第三話:二人の過去

 俺はぼんやりとカウンターに置いたグラスの酒を見ながら、少しずつ語り始めた。


「俺と仲間達との出会いは、もう十五年も前か」

「そうだな。当時、こいつをメリナが引っ張って来た時には驚いたもんだ」

「俺の方が驚いたさ。前衛が欲しいって仲間の前に、あいつは当時パーティーからあぶれていた盗賊の俺を連れて行ったんだからな」

「何故、メリナ様はそのような事を?」

「確か。『何となく放っておけなかったから』とか言ったよな? ヴァラード」

「ああ」


  ──「は? 本気で言ってんのか?」

  ──「ええ。良いでしょ? 私が面倒を見るから」


 当時、バルダーの驚きなんて関係なく、メリナは平然とそう言ってのけてたっけな。

 今思えば、ルークや他の奴の驚きようったらなかったな。ま、俺もその一人だったが。


「まあ、高ランクでなきゃ入れないような遺跡ならともかく、その辺のダンジョンの宝箱を開けるなら魔術でもできたし、多少の罠なら掛かっても神術師で治療もできた。だから、低ランク帯の盗賊をわざわざ連れる奴なんざいなくてよ。当時も相当食い扶持に困ってて、毎日冒険者ギルドに行ってはパーティー募集を見て、ため息を吐いて帰る日々を繰り返していたんだが。どうもメリナは、そんな俺を憐れに思ったらしいな」

「メリナ様は優しいお方だったのね」

「ああ。お人好しが過ぎるくらいにはな。ま、それを結局受け入れた仲間も相当だったが。な? ルーク」

「本当だぜ。ま、それでもいざ戦闘になった時のこいつの腕には、正直驚かされたがな」

「え? 師匠はそんなに凄かったんですか!?」

「そうさ。盗賊にも関わらず前衛を任されたこいつは、戦いの度にバルダーと切り込み隊長をしていたんだからな」

「別に。俺はこのパーティーを居場所にするべく必死だっただけだ。このチャンスを逃したら終わり。そんな覚悟もしていたしな」

「ふん。どうせ惚れた女の側に居たかっただけだろ?」

「ま、それもなくはなかったがな」


 なんて軽くかわしたが、実際何かと世話を焼いてくる美人の神魔術師に心奪われるのなんて、あっという間だったからな。

 下心がなかったかといや嘘になる。


「で、こいつらのお陰で、俺も数年でSランクまで辿りついたんだが。丁度獣魔軍との戦いが始まる一年程前。ある遺跡の地下洞窟の最深部まで辿り着いた時に、俺はこの奇跡の神言口からでまかせを手に入れた」


 今でもはっきり覚えている、当時の出来事。

 それを思い返しながら、俺は少しだけ神妙な顔をした。


「最深部にあった宝物庫。そこにあった最も豪華な宝箱の罠を解き、箱を開けた時だった。何故か中身は空。だが、頭にふとこんな声が響いた。『我が封印を解きし者よ。力が欲しいか?』ってな」

「で、師匠はどう答えたの?」

「そりゃ、欲しいと思ったさ。力があれば、仲間の力になれるって思ってたしな。そしたらよ。『では、我が奇跡の神言を授けよう』なんて声がしたんだが、別に何も変わった事はおきねえ。だから俺は拍子抜けした。ただの幻覚を見せる宝箱かってな」

「俺達も話の一部始終を聞いて、『そりゃ宝箱に騙されたんだろ』なんて笑ったもんだ。実際他の宝箱には、金目の物や古代魔術具レアアイテムもあったしな」

「では、その力にどのように気づかれたのですか?」

「その遺跡から脱出する時だ。宝物庫を出た瞬間、地下洞窟が崩壊を始めたんだが、洞窟の作りが行きとまるっきり違っててな。で、ある場所で上り坂とまっすぐ行く道に分岐してて、どうするか迷った時。俺は叫んでたんだ。『下の道を走れ!』ってな」

「師匠はそれを意識して口にしたんですか?」


 アイリの問いかけに、俺は首を横に振る。


「いや。俺は勿論道なんて知らねえし、意識してねえのに急にそれが口を衝いて出た。まあ後ろは崩れ出してるし、みんな迷わず俺に従った。そしたらよ。行かなかった坂道は途中で思いっきり折れて崩壊したんだ」

「しかも。それだけじゃなかったよな。突然『止まれ!』って叫ぶから、みんながどうしたのかと立ち止まった瞬間、先の洞窟の壁が急にり出し一気に閉じた。そのまま行ってたら俺達は圧殺されてただろう。しかも壁が戻り出したら『そこを駆け抜けろ!』と来た。あまりに的確すぎる指示に、俺達は度肝を抜かれて、遺跡を命からがら脱出した後、ヴァラードにこれを知ってたのか聞いたんだ」

