エピローグ②:生き残りし理由
ティアラの笑顔を見て、俺も心に余裕ができたのか。
ふとした色々な疑問が、頭を駆け巡り始める。
「そういや、俺が生きていたのは分かったが、一体何があった? 俺は一度あの戦場を離れたし、腕も失っていたはず。なのに、五体満足でこんな場所にいるってのはどういう事だ?」
矢継ぎ早に話しちまったが、ティアラはそれをちゃんと聞き取ったんだろう。
あいつは俺の言葉に、少し困ったような顔をする。
「あの、そのお話については、皆様お集まりになってから、お話を伺ったほうがよろしいかと」
「ん? 何故だ?」
「その……色々ありましたもので……」
歯切れの悪い答えを返すこいつの反応。
って事は、よっぽどの出来事があったって事か……。
「……ティアラ。悪いがみんなを呼んできてくれねえか? 当時の話を聞きてえんだが」
俺がそう頼んだんだが……。あいつは素直に返事をせず、視線を逸らす。
……ん?
「どうした? 何か都合が悪いのか?」
「あ、あの……その……そういう訳では、ないのですが……」
あいつは俺の胸に収まったまま、もじもじとしだしたんだが。
……まさかな。
「……おい。ティアラ」
「は、はい」
「お前……この機に乗じて、俺に甘えておくつもりか?」
「あ、あの……その……ダメ……でしょうか?」
俺が白い目を向けると、びくっとしたあいつは、顔を真っ赤にし、ちらちらと上目遣いで俺の様子を伺い出す。
「……はぁ……」
この展開には、気恥ずかしさで自然とため息が漏れる。
……何となく、この間からどこか積極的になってきてやがるが、理性の
ん? あいつを変える、何か?
俺はふと、その心当たりを思い出す。
「そういやお前、どうやってサルファーザを召喚した?」
突然そんな疑問を投げかけると、あいつははっとする。
「は、はい。ヴァラード様より深淵の魔導書を頂きましたが、本の間に、メリナ様の手紙が挟まっておりまして……」
「メリナからの手紙が?」
「はい。そこに、万が一の時にサルファーザ様を召喚する方法が記載されておりました」
マリナさんから深淵の魔導書を受け取ってからティアラに渡すまで、俺は一度も魔導書を開きはしなかった。
俺じゃ読めねえ文字で書かれているのを知っていたし、見る価値はねえと思っていたからな。
だからこそ、俺が知らねえ手紙をこいつが読んだっていう言葉に、まず嘘はねえだろう。
そして、あいつがメリナのアドバイスを活かし、どんな手でも使えという俺の教えに従ってサルファーザを呼んだ。それも事実だ。
……が、お前はやはり正直者過ぎる。
俺はこの会話の中で、少しだけ奴の目が泳いだのを見逃さなかった。
メリナから残された手紙。
そして、深淵の魔導書を手にしてから、妙に積極性を見せたティアラ。
つまり、その裏にあるのは……。
「なあ。その手紙に、別のことも書いてあったんじゃねえか?」
「と、言いますと……」
「例えば『ヴァラードは押しに弱いから、積極的にいけ』とかよ」
「あ、いえ……そ、その、決して、そのような事は……」
なんて言いながらも、胸元のあいつは露骨におろおろとしだす。
……ったく。
やっぱり
あいつの悪戯っぽい笑みを思い浮かべてしまい、込み上げた鬱憤を何とか堪え、頭をガシガシと掻く。
「……今は勘弁しろ。どうせお前は俺に付いてくるんだろ? だったら、また時間は作ってやるから」
「……えっ!?」
口から
「……はい! 楽しみにしております!」
嬉しそうにはにかみ、名残り惜しむように俺に回した腕でぎゅっと抱きしめた後、ゆっくりと俺から離れる。
「では、ヴァラード様は一旦ベッドにお戻り下さい」
「ああ。済まねえが手を貸してくれ。とりあえず傍に座らせてくれりゃいい」
「承知しました」
笑顔で俺に肩を貸し、ベッドの端に座るのに手を貸したあいつは、
「では、皆様をお呼びいたしますね」
と、上機嫌で部屋を後にした。
……ったく。
ティアラの後ろ姿を見送った俺は、俺自身に呆れながら、思わず顔に手を当てる。
いや、あいつの事を想いはした。
想いはしたが……何故、ここで
変えられない神言。
それが、まるでティアラ受け入れたとも取れる一言だった事に、俺はしばらくの間、どうすりゃいいかと苛まれる事になっちまったんだ。
§ § § § §
暫くして。
ティアラにより、俺の部屋にやってきたのはアルバース、バルダー、セリーヌにルーク。そしてアイリにエル……だけじゃなく、何故かブランディッシュのおっさんとブレイズも一緒だった。
「師匠ぉぉぉぉっ!」
歓喜のアイリのベアハッグをモロに喰らい、思いっきり咳き込んだり。
