。

2日目、今日も特に変化はない。まあいくら薬打ってるっていってもただ細胞強くするだけだし、俺が並大抵の病原菌なら裸足で逃げ出すような超健康人間になるだけだろう。メリットはあってもデメリットは無いに等しい。

その後、3日、4日、1週間が経っても特に変化はなく、ただただ俺の肌のツヤが増すだけの期間だった。

変化が起きたのは薬を打ち始めてから10日経った頃だった。

「なんか…俺、背伸びた?」

どうやら思っていたよりも薬品の効果が強く、細胞の増殖まで強化しているらしい。まあ背が高いに越した事はない…よな。

11日目、体が少しずつ黒っぽくなり始めた。

12日目、筋肉がいきなりボディービルダーみたいに大きくなった。

13日目、顔が変形して悪魔みたいになった。

ここまで来てやっと俺は危機感を持った。このままの姿では普通に生きていくことは到底無理だろう。それどころか最悪普通に通報されて刑務所送り、もしくはその場で銃殺だ。だが誓約書を書いた以上全て自己責任ということになる。絶望した俺を見て雇用主が言った。

「もしこれからも我々の研究に協力して頂けるのならば、住む場所と食べ物位は面倒を見ます。」

おそらくここまで計算済みであろう雇用主の言う事に俺は縋るしかなかったのだ。

そして現在に至る。研究の内容は極秘に開発している人口知能の能力発展を目標にしていて、毎日やって来る子供達4人組を指定された時間だけ泳がせ(早く殺しすぎると人口知能の能力があまり発展しないらしい)、その後逃げられる前に全員を殺す(失敗したとしても人工知能達は特定の謎を解き、玄関に触れたら停止するようにプログラムされてるらしい)という、言ってしまえばホラー映画の殺人鬼側のようなものである。この仕事を始めて半月程経つが、これが思ったより楽しい。いや、人殺しを楽しんでるって言うとそれこそ本当に俺が怪物みたいなのだが、一応それなりの道徳心を持ち合わせているつもりだ。対戦型ゲームで敵を上手く倒せると楽しいだろう、その感覚だ。それに人口知能の発達に合わせて難易度も変わるというのだから、もう体感型のゲームをやってるようなものだ。最初はまあ当然だがイージーからスタート、イージーでは相手は全て臆病な性格(タイプNと言うらしい)らしく、探索もゆっくりで手こずることはなかった。だがノーマルになると、無駄に勇敢な輩(タイプSと言うらしい)も何人か混ざるようになり、火事場の馬鹿力で攻撃されることや、逃げてる途中に周りをちゃんと調べて(俺は調べてても止まってやらないけど)逃げ出そうとするやつも出てきた。イージーと比べると難しくはなったが、それでも所詮ノーマル。1人として逃がすことはなく、昨日まで全員をゲームオーバーに追い込んできた。俺の頑張りはちゃんと研究に役立っているらしく、人口知能はこれまでの倍近くの速さで発展しているらしい。そして俺がそろそろノーマルなら完封出来るようになってきた頃、


俺は最高難易度(仮)のハードに挑戦する事になった。

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