第七話:稽古
あの後、訓練場の準備ができたとアルバースより話を受けた俺は、あいつと一緒に訓練場へと足を運んだ。
冬場でもやや暑い陽射しを感じながら、城内の一角にある兵舎の間を抜けていく。
「しかし、この後一体何をする気だ?」
「ん? 決まってるだろ。たまには身体を動かさねえと鈍っちまうんでな」
俺の返事にアルバースが眉間に皺を寄せたのは、まだその意図が読めてない証。
ま、別に説明しなくてもその内わかるし、それ以上語りはしなかったがな。
兵舎を抜けた先。
かなり広い空間には、騎士や戦士が合同で使う訓練場があった。
中央の対人同士の戦闘を行う広場を囲うように、飛び道具用の的や、剣を打ち込む鎧を着た木人の人形などが並んでいる。
とはいえ、今はそこで訓練している奴はいねえ。
その代わり、訓練しなきゃいけないはずの戦士や騎士達は、何が起こるのか不思議そうに広場を囲い野次馬のように立っている。
広場の中央には、バルダーにセリーヌ。ルークもちゃんといるな。
そして、アイリ、エル、ティアラに、ブレイズ王子の姿もある。
「あ、師匠!」
と、俺の姿を見つけたアイリが、俺に向け手を振ると、皆の視線がこっちに集まる。
その中にはディバイン達の姿もあるか。
「王子直々に、ここを貸し切る許可をして下さったんだ。感謝しとけよ」
「僕は大した事なんてしてません。それより、ここを貸し切ってどうするおつもりですか?」
理由なんて話してなかったからな。
王子を始め、皆が首を傾げる中。俺は皆の前に立つと、さらっとこう言ってやった。
「何。師匠師匠とうるせえ奴等がいるんでな。ちと揉んでやるだけさ」
「え? それはどういう……」
思わずティアラが疑問の声を上げるが、俺は彼女を一瞥した後、再び踵を返すと数歩前に出る。
「アイリ以外は周りに捌けろ。アイリ。お前は俺の反対側に立て。稽古をするぞ」
「え!? 本当ですか!?」
少しだけ歩み戻った俺が、体をほぐすため準備運動を始めると、アイリが心底嬉しそうな声をあげる。
……ったく。甘ちゃんが。
「ああ。アイリとの稽古を終えたら、エルともするからな。心の準備をしとけ」
「え? 私も?」
「当たり前だ。ティアラ。お前とは稽古はしねえが、ちゃんとこの戦いを見届けて、お前に望むものを察しろ」
「……承知しました」
「おい。わざわざ俺を呼んだのは、これを見せる為か?」
「そうだ。勿論それだけじゃねえが、それは後で話す」
ルークまで怪訝な声をあげたが、俺はそんなのお構いなしに、さらりとそう返す。
「王子。一度あちらへ」
「は、はい」
「ったく。ザイル。王子の為に椅子を用意しろ」
「は、はい! みんなも手伝ってくれ」
一通り運動を終え、くるりと振り返ると、アルバースに促されたブレイズ達が傍に捌けていく。
その先のひさしのある建物の下に、バルダーの部下らしい戦士達が、素早く人数分の椅子を並べ、俺とアイリ以外の奴等がそこに腰を下ろした。
「師匠と手合わせなんて。僕はなんて幸せなんだ!」
なんて、向かい側に立つアイリは眼鏡の下の赤い目を爛々と輝かせている。
が、ずっとそのままって訳にはいかねえ。
俺は大きく深呼吸すると、アイリにこう告げてやった。
「いいか? 俺もお前も、愛用の武器で斬り合う。勝負はどちらかが動けなくなるか、戦意を喪失するまで。決着がつかなきゃ、夜になろうが戦い続けるからな」
「え?」
普段の稽古で、愛用の武器なんざ使わねえ。
だからこそ、アイリは思わず素っ頓狂な声を上げ、周囲の兵士達も一気にざわめき立つ。
「間違っても手加減なんてするな。俺を殺す気で来い。別に俺を傷つけようが構いやしねえ。ま、やれるならだが」
「ちょ、ちょっと待ってください! それは稽古じゃなく殺し合い──」
「じゃねえよ。多少は傷つけるかもしれねえが、俺はお前を殺さねえし、温いお前に殺されるほどやわじゃねえから安心しろ」
「安心しろって……」
突然の事に、あからさまに動揺を見せるアイリ。
ったく。だからこの間お前に言ったんだぞ。
お前達は温過ぎるってな。
「ヴァラード。王子の前で、流石にそれはやり過ぎではないか?」
「本当だぜ。大体アイリは俺達が目を掛けるだけの腕がある。お前だって手を焼くだろ」
「……そういや、お前達二人がこいつを鍛えたんだったな。そんなに嫌か? 自分達が手塩にかけて育てた、温過ぎる聖騎士が負けるのを見るのは」
「何だと!?」
呆れ口調だった二人も、俺の挑発的な言葉にアルバースはむっとし、バルダーに至っては思わず声を荒げる。
「ま、いいさ。ちゃんと見とけよ。お前達のせいでこいつが弱いんだって、思い知らせてやるよ」
奴等を一瞥した俺は、再びアイリに目を向ける。
「……本気、なんですね?」
「当たり前だ。安心しろよ。今回は毒も何も使わねえ。あくまで戦闘の腕だけで勝負してやる。ただし、俺の愛用する武器は
「構いません」
俺の落ち着きっぷりに腹を括ったんだろう。
あいつは緊張した面持ちのまま、相変わらずの馬鹿力で、背中の
さて。じゃ、
俺もまた、腰から
勿論周囲の奴に配慮なんてしねえ。
はっきりとした殺意を視線に込め、その気配も隠さない。
瞬間。それを感じ取った周囲の奴等は一気に静まり返り、アイリの額からも冷や汗が流れる。
が、それでもあいつはぐっと歯を食いしばった後。
「行きます!」
そう宣言し、いきなり向かって左に回り込むように踏み込んだ。
見えない左眼の死角を突く動き。ちゃんと本気で考えてるな。
が、この十年。
この程度の戦法は、散々経験してるんだよ!
