第六話:ティアラからの提案
翌朝。
改めて旅支度を整えた俺達は、朝日が山間から顔を出したばかりの早朝に家を出た。
一応、
それに、
であれば、ここは多少危険を冒してでも、森を行く方がいい。
勿論、ティアラがいる以上、普段のようにはいかない。
が、森の初心者ならまだしも、既に俺はここで約十年暮らしてるからな。
どのルートが危険か。どの獣道を選べば楽に移動できるか。そういったのも把握済みだ。
まあ、彼女が言っていた通り、今の俺に盗賊らしさはないが、それはそれでいい事もある。
俺が選んだのは、ティアラも楽に歩ける、森の草木があまり茂っていないルート。
視野が確保できているから、危険な獣なんかを避けやすいし、神魔術師である彼女にとっても楽に移動できる。
これでも森を抜けるには六、七時間ほど掛かるが、それでも山道を行くよりは楽な道のりだ。
「ヴァラード様は、本当に何でも知っていらっしゃるのですね」
なんて感心されたけど、無駄に長生きしてるだけだと笑ってやった。
§ § § § §
「これは……」
森を歩き始めて数時間。
随分と日も昇った頃、俺達はフォレの森にある、小さな泉の側で休憩をする事にしたんだが。
ティアラがここに着いた時の最初の一声は、感動の吐息だった。
まあ、俺達が暮らすフォレの森は、鬱蒼と茂った木々も多く、昼間でも薄暗い、お世辞にも落ち着けるような場所じゃない。
が、ここだけは別格だ。
近くにある大木の側は芝生で覆われ、泉の上空には勿論木々が空を遮る事なんてない。
今日みたいに晴れた日は、泉が綺麗に照らし出されているし、差し込む木漏れ日も相成って神秘的な情景を見せている。
これを見て感動しない奴がいたら、そいつはきっと、人の心すらない人でなしだ。
芝生に敷物を引き、荷物を側に下ろすと、俺達は泉を正面に見る形で並んで腰を下ろした。
「まるで、星霊の楽園のようですね……」
「お前らしい知的で良い例えだな。同感だ」
星霊とは、この星に存在する霊達の総称だ。
精霊。御霊。そういった人智を超えた霊達は、魔法以上に世界に神秘さを感じさせる存在。
確かに、このどこか荘厳で神々しい雰囲気のあるこの場所は、そう例えたくなるのもよく分かる。
「ここで軽く飯にするか」
「はい」
バックパックから水袋を取り出し手渡してやると、ティアラは滲んだ汗を拭った後、それに口をつける。
休み休みとはいえ、相当歩いているからな。そもそも後衛職である神魔術師だ。楽な道を選んだとはいえ、寒い中でも汗を掻く位には大変なんだろう。
「確か、この包みで良かったか?」
「はい。ひとつはヴァラード様がお召し上がりください」
「ああ。助かる」
更に奥に仕舞われていた、掌よりやや大きめの布包みをひとつ手渡し、もうひとつは胡座をかいた俺の足の上に乗せる。
そのまま包装を解いていくと、木の皮を編んで作られた箱が出てくる。
ま、何を作っていたかは知っているが、完成したのは見ていなかったな。
俺がすっと箱の上蓋を取ると……ほう。
姿を現したのは、ブレッドに野菜や鶏肉を挟んだ野菜サンドか。
何気にちゃんと鶏肉は焼きを入れているのか。未だ香ばしい匂いが食欲をそそる。
俺は盗賊だから、毒を嗅ぎ分ける為鼻もよく利くんだが。こいつは匂いから分かる。間違いなく美味いってな。
「じゃ、いただくぜ」
「どうぞ。お口に合うと良いのですが……」
「大丈夫だよ。今までお前が作ってきた飯だって十分美味かった。間違いはないさ」
少し不安そうなティアラを安心させるように笑った俺は、両手で野菜サンドを手にすると、大きく口を開けかぶりつく。
……うん。流石だよ。
野菜のバランス。塩胡椒による絶妙な味付け。そして皮をパリっと焼きながら、中のジューシーさを残している鶏肉の焼き具合。
王都にいた頃に食った、その辺のレストランの料理すら超えている。
「いかがでしょうか?」