「……師匠。無事で良かった……」
エルが何時になく淑やかに、涙しながら優しく抱きしめられたり。
それらはティアラを相手にした時同様、気恥ずかしくもあったが、同時に己が生きていると改めて感じさせた。
「ったく。お前は本気で女にモテるな」
「ほんと。こちとら運命の女にすら出逢ってねえってのによ」
「うるせえ!」
ルークとバルダーにそう茶化され、周囲の奴等に笑われたのには、流石にムッとしちまったがな。
「……さて。まずはこの国の為尽力した事、感謝する」
ベッドの端に片足だけ胡座を掻く形で座った俺の向かいで、用意された豪華な椅子に腰を下ろすブランディッシュのおっさんが頭を下げてくる。
「別に。俺はこの国の事なんぞどうでもいい。ただメリナの仇を討ちたかっただけだ。大体国を救ったのはそっちにいる英雄達だ。俺は知ったこっちゃねえ」
俺は相変わらずふてぶてしい態度でそう返した後、少し真剣な顔でおっさんを見た。
「が、何故俺は王都に戻り、失った腕までも戻ってやがるんだ? 俺はあの時、アイリ達に師匠殺しの汚名なんぞ着せたくねえと、技を喰らう直前、
「ヴァラード。その件なんだけど……」
俺の質問に、セリーヌが少し困った顔をすると、アルバースに目配せする。と、あいつが静かに頷いたの見て、頷き返した彼女は、
「あの……あなたに辛い話をするけど、覚悟して聞いて」
そんな言葉で釘を刺すと、意を決して話し出した。
「あなたを助けたのはね。多分メリナ」
「……は? 何を言ってやがる」
あまりに予想外の台詞に、俺がはっきりと戸惑いを見せるも、そこにいる奴等は神妙な顔を崩さねえ。
……本気で言っているのか?
そんな疑問に応えるように、アルバースが口を開いた。
「デルウェンがアイリ達の力で跡形もなく消え去り、残った敵軍も指揮する者を失い崩壊。その結果、無事戦いは終結したのだが。王都へ帰還する途中、突如我が軍の周囲が霧に覆われ、そんな中で姿を見せた者がいた。お前が乗っていた黒き愛馬に跨った、白いローブを纏った女。その人物は、血塗れになったお前を馬に載せていた」
「その人の前に国王や私達が立つと、彼女は言ったの。『ヴァラードはまだ生きているわ。だから、救ってあげて』って」
「僕とエルがその方に駆け寄り、馬から師匠を抱え下ろしたんですが、その時の師匠はまるで、死んだように眠っていました」
「片腕はないし、身体の傷は術で治療されていたけれど、それでも痛々しい傷跡はしっかりと残っていたわ。でも不思議な事に、なくなった腕から血が流れ続けたりはしていなかったの。そして、まだ生を感じる温かみもあった」
……こいつらが各々に語った内容は、色々と不可思議。だが、誰もそれに否定の声をあげねえって事は、事実って事か。
「で。何故メリナだと思った?」
「単純だ。顔は見えなかったが、フードから見えたのは銀髪。そしてあの声は何より、あいつの声だったんだよ」
「おい、バルダー。それは間違いねえのか?」
「間違えるもんかよ。十年経ったって忘れはしねえ」
「それは俺も保証する。勿論それだけじゃなく、お前が生かされてる謎の力は、俺達の人智を超えていた。だからこそ、俺もみんなも、あいつが死んだメリナだと信じて疑わなかったんだ」
バルダーやルークの言葉にも、嘘偽りは感じねえ。となりゃ、それは真実の可能性もある。
……が。俺はどうしても、それが腑に落ちなかった。
いや。それが本当にメリナの可能性もある。
あいつは優しい奴だったからな。
だが、だったら何故その前から力を貸さなかった。
最後にぽっと出てきて俺を助けるってのは、流石に都合が良すぎるだろ。
俺が何も言わずに考え込んでいると、そのまま話を続けたのはブレイズだった。
「その方は、私達にあなたを託すと、そのまま馬に乗り歩き去りました。まるで霧に溶け込むように……」
「それで、お前を連れ急ぎ王都に戻った俺達は、国王のご厚意で
「……はぁっ!?
アルバースの一言に、俺は流石に愕然とした。
時が経ちすぎたこの左眼は無理にしろ、最近の傷や部位欠損なら、確かに
いや、するが……。あれは国が半分買えるくらいに希少な物。それを本気で俺に使ったってのか!?
目を丸くした俺が思わずおっさんを見ると、奴はニヤッと笑うと、
「そこの三人の少女達の熱意に負けただけだ。感謝するのだな」
そう言ってアイリ、エル、ティアラの三人を見たんだが……。
自慢げな態度を見せる事なく、バツの悪そうな顔をする三人を見た時、俺は嫌な予感がしたんだ。
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