俺は気配だけでアイリを追い、奴が大きく大剣を振り上げた所に敢えて踏み込むと、一気に懐に飛び込み、その喉元に
僅かに刺さった剣先に、喉に小さな血の塊が生まれる。
「遅えよ。そんなんじゃ死ぬぞ」
「ぐっ!」
咄嗟に飛び退ったアイリは、再び剣を構え直す。
そして、それでも気丈に俺に挑み掛かってきたあいつに応えるべく、剣を振い続けた。
§ § § § §
戦いが始まって、三十分は経っただろうか。
周囲の静けさをかき消さんと、アイリの荒い息だけが聞こえている。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
汗だくになったあいつは、大きく肩で息をしながらも、必死に武器を構え、俺に向き直っていた。
とはいえ、その表情には、自身の腕がまったく通じていない、そんな強い戸惑いが浮かんでいる。
喉。額。腕。脚。脇腹。肩。
幾つもの場所に浮かんだほんの小さな血痕は、俺の
僅かに血が流れたものの、既に血が固まっている場所も多い。
ま、本気で刺されたら死んでいたか、大怪我をしていた。そう思わせるには十分だけどな。
対する俺といえば、別段息を荒げるでもなきゃ、汗もほとんど掻いちゃいねえ。
勿論、アイリから受けた傷なんざ
流石に初手の流れで俺が本気と分かり、あいつはあいつなりに本気で挑み掛かって来た。
が、俺はガラべのような脳筋じゃねえからな。
あいつがしたいと思う裏を突きまくった。
あいつから仕掛けてくる剣撃に、俺は疾さで出端を挫き、剣先を突きつけてやった。
アイリも重い鎧を纏っている割に疾さはある。だが、身体の動きが良かろうと、結局剣を振るう疾さで劣ってちゃ、その意味をなしゃしない。
それに気づき、今度は受けからのカウンターを狙おうと考えたようだが。
相手の攻撃を弾く事に特化したアイリの受け。俺の剣撃の疾さに合わせ、刃を弾こうとする行動をあえて誘い、弾きを空振りさせ体勢を崩させると、その隙を突いて本気の殺意をフェイントに使い、またも急所に鋒を突きつけてやった。
思う通りに戦えないもどかしい現実と、向けられ続ける殺意に、あいつの動きはより鈍る。
こうなっちまったらもう終わり。
血の数だけ、あいつは怪我を負い、時に死んだ。それをアイリも痛感したに違いない。
動きが雑になりゃ無駄も増える。
俺を捉えようと必死に剣を振るほどに、こいつは体力も精神も削られる。
その結果が、今のこの惨状だ。
「もう終わりか?」
俺が静かに言い放つと、
「ま、まだ! まだ終わってません!」
悔しそうにぎっと歯を食いしばったアイリが、強く吠えた。
そして、盾を捨て
俺はその動きから、あいつの繰り出そうとする技を見通す。
自身の最高の技に、勝機を委ねたか。
ある意味聖騎士らしくていい。が、残念な
だが、それもダメだ。
あいつの強く鋭い一閃の連続を、全て往なしていく。
そこ全てを刃で滑らせ、火花だけをそこに残して。
往なしに特化したのは、受け特化のあいつに倣ったわけじゃねえ。
受け、弾いてしまえば、それこそ俺の動きが止められ命を落とす。それだけの強さと迫力があったからこそ、これしか手はなかっただけ。
勿論、これだって簡単じゃねえが、俺の疾さと腕ならやれる範囲だ。
往なされながらも、必死に
が、それが結局悪手だ。
往なされつつも無理に技を繰り出し続けりゃ、体幹を崩され、それだけ技のキレも落ちる。
それに気づかず、フェイントもなく、型にはまったまま馬鹿正直に出されたんじゃ、俺に傷は付けられない。
最後の一閃までわざわざ往なしてやった後、俺はするりとアイリの背後に周ると、首に
「……あ……」
結局、何もできなかった。
そんな絶望を乗せ漏れた言葉を耳にして、俺は奴の心の内を悟る。
「……僕の……全力が……まるで、通じない……」
四つん這いのまま、あいつは声を振るわせ、嗚咽に悔しさを乗せ、地面を涙で濡らす。
だが、完敗した彼女に対し、アルバースもバルダーも、兵士達からすら何の声も掛からなかった。
そこにあるのは、ただ愕然とした表情。
ま、こうもなるだろ。
奴等は知っていたはずだ。
アイリは類稀なる才能を持つ、間違いなく強い女だと。
そして、そう信じていたからこそ、たかだか盗賊にここまであしらわれるとは、微塵も思っていなかったに違いない。
あのディバイン達すら何も言ってこないのは、あの日俺が見せた実力が、氷山の一角だったと思い知ったからだろう。
「ティアラ。アイリの怪我を治してやれ」
「はい……」
指示に従い、席を立ったティアラはあいつの元で神術、
そんな中、俺はそのままエルに顔を向け、
「次はお前の番だ」
そう言って、広場に出るよう促した。
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