第八話:卑怯者
翌朝。
俺とティアラは兵士達をフォレの森に案内するついでに、家に戻るって事にして、村長やハミルに別れを告げ、ハイルの村を後にした。
天気は曇り。
どう転ぶか分からない、何かが起こると言わんばかりの空は、この闘いの行末を暗示しているようだな。
暫く歩き、村から俺達の姿が見えなくなった後、山道の脇、森と反対側に広がる草原で、俺とディバインは向かいあって立っていた。
「師匠! 頑張ってください!」
「アイリ。私達はディバイン様と一緒に来たのよ? 確かに気持ちは分かるけれど、ここは自重なさい」
「あ、そ……そうであった。だが、しかし……」
軽快なボケとツッコミを見せる、アイリとエル。
アイリはほんと、勢いだけで行動してやがるな。
本気で立場を
ティアラといえば、敢えて言葉を発する事なく、俺をじっと見つめている。
何時でも俺を信じていると言い切っただけあり、不安を顔に出してはいない。
「隊長! 頼みます!」
「ディバイン様! あんな奴の鼻っ柱、へし折ってください!」
「先輩は強いですから! 思いっきり叩きのめしましょう!」
あいつの部下の兵士達も、血が
胸当て、小手、脛当てという軽装な鎧姿のディバインは、そんなあいつらを咎ようとはしなかった。
「さて。昨日も話した通り、勝負は素手のみ。武器や魔法は使用不可。勿論、仲間の助太刀もなしだ。闘いが意味なく長引いても面白くないからな。膝を突くか倒れるかして、十カウント以内に立ち上がれなきゃ、そいつの負け。それで良いか?」
「ええ。但し、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
「そのマントは外していただきたい。その下に武器を隠されていては厄介ですので」
ほう。
昨日は頭に血が上ってるかと思ったが、意外に冷静だな。
「ああ。構わないぜ」
俺はマントを取り地面に落とすと、腰に装備した
毒瓶なんかは初っ端に疑われるから、事前にバックパックに仕舞ってある。
これで俺は丸腰って訳だ。
「これで満足か?」
「ええ」
そう言うと、奴も腰の剣を外すと、片膝を突き、大事そうに草原に置く。
己の命を預ける武器を大事にする姿勢。ま、悪くない。
腰にポーチを付けっぱなしだが、あいつがあそこから何か闘いで仕掛けるつもりはないだろう。何たって聖騎士だからな。
両手を組み、祈る仕草を見せた後、ディバインはすっと立ち上がると身構える。
「防具については言及はありませんでしたが、このままでも?」
「ああ。好きにしろ」
そう返しつつ、俺も素直に構えを取る。
「ティアラ。開始の合図と、ダウン時のカウントを頼む」
俺の指示に、少し緊張しながらティアラが頷く。それに合わせて、周囲の奴等も一気に静かになった。
「承知しました。それでは……始め!」
開幕。一気に低い姿勢で間合いを詰めてきたディバインは、細かに、だが鋭く拳撃を放ってきた。
俺は動きを読んで、上半身だけでそれを避けていくが、空を切った拳の音には、相応の威力や疾さを感じる。
しかも、鉄の胸当てとかを着たままでも、ここまで動いてみせるか。正直侮ってたぜ。
ちなみにこの殴り方、五英雄の一人、バルダーが教えたんだろ。あいつは戦士のくせに、武闘家まがいの事も得意としていたからな。この程度を教えるのは朝飯前か。
万が一、武器を失った時にも闘えるようにって配慮だろう。ま、いい判断ではある。
だが……。
パンパンと軽快に放たれる拳を軽快に避け、時に捌きながら、俺がわざと大きく体勢を崩した回避を見せてやると。その瞬間、奴の目付きが変わり、俺の頭めがけて、大振りの拳撃を食らわそうとしてくる。
ったく。あっさり引っかかるのかよ。
俺はぎゅんっと一気に姿勢を戻し、奴の拳を避けながら、カウンター気味に手刀を放つ。
虚を突かれたとはいえ、何とか大きく身を逸らし避けたディバイン。
だが、避けきれなかったあいつの頬に、すっと赤い筋の傷が生まれた。
「くっ!」
指で傷に触れた奴は 手に付いた血を見てぐっと歯を食いしばると、臆する事なく再び前のめりに踏み込んでくる。
