第五話:胸騒ぎ

「え?」


 予想外の言葉だったんだろう。

 エルとティアラが、その言葉に驚きを見せる。


「師匠! どういう事ですか!?」


 無事戦いを終えたアイリもまた、俺の言葉を聞いて、あり得ないと言わんばかりの声をあげながら戻ってきた。

 俺は、そんなあいつらを一瞥すると、背を向け村に歩き出す。


「単純だ。お前達、それぞれ別の奴に師事してるだろ」

「え?」

「な、何故そのような事を!?」


 再び虚を突かれた声を上げたエルとアイリに、俺は肩越しに後ろを見ると、肩を竦めてやる。


「アイリの使った千の嵐サウザンドストーム。あれは聖騎士アルバースの奥義だろ。パクったにしちゃ動きが洗練され過ぎてて、教わったのがバレバレだ。エルの射手の腕もそう。芯の通った、真っ直ぐブレのない垂直に構えた弓に、澱みない矢を射るまでの流れ。俺はそんな凄腕の射手、ルーク以外に見た事がねえ。そして、それらはお前ら若造が易々と身につけられる代物でもねえだろ。なら、答えはひとつだ」

「な!? 師匠はまさか、僕達を鍛えて下さった皆様を──」

「知るか。ただ。戦いを共にした事があって、その動きに見覚えがあっただけだ」


 今語ったのは、口から出まかせじゃなく、俺の経験と勘だ。

 五英雄だったアルバースに、ルーク。

 十年前まで、俺を散々救ってくれた、嫌って程見てきたあいつらの戦い。

 それと見間違う程の動きと洗練された技は、才能だけでどうにかできるもんじゃねえからな。


 っと。ガラべを倒した事で、村人達がこっちの様子を伺いだしてるな。


「だけれど、それだけであなたを師匠と崇めるのを咎められるのは──」

「お喋りはそこまでだ。いいか? 村人達の前で余計な事は口にするな」


 エルの不満そうな声を遮り、俺はそう釘を刺す。

 こいつらが俺を本気で師匠だと思ってるなら、こんな口約束でも守るだろ。

 もし破るなら、そこを突いてまた否定するだけだ。


 ぞろぞろと村の入り口に集結した村人達。

 そんな人混みから、村長とハミルが姿を見せた。

 二人共俺の顔を見てほっとしてやがるな。その優しさに感謝しつつ、俺も笑みを返してやる。


「ヴァルスよ。無事じゃったか」

「ああ。後ろの嬢ちゃん達に助けられた」

「ティアラ! 怪我はないかい!?」

「はい。ご安心くださいませ。お婆様」


 俺の横に並んだティアラの両手を取り、ハミルは本当に安堵した顔をする。


「嬢ちゃん達も、怪我はないのかい?」

「はい! この通りです!」

「しかし、あんな怪物を倒すとは。若いのに凄いのう」

「いえ。それ程でも」

「お嬢ちゃん達、本当にありがとよ!」


 俺の背後では、村人達がアイリ達に労いの言葉をかけている。あれだけ目立つ活躍をすりゃあ、ここまでの感謝もされるだろ。


「しかし、何なんじゃあの化け物は?」

「さあ? ただ、あいつを倒したのは俺じゃなくティアラと後ろの嬢ちゃん達だ。折角だし、手厚くもてなしてやってくれ」

「そうじゃのう。無事を祝い、宴でもするか」

「そりゃいいねえ。皆で美味しいご馳走を沢山準備しようかね」

「お、そりゃいいな!」

「よし! となればすぐ準備しようぜ!」


 村長とハミルもそうだが、この村の奴等は 

何かと理由をつけて、飲み明かすのが好きだからな。

 村長の音頭で、一気に村人達が賑やかになる。


 俺はその光景に目を細めると、


「ティアラ。悪いが俺は宿に戻る。お前はアイリ、エルと共に、宴の手伝いをして、しっかり祝われておけ」

「え? 師匠は、参加なされないのですか?」

「ああ。俺は華やかな場が苦手なんでな」

「ほんと。ヴァルスは昔っからこうなのよ。何時も祭りの時期に顔を出しておきながら、一緒に飲んだりなんてしないのよ。勿体ない」

「まあ誰にも好き嫌いはある。ノリの悪いこやつは自由にさせておけ」


 普段の俺を知る村長とハミルは、そうやって笑いながらも俺の意見を尊重してくれる。


「で、ですが……」

「悪いなティアラ。だが、お前だってアイリやエルと積もる話もあるだろ。折角だ。一緒に楽しんで来い。じゃ、後は頼む」


 俺がいない事に少し心細さを見せた彼女に、俺はできる限り自然に笑ってやると、一人その歓喜の輪から外れ宿に歩き出した。

 

