第六話:真偽

「今回のデルウェンの復活。あんた達も薄々気づいていると思うが、ベラルナの脱獄に始まったこの件には、勿論内通者がいる」

「確かにそれは薄々感じていたが。だが、それは組織的にというか?」

「いや。協力者にさせられた奴もいるだろうが、主となる内通者はそいつ一人だけだ」

「何だと? そんな事がありえるってのか!?」


 アルバースの質問に対し、俺がそう宣言すると、バルダーがあり得ないと言わんばかりに驚いて見せる。


「ああ。ベラルナを脱獄させるため、シャード盗賊団を導いたのも。死の戦場の砦にシャード盗賊団を忍び込ませるべく、事前に協力者を送り込んだのも。元を辿れば全てそいつが犯人だ」

「そんな事をしたのは、一体誰だと言うんですか!?」


 驚愕した顔で俺に問いかけてくるブレイズに対し、俺は何食わぬ顔でこう答えた。


「大臣のレムナンだ」

「なっ!? まさか……」


 レムナン。

 長らくブランディッシュに仕え、この国の繁栄に尽くした、おっさんの右腕と言っていい存在。

 そんな相手を名指しで内通者と口にしたんだ。

 流石の国王も驚きを禁じえない。


「そんな……レムナン様が……」


 愕然とした表情で、独りごちるセリーヌ。

 アルバースを始め、他の奴等も軒並み信じられねえって顔をしているな。


「……で。お前達は信じられるんだよな? この俺の言葉を」


 俺が冷たくそう言い放つも、すぐには答えが返ってこない。

 ……ふん。だから言ったんだ。

 簡単に信じるなんざ、口にするもんじゃねえんだよ。

 正直俺も、レムナンの名前を口にした時には、内心かなり驚いたくらいだからな。


「……ま、こういう事だ。結局お前達はレムナンの名が出た瞬間、強く迷いを見せた。奇跡の神言口からでまかせってのは、それくらい衝撃的な神言をする事もあるんだよ」

「……確かに。一度は信じると決めた儂ですら、心揺らぎ、迷いを持たされるとは……」

「ふん。安心しろ。それが人として正しい反応だ。」


 俺は、気落ちするブランディッシュに笑いかけると、改めて前に立つ仲間や国王達を見た。


「いいか? お前達は神言を聞き、ちゃんと迷い、ちゃんと疑え。そして、それでも信じなきゃならなねえって覚悟を決めてくれ。信じてもらえなきゃ、どれだけ奇跡の神言口からでまかせを言った所で、意味はねえからな」

「……うむ。肝に銘じておこう」


 ブランディッシュは改めて表情を引き締めると、しっかりと頷いた。


「……ですが、あのレムナン様が内通者だったなんて……」

「確かに。ですが、既にシャード盗賊団は壊滅しています。であれば、直近の憂いはないとも言えます」


 ショックから抜けきれないブレイズに、希望を与えようとアルバースがそう声を掛けたが、


「……いや。そうもいかねえ」


 俺は少しだけ沈黙すると、それを否定した。


「ヴァラード。それってどういう事?」

「シャード盗賊団は、そこまで考慮済みってこった。元々レムナンが奴等に加担したのは、夫人を拉致られて止むなく協力しただけ。そして、今もまだシャード盗賊団の残党が、夫人を抱えてる」

「は? あいつらはまだうようよしてるってのか!?」

「言うほどじゃねえがな。実際幹部クラスが軒並み死んだ組織。ほっといても勝手に崩壊し消えてなくなる。夫人を抱えてる奴等も、シャード盗賊団としての活動は止めているしな。だが、そっちはそっちで生き残りを模索し、獣魔軍に取り入るべく交渉を始めたようでな。レムナンの状況は結局今も変わらない。……いや、間接的には獣魔軍の内通者。状況は悪くなってるかもな」


 俺の奇跡の神言口からでまかせに、皆が渋い顔をする。

 ま、確かに状況は好転しちゃいない。


「師匠! 何とかならないのですか!?」


 背後から脇に立ち、アイリがそう懇願するが……そうだな。


「夫人を捕らえてるシャード盗賊団の奴等は、中々狡猾でな。自分達の居場所を伝えず、夫人を盾に戦略に関する情報を得て、獣魔軍に横流しする算段をしている」

「え? 師匠はそんな事も分かるの?」


 背後のエルに言葉は返さず、肩越しに笑いかけてやると、俺は部屋の外が見える窓に歩くと、そのまま奇跡の神言口からでまかせを言い続けた。


「獣魔軍の参謀も、既に奴等との交渉で、こちらの最終的な布陣を流せば命は助けると伝えている。しかもその為に、わざわざ決戦とする日の十日前には、この国に宣戦布告してくれるんだとよ。律儀な奴等だぜ」

「既に獣魔軍は、決戦の日を決め打っていると言うのですか?」

「流石ティアラ。正解だ」

「それは何時だ?」


 緊迫した状況を察してか。耳に届くブランディッシュの声に、一際真剣さが増す。


「一ヶ月後。デルウェンが聖女からより受けた傷が、完全に癒えた後みてえだな」

「一ヶ月後……であれば、夫人を助け、レムナンを解放する事も──」

「いや。レムナンにゃ悪いが、ギリギリまで奴等を泳がせる為、この事は知らせずそのままでいてもらう。シャード盗賊団の奴等が獣魔軍に情報を横流したのに合わせ、夫人を助け、レムナンを解放する」


