第六話:師匠と呼ぶ意味

 扉を開けてやると、そこには両手にトレイを持ったティアラが立っていた。


 少し上気した肌は、ほろ酔い加減の表れ。

 とはいえ、酒に飲まれた雰囲気はなく、表情は自然のまま。

 トレイには、皿に取り分けられた肉や野菜。そしてエールの瓶とグラスが二つ置いてある。


「どうした?」

「いえ。アラン様が、宿の夕食を準備していなかったとの事でしたので。宴会で出たお食事をお持ちしました」

「そういう気遣いなんざ、宴の時くらい忘れておけよ」

「お気になさらないで下さい。何時もの通り、わたくしが勝手にしておりますだけですので」


 相変わらずこいつらしい、優しい言葉と微笑み。

 だが、扉が開いた時に少しだけほっとした顔をしたのも見逃さない。

 ティアラの奴。俺が一人、勝手に居なくなるんじゃと気が気でなくって、まともに酔えなかったか。


 まったく。

 勘所もいいが、タイミングもよすぎだろって。


「わざわざ悪いな。入ってくれ」

「はい」


 俺は彼女を部屋に入れると、廊下の外に他に誰もいない事を確認し、扉を閉め鍵をかけた。


「申し訳ございません。まだ師匠の嗜好しこうを把握しきれておりませんので、お口に合う物をお持ちできたか、不安にございますが……」

「気にするな。別に好き嫌いはないしな」


 テーブルに皿やエールを置いていくティアラを安心させるよう、そう口にした俺は、先に席に付く。


「アイリとエルは?」

「あの戦いでの活躍が目立っておりました為、主賓としてもてなされ、既に出来上がっておりました。アイリは泥酔しながらも、未だ皆様とお酒を飲んでおられましたが、エルは既に酔い潰れております」

「お前は?」

「はい。師匠に食事を届けたいと申し出まして、無事解放されました」

「いや、そうじゃなくてよ。酒には強いのか?」

「いえ。ですが、加減は心得ておりますので」


 一通り準備を終えたあいつは、笑顔を見せながら俺の向かいに座ると、エールの瓶を俺に向けてくる。

 こうやって酌をしてこようとする辺り、本当に出来がよい娘だ。


「済まない」


 俺はコップにエールを注いで貰うと、返すように別のエールの瓶を向ける。


「ありがとうございます」


 こうして互いにグラスを手にし、エールを注ぎ終えると、俺達は自然にグラスを合わせ、軽く一口付けた。


「そういや、兵士達は戻って来たか?」

「はい。既に宴の席に加わっております。流石に皆様の前で事情は話せないようで、師匠を探しているようなお話は、特段されておりませんでしたが」


 ほう。

 あいつらが村長に俺に会いに来たと話せば、今この村に来てるという話題になるかと思ったんだが。

 まあ、それなら都合が良い。


「そうか。ならば、明日早朝に村を出るぞ」

「え? そんなにお早くですか?」

「ああ。勿論明日も、村や家で兵士達に会う気はない。ま、三日も空振りとなりゃ、旅にでも出たんではと勘違い位するだろう。で、奴等が帰った隙に家に戻り、長旅の支度をする」

「どちらに向かわれるのですか?」

「特に。ただ、あいつらやアイリ、エルとももう会うつもりはないからな。当面は当てもなく彷徨さまようつもりだ」


 俺の言葉を聞いたティアラが、少し憂いのある顔をする。


「あの……お二人に師匠と呼ばれるのは、嫌にございますか?」


 きっとその言葉に、自身も重ねている。

 それは分かっているんだがな。


「ティアラ。俺はお前にも言ったはずだ。盗賊を師匠だなんて呼ぶなってよ」

「はい。ですが、お二人もまた、貴方様に助けられ、導かれたからこそ、その想いを持たれたはずです」

「そんなのは分かってるよ」


 俺は同情をエールと共に飲み干すと、じっとティアラを見つめた。


「だがな。お前もあいつらも、真っ当な師匠がいるだろ。そんなお前達が盗賊を師匠なんて言えば、師匠であるあいつらの顔にまで、泥を塗る事にもなるんだぞ」

「ですが、貴方様は──」


 そこまで言いかけた彼女は、そこではっとすると言葉を飲み込み、申し訳なさそうに目を伏せる。

 どうせティアラの事だ。俺が五英雄と呼ばれるのを嫌だと思い出したんだろ。


 まったく。

 人が良すぎて、俺なんかと居たら心労が絶えないんじゃないか?

