第四話:未来の英雄

 アイリの両腕の入っている力。

 って、また手加減ねえじゃねえか!


「お、おめえ! 痛──」

「師匠! 僕も師匠の辛さ、わかります! 愛した人を殺してしまったって、さっき泣いていた師匠の気持ち、わかります! 辛かったですよね? 悲しかったですよね?」


 思わず声を荒げそうになった俺の声は、号泣するアイリの声にかき消される。

 どうせこいつは酔っている。酒癖の悪いこいつの、ただ感情がだだ漏れただけの言葉。そう切り捨てようとすればできたはず。

 だが、俺はそうできなかった。


「でも、きっとメリナ様は幸せだったはずです! そこまで愛されたんだから! 今でも愛されてるんだから! だから、自分を責めないでください! 師匠が哀しんだら、きっとメリナ様も哀しみます! だから、師匠は笑って下さい! 寂しくなっても、僕達がいますから! そして、僕達はずっと信じてますから! 何かあれば共に戦い、力になって見せますから!」


 メリナの死。そして、仲間を信じきれなかった後悔。

 そんな俺の情けねえ話に、ここまで泣いてくれるこいつの言葉が、心の痛みに染みる。


 ……俺は今までにこの事で、こうやって誰かに慰められた事なんてなかった。

 そりゃそうだ。誰に話した訳でもねえし、ティアラにすら、ここまでの話はしてこなかったからな。

 だからこそなのか。酒の魔力のせいなのか。その言葉が痛く言葉に響く。


 ……ったく。


「おいアイリ。力が強過ぎて痛えんだよ」

「え? あ! すすすすす、すいません!」


 俺がぶっきらぼうにそう口にすると、慌ててアイリは俺を解放すると、器用にカウンターの椅子に正座し平謝りしてくる。

 ほんと、運動神経は抜群だな。


「……師匠。優しいあなただからこそ、きっとメリナ様は笑って欲しいと願っているわ。哀しい出来事だったかもしれない。けれど、笑ってあげて」

「そうです。メリナ様も、師匠が微笑む姿を見たいに決まっております。そうなれるよう、微力ながら私達わたくしたちもお手伝い致しますから」


 エルとティアラもまた、真剣な顔で俺にそう声を掛けてくる。

 ったく。別に同情を誘いたかった訳じゃねえんだがな。

 俺は頭を掻きながら、ちらりと左右の二人に視線を向けた後、再びグラスに目を向けた。


「おい。勘違いするな。俺がお前達に伝えたかったのは、奇跡の神言口からでまかせを信じろって事と、俺は決して師匠でも英雄でもねえ、臆病者だって事だけだ」


 そう言って残りの酒を一気に飲み干してやったんだが。


「ふん。そう言ってお前、照れ隠ししてんだろ?」


 ニヤニヤとしやルークが、置いたグラスに酒を注ぎ足してくる。


「誰が照れるかってんだ」

「お前はメリナといた時もそうだったよな。何かとベタベタしてくるあいつに素っ気ない振りをしながら、結局顔を赤くしてよ」

「うるせえぞ、ルーク。それ以上変なことを言うようなら、喉を掻っ切ってやるぞ」

「おーおー怖い怖い。三人とも、こんな奴といたら何されるかわからないぞ。いいのか?」


 白い目を向けた俺に呆れながら、あいつはアイリ達にそんな声を掛ける。

 まあ、これで怯むかと言われたら……。


「構いません! 僕は師匠に命を救われた身。師匠の為なら何だってしますから!」

「私もそうよ。師匠が私の力を必要とするなら、喜んで力を貸すわ」

わたくしは、何処までもお供するだけですので」


 ……ってなるよな。


「ったく。相変わらず女を引っ掛けるのがうまいな、お前は」

「ふん。じゃあ、たまには男でも引っ掛けてやるか」

「ん? どういう意味だ?」


 俺の言葉に表情を変えた奴の前に、俺は腰のポーチから、ドンっと金貨の入った袋を置いた。


「ルーク。お前、俺に雇われろ」