 ブレイズの言葉に割って入り、俺はそう策を語る。

 因みに、決戦の時期の話までは奇跡の神言口からでまかせだが、そのの策は俺の案だ。ま、奴等にゃ区別はつかねえだろうがな。


 くるりと振り返った俺は部屋にいる全員を一瞥する。

 俺の策に驚きを見せるアイリやバルダー、セリーヌにブレイズ。

 反対にエルやティアラ、アルバースやブランディッシュは覚悟ができている顔か。


「奴等との決戦は一ヶ月後。俺はこの奇跡の神言口からでまかせで、その戦いを始まりじゃなく、終わりにしてやる。勿論レムナンや夫人も見捨てねえ。そして、ちゃんとデルウェンを倒し、イシュマーク王国を勝たせてやるよ」

「……聖女を有さぬ我らで、デルウェンを倒せるという言うのか?」

「おいおい、おっさん。聖女の遺した予言くらいは信じてやれ。あいつは俺に助けを乞えと遺したんだからな」

「おい。へたれてたお前がどうにかできるってのか?」

「うるせえぞバルダー。いいか? 三週間で勝つ為に必要な奴等を鍛え上げて準備を整え、残り一週間で策を授ける。そうすりゃこの国も安泰だ」


 あまりに皆が真剣な顔をするもんで、俺はそんな空気を一蹴すべく笑うと、こう付け加えた。


「でだ。アルバース。悪いがこの後、騎士や戦士の訓練場を貸せ。それからバルダー。お前は部下にでも銘じてルークを呼んでこい」

「は? 何をする気だよ?」


 皆が不思議そうな顔をする中、俺はバドラーの問いかけに、ニヤリと笑うとこう言ってやったんだ。


「決まってるだろ。勝つ為の第一歩さ」


   § § § § §


 訓練場の貸し切りやルークを呼んでくるのにも、時間も掛かる。

 だからこそ一度俺達の謁見はお開きになったんだが、俺は国王直々の頼みで、二人っきりで応接間に残る事になった。


 向かい合うようにテーブルに付いた俺達は、互いの顔を見るでもなく、紅茶を口にしつつ窓の外に目を向ける。


「……マリナは、元気にしておるか?」


 ぽつりと、ブランディッシュがそう問いかけてくる。


「……知らねえよ。最後に会ったのはメリナの亡骸を連れて帰った時。あの人らしからぬ、人目を憚らず号泣する姿を見たのが最後だ」

「そうか……」


 俺の答えに、おっさんは少し寂しげな顔をする。

 ……ふん。

 そんな顔をするなら、最初から逃避行する覚悟でもしときゃ良かったろうが。

 そんな不満を口にしたくもなるが、それで過去が変わる訳じゃない。だからこそ、そこまでは口にしなかった。


 ……まだ王子だったブランディッシュのおっさんと、メリナの母親であり、当時宮廷神魔術師だったマリナさんは、密かに恋焦がれた仲だった。

 互いを愛し、時に密かに逢瀬をかさね、肌をも重ねた二人。

 だが、宮廷神魔術師であろうが、マリナさんの出自は平民。身分ある者の恋が実る事もなく、ブランディッシュは他国の王女と婚約する事になり、おっさんの子を孕った事を知ったマリナさんもまた、自ら宮廷神魔術師の座を降り、この国を去った。


 ……俺はそれを、十年前に初めて仲間と城にやってきた時、おっさんから聞いて知っている。

 メリナと婚約している話をした時、こいつの娘だってこっそり聞かされてな。


 結局、マリナさんが去り、ブランディッシュと結婚した王妃は、十年以上経ってやっと息子を身籠り出産。しかしその時に王妃じゃ命を失い、以来こいつはずっと独り身でいる。


 息子もいるし表立ってこんな話はできねえんだろうが。

 当時の事に未練があるのは、今も昔も変わっちゃいねえんだろ。

 この為だけに俺と話をしたいとか。正直何様だって話だ。


「……ま、どうせこの後顔を出しに行くつもりだからな。後で状況くらいは教えてやるよ」

「……済まぬな」

「謝るなら俺にじゃねえと思うがな。……ま、俺もメリナを助けられなかったし、人の事を言えた義理じゃねえが」

彼奴あやつも聖女として国を救うべく、使命を背負ったのだ。気に病むな」

「うるせえ。愛し合った末に結局マリナさんを見捨てた上に、事実を知らねえまま死んだ娘に、親父面し続けるとかふざけ過ぎだ。例えマリナさんが許してても、俺は許さねえからな」

「わかっておる。……色々すまん」

「ふん。礼はメリナに言うんだな。あいつが聖女として国を助けたいと思ったからこそ、俺は手を貸すんだ」


 申し訳なさそうな顔をするブランディッシュは、王の威厳もへったくれもねえな。

 俺はそんな奴を鼻で笑うと、気にせず紅茶を口にする。


 さて、この後もまた大変だが、とにかく今日が肝。

 しっかり気張ってやらねえとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る