「こんな事で嘘をつくのは嫌だからな。この際だしはっきり言うが……」
口の中の物を飲み込んだ後、真面目な顔で彼女を見ると、あいつは恐る恐る様子を伺っている。
話し出しがよくなかったか。まあいい。
「これは、店で出していい程に美味いぞ。俺が保証する」
「ほ、本当ですか!?」
「言っただろ。こんな事で嘘はつかねえよ」
俺が改めて笑ってやると、あいつもぱーっと花が咲いたかのような笑顔を見せる。
正直上手い褒め方かはわからなかったが、ティアラが喜んでるならいいだろ。
「さて。休憩ついでに、この先の話について話をさせてくれ。食べながら聞いてくれりゃいい」
「はい」
慎ましく少しずつ野菜サンドを口にする彼女を見ながら、俺は話を始めた。
「これからハイルの村に向かうが、そこからは俺の事は、ヴァルスと呼んでくれ」
「何故なのか、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。お前も知っての通り、俺は名ばかりでも五英雄だ。だからこそ、下手に本名を名乗って、ここにいるって知られるのが嫌だったんでな。だからここに流れ着いて以降、余程の事がなきゃ、ずっとその名で通しているのさ」
「左様でしたか。確かに貴方様の行方について、今まで噂でも話を聞いた事はございませんでしたが、そのような理由があったのですね」
どことなく納得したティアラは、ふと何かに気づいたのか。こんな事を口にした。
「ちなみに、
あ。そういや、その辺りの事は考えていなかったな。
「まあ、適当に知り合いの娘とでも言っておくさ」
「それでしたら、
「はぁっ? お前はまた俺を茶化す気かよ!?」
思わず強く言い返してしまった俺に、ティアラは怯える様子もなく、楽しげにこんな説明をしてきた。
「いえ。確かに別のお名前で呼ぶ事もできますが、本名に近いお名前ですので、誤って本名ででお呼びしてしまう恐れもございます。それであれば『師匠』とお呼びした方が、理由付けにも筋が通りますし、
それを聞いて、俺は少し頭を捻り考え込む。
この提案、話だけ聞けば一理あるだろう。
だが、前にも言ったが、俺は師匠なんて柄じゃねえからな。
正直、そう呼ばれるのが恥ずかしくって仕方ない。この間冗談で言われた時ですら、動揺を隠しきれなかったってのに……。
ちらりと横目にティアラを見ると、笑顔を崩さずこっちに顔を向けている。
……こいつ。
「……お前、ちょっと楽しんでないか?」
「はい。普段冷静なヴァラード様が、師匠と呼ばれた際、何処か恥ずかしそうにしていたお姿が、とても可愛らしかったもので」
──「ほんと。ヴァラードがそうやって照れるの、可愛いわよね」
彼女の言葉で思い出される、メリナの言葉。
……ティアラといると、いちいちあいつが重なる。出逢った時には真逆かと思っていたはずなのに。
「……ふざけやがって」
それが嫌な訳じゃない。が、いちいち想い出に切なくなる自分が嫌で、不貞腐れた振りをして、ティアラから顔を背けた。
「ですが、実際この方法でしたら、全ての問題を解決できると思った為のご提案でもございます。決してふざけてお話を持ちかけたわけではございません!」
俺のそっけない反応に、しまったと思ったのか。
ティアラが真面目な声で、そう事情を説明してくる。
……分かってるよ。
お前が、ただふざけたわけじゃないってのはな。
まあ……一時的な話。構わなねえか。
「わかってるよ。まずはお前の案にのってやる」
「本当でございますか?」
「ああ。男に二言はねえ。但し、あくまでハイルの村の中だけだ。そこを出たら終いだからな。忘れるんじゃねえぞ」
「はい!」
俺の何処か棘のある言葉にも、あいつは嬉しそうにはにかむ。
ったく。何で俺を師匠なんて呼びたがるんだよ。
はぁっとため息を
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