「だが、俺は勿論知らねえと首を振った。さっきの指示は全て、勝手に口を衝いて出ただけだって話してな」

「それで、奇跡の神言に気づいたのね」

「そうだ。とはいえ、最初は条件がわからなねえから色々試してみた。ルークがカジノで一山当てられねえかって言ってきたが、結局何も口から出てきやしなかったし、ぼんやり誰かを助けるかって考えても、やはり何も変わらねえ。だから最初は、たまたまか一度きりの力かと疑った。が、その後も同じような形で仲間を助けられた時があってな。それでやっと、今のような仕組みを理解した」


 そこまで話した俺は、ちらっとルークを見る。

 その意図を察し、ルークがぐびっと酒を煽ると、大きなため息をく。


「俺達はヴァラードの神言のお陰で、何度も危機を脱するようになった。獣魔軍が現れ、ここイシュマーク王国に宣戦布告し、戦いが始まった後もな。だが、それで仲間の信頼を厚くするこいつを、やっかんだ奴がいた」

「それが、ルーク様……」


 ぽつりとティアラがそう漏らすと、あいつは歯痒さを顔に出し頷く。


「俺は思った。幾ら何でも当たり過ぎ。とはいえ、別にそれに従う義理はない。逆を選べばもっと良い結果に結びつく可能性もあるんじゃねえかってな。で、ある時森で獣魔軍に囲まれ、逃げるしかなくなった時、俺はヴァラードの神言で示された方向とは別方向に逃げてやったんだが……」


 そこまで語った後、ルークは義足の先でゴンゴンっと床を鳴らす。


「結局、偵察していた別の狼人ワーウルフの部隊に鉢合わせしてな。何とか逃げ切ろうとしたが多勢に無勢。片脚を食いちぎられ、死を待つばかりになった。ま、結局駆けつけたヴァラード達に助けられ、何とか一命は取り留めたが。俺はこのせいで冒険者を引退せざるを得なくなった」

「だから、奇跡の神言の犠牲となった……」


 当時のルークが、パーティーを降りると宣言した時に号泣した姿を思い出し、エルの言葉に頷きながら、俺もまた憂いを顔に出す。


「それだけじゃねえ。そのせいでこいつは、英雄になれる機会を失ったんだ。勿論、信じなきゃより酷い結末になると決まった訳じゃねえ。だが、どれだけ奇跡の神言口からでまかせを言った所で、相手が信じなきゃ意味がねえんだよ。これがこの力の最大の欠点でもあるのさ」

 

 俺は湿っぽい空気を酒と共に飲み干す。

 と、その時はっとしたティアラが、切なげな顔をすると、こう口にした。


「だから、先ほども信じてもらえなかったと思ってらっしゃったのですね……」


 それを聞き、少しだけ奥歯で未練を噛み殺した後、俺は自嘲気味に笑う。


「ああ。獣魔軍との決戦前。国王の命で集められたSランクの冒険者達もまた、戦いへの参加を国王直々に頼まれた。が、俺は正直その戦いで仲間を失いたくなかったからな。だからこそ、口から衝いて出た神言は、最も安全な戦場についてだった。だが、あいつらはそれを鼻で笑いやがった。そんなんじゃ英雄になれないだろって。わざわざ何処が一番危険なのか聞いてきた時、あいつらに警告すべく、奇跡の神言口からでまかせで場所を指し示した。そうしたら、俺達はそこで戦おうと言い出した。もしかしたら外れるかもしれないしと、煽り返されながら。……俺は、それがショックだった。これまで信じてくれた仲間に裏切られたと。欲に目が眩んだのかと。落ち着いて考えりゃ、こいつらがそんな性格じゃねえのくらい、分かっただろうに」


 自然と漏れるため息を止める事なく、俺は語りを続ける。


「で、捻くれ者の俺は、あいつらと一緒には戦わねえと啖呵を切った。が、俺は神言を信じてもいた。だからこそ、他の戦場で王国軍を勝たせ、なるべくあいつらの戦場に兵を送り込もうと奔走した。が、結局たかだかSランクの盗賊。多少は戦況を変えるだけの活躍もしてやったが、それじゃ遅過ぎた」

「……もし、貴方様がメリナ様を聖女と知っていれば……」

「ああ。迷わずあいつを連れて逃げたさ。俺はそれ程までに臆病者だったからな。だからこそ、アルバース達が代わりに覚悟してくれたのさ。メリナが聖女として、命を懸けてデルウェンを封じるのを成してみせると」


 ……そんな仲間を、俺は一人誤解した。

 身勝手に奴らを責めて。真意も知らぬまま。

 ほんと、酷え奴だ。


 自分に呆れ笑いを見せ、またぐびっと酒を口にし、切なさを誤魔化していると。


「……師匠! 師匠ぉぉぉぉっ!!」


 突然、隣のアイリが号泣し、俺に抱きついてきやがったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る