   § § § § §


 既にとっぷりと日が暮れ、外からは楽しげな歌声や歓声が聴こえてきている。

 どうやら宴は盛り上がってるようだな。ま、賑やかのは悪い事じゃない。


 夕方には例の兵士達が帰って来た声もしたが、そのまま宴に飲まれていったんだろう。俺の元を訪ねてくるような事は、今の所ないようだ。


 俺はといえば、部屋に戻ってから、飯を食うわけでも、酒を飲むわけでもなく、ただじっとベッドの上に横になり、物思いに耽っていた。


 俺の方からアイリやエルの元に顔を出しておいてなんだが。あいつらの事を知る分には、さっきの件だけで十分。

 だからこそ、これ以上関わりたくないってのが本音だった。


 ……星霊術師セリーヌを師事するティアラ。

 ……聖騎士アルバースを師事するアイリ。

 ……射手ルークを師事するエル。


 かつて縁を切った、元仲間達の弟子が、ここに集まっているっていう偶然もそうだが。

 突然現れた八獣将ガラべに、俺に会おうとしている王都の兵士達。

 偶然にしちゃ、あまりに事がうまく重なり過ぎている。

 こんな不可解な状況のせいで、俺の気分はずっと晴れないままだ。


 十年前からここに至るまで、こんな事は一切なく、俺は一人山に篭って暮らせていたし、この間に、俺が五英雄を名乗った事がない訳じゃない。

 とはいえ、それだって片手で数える程もねえし、それがきっかけで、今まで何かがあった訳でもねえ。


 を言ったのだって、この間に始まった訳じゃない。

 か分かっているからこそ、人の道を逸れるような誤った使い方はしたつもりもねえが、それが尾を引いて、ここまで俺に影響した事なんてのも経験はねえ。


 大体ティアラの件はともかく、アイリやエルの件なんて、十年前の話だぞ?

 それが急に、降って湧いたかのように、偶然再会するもんなのか? どう考えたって、こんなの偶然と呼ぶには違和感しかない。

 大体、恩義はあるのは理解できるし、恩人ってのもまだ分かるが。何で師匠だなんて言ってんだよ。ったく……。


 色々と考えながら、何となく俺は嫌な予感を覚える。

 勿論、それが現実に起こるはずなんてない。そう分かっているってのに、ちょっとした胸騒ぎと、過去の心の傷の痛みがごちゃ混ぜに襲ってきて、不安が晴れない。


 ……雲隠れしてやろうか。

 魔が差したように、そんな気持ちが芽生える。


 今の状況から、何となく感じる厄介事の気配。

 俺がそれにわざわざ首を突っ込んでやる必要もないだろ。

 フォレの森に身を潜めるもよし。

 何処か遠くに旅に出るもよし。

 身の隠しようは幾らだってある。


 今ならティアラだって、宴に混じって楽しんでいる。

 そして俺がいなくなっても、アイリやエルがいるんだ。閃光の戦乙女達シャイン・ヴァルキリアスだか何だか知らんが、あいつが加わっても実力的に申し分なし。路頭に迷う事もないだろう。


 ……よし。

 俺は勢いよく上半身を起こすと、ベッドから下りようとそっちに座ったまま向き直った。

 と、その時。


  コンコンコン


 と、部屋の扉をノックする音と、


「師匠。いらっしゃいますか?」


 という、間の悪いティアラの声が耳に届く。


 ……ったく。

 どれだけタイミングが良いんだよ。


「……ああ。今開ける」


 ため息と共に、片手を額にやり頭を抱えた俺は、仕方なくベッドから離れ、部屋の扉を開けてやったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る