第九話:メリナの血

「お前がメリナあいつを感じている理由は単純。あいつの血が俺の中に流れているからだ」

「え? メリナの血が? どういう事なの?」

「言葉通りだ。あいつの血を輸血したんだよ」

「ちょっと待って! あの子はもう死んじゃっていないし、普通、輸血なんてしたら死ぬだけでしょ!? まさか変な事してないよね!?」

「当たり前だ。墓荒らしなんざしてねえし、死人を蘇らせるなんて事もしちゃいねえよ。ま、そんな方法がありゃ、とっくに試してたろうがな」


 いつになく強い驚きを見せるセリーヌに、思わず苦笑する。

 とはいえ、突然こんな事言われたら驚きもするだろう。

 メリナが死んでいる以上、血液なんて手に入らねえってのもあるだろう。

 だが、この世界で輸血ってのは、それくらいありえねえ行為だからな。


 まあ傷口同士が触れて、多少血が入るくらいなら大したことはねえ。だが、他人の血がある程度以上身体に入ると、互いの血液が拒否反応を示し、そいつは苦しみ悶え死に至る。


 ある意味毒みたいなもんと思うかもしれねえが、注射器でちゃちゃっと入れた程度の血じゃ効果が出るわけじゃねえ。それなりの量の血液を入れるってのは、暗殺には不向き。

 しかも輸血するってなりゃ専用の大掛かりな機器がいる。

 そんな手間をするなら普通に相手を拘束して殺したほうが早いのさ。

 勿論、医療的観点で見ても、リスクしかねえこんな行為は誰だってしねえ。

 ……いにしえから知識を追い続けてきた、魔女の一族以外はな。


「でも、輸血って……まさか、蠱惑の魔女の元で、そんな事をしてきたの?」


 あいつが不安げな顔で問いかけてきた時、俺ははたと気づいた。

 俺はアルバースを始め、皆にはメリナの故郷に行く話しかしていない。

 だが、あいつが蠱惑の魔女の一族だって知っているのは、俺かアイリ達三人だけ。


「おい、セリーヌ。何故お前がどうしてそれを知ってるんだ?」

「……以前メリナからこっそり聞いたの。彼女が魔女の一族の末裔だって」


 あいつはそんな、俺が驚くような事実を語ってきた。

 だが、そりゃ驚くだろう。

 あいつが魔女の末裔である話は、アルバース達には秘密にしてほしいと、当時メリナ自身に口止めされていたんだからな。


 一瞬アイリ達が漏らしたのかと疑ったが……まだまだ俺も信頼しきれてねえって事か。もう少しきちっと信じてやらねえと……。

 後ろめたい気持ちを抑え、俺はそのまま話を続ける。


「それを知ってるなら話は早い。メリナは十年先、今ならデルウェンを倒せると占った。だが、俺の奇跡の神言口からでまかせじゃ、お前達に道を示せても、俺自身どうすりゃいいかがわからなくてな。とはいえ、メリナが俺に何もするなと言うのは考えにくい。だからこそ、何か残してないか、あいつの実家に向かった」

「そこに彼女の血が遺されていたの?」

「ああ。腐敗の霊石はお前も知ってるよな」

「ええ。メリナの亡骸の時にも使った道具アイテムだよね?」

「ああ、そうだ」


 そう。

 俺がメリナが死んでから、あいつの故郷に亡骸を運べたのは、その霊石のおかげだ。

 食材や薬、それこそ肉体などの劣化を一時的に防ぐ、腐敗の霊石。

 世に出回っているのは消耗品で、長くても一週間程度しか持ちゃしねえんだがな。


「どうも魔女の一族は、液体の保管なんかの為に、永続的に効果を発揮する瓶なんかを用いてるようでな。メリナの机の引き出しに、それが大事に保管されてやがった」

「彼女はその時には未来を予言していたの?」

「多分な」

「でも、何故それを輸血なんてしたの? それで命を落としたら元も子もないわ」


 確かに。愛した相手の血とはいえ、異常な行動にも感じるか。

 神妙な顔をするセリーヌから視線を逸らすと、俺はゆっくり部屋の奥にある長いソファーへと歩き出す。


「あいつと共にあれると思ったのがひとつ。もうひとつは……聖女のような力が使えるんじゃねえかと思ってな」

「聖女のって……まさか、光の華の事!?」

「ああ。とは言っても、俺は聖女じゃねえし、メリナの母親もあくまで魔女。だから、どうすりゃ力を発揮できるかなんてわからねえ。ま、結局推測だけだが、可能性を残す為、わざわざ俺なんかに血を入れたってわけだ。魔女の持つ技術ってのは禁忌にも通づる。だからこそ、俺は何とか輸血をしても、こうやって生きている」

「そっか。だからずっと辛そうだったんだね……」


 生命の揺らぎでも感じ取っていたのか。

 心配そうな顔をするセリーヌをそのままに、俺は鼻で笑うとそのままソファーにどすんと腰を下ろす。


「まあな。ワルな盗賊に聖女の血なんて合うわきゃねえ。とはいえ、輸血してからここまでで随分楽になった。決戦までには落ち着くだろ」

「もし辛いなら、回復魔法なんかで癒そうか?」

「いや、そのままでいい。慣れなきゃ始まらねえし、下手な魔法で聖女の血の効果がなくなろうものなら全てが無に帰すしな」

「そっか。分かった」


 俺の前に立ち、未だ心配そうな顔を見せるセリーヌに笑ってやると、あいつも気を遣って笑みを返してくれる。

 とはいえ、あいつは色々視えるんだろうから、この先も安心できはしねえか。


「ふん。だから言ったろ。お前は優しい。だからこそ苦しむってよ」

「優しいとは言われなかったけど。そう想っててくれたんだ?」

「まあな。……セリーヌ。悪いが、他の奴等には絶対に話すなよ。この先の決戦で不安もある。そんな中、俺のせいでより不安を煽ってもいけねえしな」

「……うん。でも、ヴァラードも無理はしないでね。きっと、メリナもそんな事を望んでないから」

「分かってるよ。じゃ、話はここまでだ。すまねえが、ティアラを頼むぜ」

「うん。それじゃ、またね」


 彼女は俺に笑みを見せると、そのまま何も言わず、部屋を出ていった。


 ……ふぅ。

 俺はソファーの上で横になる。正直身体が重くて仕方ねえ。

 輸血から一週間以上経ったってのに、結局それほど身体が良くならねえとは。さすがは禁忌。そして聖女様の血って所か。


 ……俺は、セリーヌにすべてを話しはしなかった。

 あいつの優しさに甘え、何かを背負わせるのはここまででいいだろう。

 この先の事は、その時知りゃいいのさ。


 罪悪感を心に抑え込み、俺は静かに目を閉じると、疲れで一気に微睡みの世界に飲み込まれていき、そのまま眠りについたんだ。

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