「これでか? ……お前、これに幾ら入ってやがる?」

「金貨百枚」

「ん? これっぽっちで雇われろって?」

「いんや。これは今日の貸切代だ。俺に雇われた暁には、お前を英雄の一人にしてやる。これなら店も大繁盛。食いっぱぐれもねえだろ。どうだ?」

「……は?」


 露骨に頭がおかしくなったのかと、呆れ顔をするルーク。だが、俺がじっと真剣な目で見つめてやると、怪訝な顔になる。


「おい。本気で言ってるのか?」

「ああ。その代わり、俺を信じ、俺の言葉に従ってもらう事になるがな」

「俺はこの足だ。それにもう引退して十年以上経つんだぞ?」

「ふん。どうせ腕は鈍らせてねえだろ。じゃなきゃ、エルにここまでの弓術、教え込める訳がねえ」


 図星と言わんばかりに、あいつが目を泳がせ頭を掻く。

 ……分かってんだよ。お前の性格は。

 心を見透かしたように、じっとあいつを見つめていると、観念したのか。奴はため息を漏らす。


「……ったく。死んだらどうする気だ?」

「死なせねえよ。過去に苦渋を舐めたお前なら、俺の奇跡の神言口からでまかせ、信じられるよな?」

「……ほんと。お前は昔っから、俺達を焚き付けるのだけは上手いな」

「悪いな。口だけは達者なんでな」

「ほんと。こんなワルが英雄とか。世も末だな」

「ああ。悪いが勝つ為なら手段は問わねえからな」


 互いにふざけた会話を交わした後、ルークが真面目に問いかけてくる。


「過去のデルウェンの噂は聞いている。アルバース達ですら倒しきれなかった奴を、俺達がどうにかできるのか?」

「どうにかできるかじゃねえ。どうにかする。ま、お前は大船に乗って気でいろ。どうせ勝てなきゃ、バーどころか国が消えるだけだしな」

「ふっ。確かにな」


 俺達は同時に笑うと、互いにグラスを手に取る。


「じゃ、俺が英雄となる未来に。乾杯」


 ルークの言葉を合図に、俺達はグラスを合わせ、心地よい音を奏でると、一気に酒を飲み干す。


 こうして、俺のデルウェン討伐への一歩が踏み出されたんだ。


   § § § § §


 翌日。

 アイリとエルに頼み、城で国王と王子、そして俺の仲間だけで謁見できる手配をするよう、アルバースに依頼をしたんだが、話はトントン拍子で進んだらしく、次の日にはその場を設けてもらえる算段となった。


 アイリ達の話じゃ、これだけ話がスムーズに進んだのには、ブレイブの計らいが大きかったらしい。後で礼のひとつでも言っておかねえとな。


 ちなみに俺はといえば、今日はする事もねえし、折角だから街をぶらぶらとした。

 目的地は王都に着いた際に見えた、柱のような白く高い石碑。

 これは王都のシンボル。聖女の墓碑だ。


 十年経っても、ここに足を運ぶ住人は多い。

 多くの奴等がお前に祈りを捧げてるが、お前はここにはいねえなんて知ったらどんな顔をするんだろうか。

 ……まあ、きっとメリナお前の事だ。霊になってここに顔を出してやってるんだろうが。お人好しが過ぎるからな。


 俺は近くの花売りから、あいつが好きだった白い野菊を一本だけ買うと、多くの花束が供えられた場所に並べ、何も言わず天に祈る。


 ……後でちゃんと墓参りはするが、今はこれで勘弁しろ。まだ少し野暮用があるんでな。

 俺は祈りを捧げ終えると、柱の天辺の先をじっと見上げた。


 未だ青い空。

 ここには人々の希望がある。


 正直、闇夜あんやの鷹にゃ眩し過ぎるが、暫くは我慢してやるよ。

 お前の期待を裏切る訳にいかねえもんな。


 俺は、そのまま背を向け、静かに歩き出す。

 再び、英雄達と並び立ち、この国を救う。そんな馬鹿げた未来の為に。

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