TOKYO 2020

口羽龍

TOKYO 2020

 2021年7月23日、東京五輪の開会式が行われた。本来であれば2020年の開催だった。だが、2019年の暮れに中国の武漢で発生した新型コロナウィルスの世界的流行により、東京五輪は1年延期になった。どれほどの人々がこの年を楽しみにしていたんだろうか? この年にどれだけの人々が夢を抱いたんだろうか? そう思うと、何とも言えない気持ちになる。


 この日、多くの人々が開会式を見ている。57年ぶりに日本で行われる夏の五輪、一生に一度物だと思ってテレビで見ていた人も多いだろう。


 だが、ここでも新型コロナウィルスが影を落としている。東京では今日も多くの感染者が出た。中には中止しろという人も多くいたという。


 東京五輪を機に新しく作られた国立競技場は、無観客で開会式が行われている。本来であれば満員の中で開会式が行われたのに。新型コロナウィルスなんてなければ。


「開会式か」

「そうだね」


 隆太はスカイプで通話しながら開会式を見ている。通話をしている相手は恵子。去年の3月まで通っていた大学で知り合った。2つ下で、来年の3月に卒業して、こっちに来るらしい。


「本来だったら、去年一緒に見ようと言ってたのに」


 隆太は下を向いた。新型コロナウィルスなんてなければ、去年行われていたのに。どんなに楽しかっただろう。


「仕方ないよ。コロナだもん」


 隆太は絶望していた。終わりのない終息。いくらワクチンを作って打っても、変異が現れて、またワクチンを作って。まるでいたちごっこのようだ。いつになったらその苦しみは終わるんだろうか?


「どうしこんな事になったんだろう」

「そうね」


 隆太同様、けいこも下を向いてしまった。だが今は開会式。なんとか行われたのを喜ばなければ。これができる事だけでも奇跡だと思う。2年に1度見られるのに、新型コロナウィルスのせいで。


「本来だったら、会えたのに」


 2人は本来だったら東京五輪の行われる予定だった2020年に会う予定だった。なのに、新型コロナウィルスのせいで、それは叶わなかった。ここまで2人とも会うために仕事に大学に頑張ってきたのに。悔しがっても、それは自分たちのためではない。新型コロナウィルスのせいだ。




 2019年の暮れ、中国の武漢で発生した新型コロナウィルスは、翌年の春になると日本でも流行した。空気感染であっという間に広まり、多くのイベントが中止に追い込まれた。


 この年に初めて会う予定だった隆太と恵子も会えない。新型コロナウィルスの感染拡大を防止するためだ。結局、いつものようにスカイプで通話するばかりになってしまった。いつになったら直接会って話せるようになるんだろうか? 先が見えない。


「新型コロナウィルス?」


 隆太は驚いた。去年の暮れに発生した新型コロナウィルスがこんなにも早く日本でも流行するなんて。信じられない。早くワクチンができないだろうか? そして、いつになったらいつもの生活に戻れるんだろうか?


「いよいよこっちでも流行しだしたのか?」

「うん」


 恵子は寂しそうだ。流行してから、大学が行われていない。みんなに会いたいのに、感染拡大防止のために会えない。いつもこんな状況だ。いつになったら再開されるんだろう。あまり外にも出られない。出る時はマスクをつけなければならない。いつまでこんな生活だろう。


「東京オリンピックの行われる今年、会いたいと約束したのにね」

「そうだね」


 隆太はがっかりしている。どうしてこんな事になったんだろう。神様はどうしてこんなひどい事をするんだろう。


「会いたいのに。どうしてこんな事に」


 恵子は泣きそうになった。隆太にはその気持ちがわかる。慰めようと思っても、スカイプの前から励ます事しかできない。


「ひどいよね」


 隆太の会社もそうだ。時差出勤やテレワークになる人が多く、なかなか会えない人が多い。オフィスは少し寂しい。入社する前はそうじゃなかったらしいのに。


「どうして神様はこんなむごい事をするんだろう」

「私もそう思うわ」


 恵子は、東京五輪が開催されるのか気になった。次々とイベントが中止に追い込まれている。このままでは東京五輪も延期か中止になるのではないかと思い始めた。2013年、多くの人が開催決定に喜び、楽しみにしてきた。それに関連したイベントやテレビ番組やミニコーナーもよく見た。誰もが2020年に夢を抱いていた。その前年に元号が平成から令和になった時には、新しい時代、明るい時代の到来だと多くの人が思ったに違いない。