 まあ、とはいえこいつが選んだ道……と切り捨てるのは楽なんだがな。


「気にするな。言いたい事は分かる」


 俺は、場が暗くならないように笑うと、用意された焼いた鶏のもも肉を片手に取り、かぶりついた。


「ま、だが現実は変わらねえ。盗賊になる為に俺を師匠と呼ぶなら分かる。が、そうじゃないなら止めとけって話だ。お前やあいつらの冒険者としての実力は、己の努力と奴等の師匠の指南で得た物。俺がした事なんてのは、ただのアドバイスだ。自身や師匠達の栄光に、わざわざ泥を塗るもんじゃない」

「……」


 何か言いたげ。だが、言えないティアラもまた、そんな気持ちを誤魔化すようにエールを一口飲むと、息継ぎの為か。はたまた心の想いが溢れてか。ため息を漏らす。

 

「それよりいいのか?」

「え? あ、その……何が、でしょうか?」


 突然の問いかけに、戸惑いを見せるあいつに、俺は飯を食いながら話し続ける。


「決まってるだろ。アイリとエルの事だ。一緒にいなくていいのか? お前達は知り合いなんだろ?」

「はい。同郷の友にございます」

「同郷?」

「はい。貴方様がお二人を救った頃は、まだ共に村で暮らしておりました」

「は? そんな昔っからか?」


 俺の疑問の声に、彼女は昔を懐かしんだのか。すっと目を細める。


「はい。あの日、お二人が口にした村の救世主は誰なのか、わたくしも気になっておりましたが、まさか貴方様だったとは。正直驚きました」

「だが、お前はこの間まで別の街にいたじゃねえか。何で顔を見てアイリだと分かったんだ? 最近会ってたのか?」

「王都にいた頃に再会しております。わたくしと同じように、お二人も既にアルバース様やルーク様に師事しておりましたので」


 ……類は友を呼ぶ、って訳じゃないだろうが。

 こいつら、何処まで偶然を重ねてやがるんだ。

 あまりに出来すぎた話を聞き、自然と苦笑してしまう。


「……俺に付いて来たら、また当面逢えないぞ。いいのか?」


 これだけは真剣に、はっきり尋ねてやると。


「……今生の別れとは限りませんし、生きていれば、また逢える日もございます」


 ティアラも釣られて凛とした表情をし、そう言葉を返す。

 ……これでも俺といる方を選ぶか。

 ったく。


「そうか。覚悟ができてるならいい。お前に任す」

「はい」


 俺はこいつの信念を尊重し、これ以上触れない事に決めた。


「そういえば。貴方様がお二人を師匠と呼ばせたくなかった理由は、先程語られた事だけなのですか?」


 と。ティアラがふと何かに気づき、俺にそんな事を尋ねてくる。

 ……何となくこいつの事は分かってる。

 俺の一言にある裏を感じ取ったからこそ、きっとそう尋ねてきたに違いない。


「まあ、それだけじゃないが……今は本人達もいないし、お前がわざわざその理由を知る必要もねえ。お前が俺を師匠と呼べるのも、この村を出るまでだしな」


 敢えて答えは明かしつつも、理由を伏せた俺は、少し残念そうな顔をするあいつに笑ってやった。


 ふん。

 心を許している部分はあるが、話す必要のない事はしなくていいだろ。

 俺はそんな事をかんがえながら、このまま翌朝を待つ……はずだったんだが。


 世の中、そんなに甘くはなかった。

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