今度は蹴りを見せてくるが、それじゃまだまだよ。
上段を蹴ると見せかけ、動きを止め中段にシフトするフェイント。いい技術だが、洗練さが足りない。
にわかなら騙せるが、俺を騙すにゃ
あっさり蹴りを手で受け止め、ぎゅんっと押し返してやると、ディバインは少しふらふらっと体勢を崩しながら、俺から距離を離す。
さて。
もう仕込みは終わってる。あれだけ動いた後だから、もうすぐだな。
後は……。
「まだ、これからです!」
未だ無傷の俺に、果敢に挑みかかってくるあいつの連続技。
拳蹴を組み合わせた動きは未だ軽快。そして必死に俺に一発入れてやろうとしているが、それを叶えてはやらない。
さて。じゃ、そろそろだな。
三、二、一。
スパンッ
コンビネーションの最後に回し蹴りを放ったディバインの前で、俺は一気に身を屈めると、勢いよく軸足を払う。
それで一気に宙を待った奴は、そのまま勢いよく背中から倒れ込んだ。
「ぐはっ!」
幾ら草原とはいえ、受け身も取れず叩きつけられたんだ。イケメンの顔も歪むか。
「ティアラ。カウント」
「はい。一……二……」
俺が静かに促すと、ティアラがゆっくりカウントを始める。
「隊長!」
「ディバイン様! 立ってください!」
「何やってんすか!?」
仲間の叱咤激励に、何とか動こうとしたあいつは、瞬間驚愕しながら、俺に顔を向ける。
「まさか……あな……たは……!」
ふん。やっと気づいたか。
もうお前は立てやしない。その毒が回った身体じゃな。
カウントの進みと共に、より顔色が悪くなり、呼吸を荒くするディバイン。
憎々しげに俺を見る奴の異変に、周りの奴らも気づき始めた頃。
「……九……十。これで、勝負ありにございます」
異様な雰囲気に戸惑いつつも、ティアラはしっかりカウントを数え切った。
「アイリ。ディバインに
「え? は、はい!」
突然俺に名指しされたアイリは、戸惑いながらも素早くディバインに駆け寄り、神術、
すると、奴の顔色は一気に良くなり、荒い呼吸も治った。
が、その瞬間。
「この卑怯者!」
ディバインは床で上半身だけを起こしながら、強く俺にそう叫んできた。
「ん? 何がだ?」
「あなたは武器や魔法を使うなと言っておきながら、私に麻痺毒を盛った!」
「は!?」
「何ですって!?」
その言葉に、流石のアイリやエルも、あり得ないという驚きを見せる。
「何だと!?」
「ふざけてやがる!」
「こんな勝負、無効です!」
あいつに駆け寄った仲間達もまた、口々に苛立ちや怒りを俺に向けてくるが。
まあ、こうなるのは知ってたしな。
俺はそんな言葉に涼しげなまま、こう言い返してやる。
「確かにお前の言う通り、俺は武器や魔法は使うなと言ったが、道具を使うなとは一言も言ってないぞ」
「そんなものは詭弁だ! 大体何故あなたは五英雄でありながら、正々堂々と戦わないのですか!?」
ディバインは負けた悔しさより、毒を使われた事に強い怒りを向けてくる。
……ふん。
アルバースの奴、どんな教育してやがるんだよ。ったく。
「師匠。今の話が本当なら、流石に酷い話だと思うけれど」
「そうですよ! 大体先程見せた師匠の実力なら、正々堂々戦っても、十分戦えたじゃないですか!」
お。アイリとエルもそっちについたか。
まあ、丁度いい。金輪際お前達に師匠なんて呼ばれたくないからな。
だからこそ、ここでお前達を認めない理由、教えてやるよ。
「随分な言い草だな。別にルール破っちゃいないし、それをその男も飲んでいる。その上で、俺は俺なりに実力を示しただけ。本来、ケチを付けられる筋合いもないんだが。それでも俺が許せないってなら、お前達は認めるって事だよな?」
「な、何をですか!?」
今までの冷笑を隠し凄んでやると、ディバイン達がその圧に思わず気圧される。
だが、俺は強い圧を隠そうともせず、はっきりとこう言ってやったんだ。
「お前は。いや、お前達は、正々堂々戦ってもらわなきゃ盗賊一人倒せない、甘ちゃんの卑怯者だって事をだよ」
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