「東京オリンピック、開催されるのかな?」


 隆太はあきらめていた。あれだけ楽しみにしていたのに。この状況では難しいだろう。生で五輪を見たかったのに。見れないまま死にたくないな。


「開催されたらいいけど、難しいだろうね」


 恵子もないだろうと思っていた。見たくて見たくてしょうがなかった。多くの人々が楽しみにしていたのに。私も楽しみにしていたのに。もしも中止になれば大きな損害になりそうだ。アスリートの夢が失われてしまいそうで、悲しい。


「会いたいのに、会えないんだよね」


 だが、恵子はそれ以上に、隆太に会えないのが辛い。いつになったら終息するんだろう。寂しいな。


「悲しいな」


 慰めていた隆太も泣きそうになった。




 テレビでは開会式の中継が続いている。選手の入場が始まった。ギリシャを先頭に、五十音順に各地の選手がやって来る。だが、その多くの人はマスクをつけている。コロナ禍の五輪ってこんな感じなんだ。2人は悲しくなった。


「みんなが入場してくるね」


 恵子もその様子を見ている。やっと見る事ができた嬉しさと、コロナ禍で無観客という寂しさが同時に押し寄せてくる。楽しいけど、どこか物足りない。五輪って、こんなのじゃない。満員の観客がいるスタジアムの中で行われるものだと思っていた。


「だけど、観客がいないって寂しいね」

「そうだね」


 隆太もそう感じている。5年前に見たリオ五輪はとても賑やかだったのに。閉会式で安倍首相などが出た時には大喜びだったのに。こんな世界に誰がしたと言いたい。


「コロナなんてなければ、どんな開会式だったんだろう」

「きっともっと賑やかだったに違いない」


 選手の行進が続いていくと、選手が整列した位置が何かになっていく。ドラゴンクエストの最初の3部作、いわゆるロトシリーズに出てきたロトの紋章だ。こんなサプライズがあるとは。さすがは五輪だ。


「見て! 選手の並びがロトの紋章の配置になっていく!」


 恵子も驚いている。まさかこんな事になるとは。その時は寂しさを忘れて、興奮してしまった。


「コロナさえなければ、1年遅れる事にならなかったのに」


 2人は延期されずに2020年に行われた時の東京五輪を思い浮かべた。観客は誰もが笑みを浮かべている。選手も笑みを浮かべている。東京五輪が行われる喜びをかみしめていただろう。そして、日本の選手に金メダルが出る度、多くの人が喜び、君が代を歌っていただろう。


「どうしてこんな事になるんだ・・・。どうしてこんな寂しい開会式なんだ」

「その気持ち、よくわかるわ」


 そして、開会式は終わりに近づいてきた。いよいよ聖火ランナーがやって来る。国立競技場にやって来たのは、吉田沙保里、野村忠宏だ。どちらも五輪3連覇を達成した大物だ。


「あっ、聖火ランナーだ」

「本当だったらもっと多くの人が見ていたのに」


 次に聖火を受け取ったのは、長嶋茂雄と松井秀喜だ。90年代の巨人軍で監督と選手として見てきた人が、まさかここに出てくるとは。それに、世界のホームラン王、王貞治もいる。巨人軍の歴史に名を残す3人の主砲がそろうのも素晴らしい。


「こんなに素晴らしい開会式を生で見れないって、辛いよね」

「うん」


 テレビで見ているけど、できれば生で見たかった。あの客席に座り、五輪が行われる喜びを分かち合いたかったな。


 長嶋茂雄と松井秀喜と王貞治が受け取った聖火は、それからもいくつの人々につながれていく。その中には、新型コロナウィルスと戦っている医療従事者もいる。


「日本の金メダルがたくさん出るといいね」

「ああ」


 そして最後の聖火ランナーは、プロテニスプレイヤーの大坂なおみだ。大坂なおみが富士山かたどった聖火台に火を灯すと、大きな歓声が上がった。いよいよ五輪の開幕だ。だが、政府は家で応援するようにと言っている。本当は生で応援したいのに。みんなに生で応援されて最高のプレーをするのが五輪なのに。


 果たして今年の東京五輪では、どれだけの人々を感動させることができるんだろう。今は行われることができた喜びを感じながら。

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