視覚効果の怪物
紺珠
第1話 いわくつきへの案内人
それは鱗粉のような振る舞いをした。
少年の周りで粉か煙のごとく舞い上がり、時間と共に散乱し、空気の中に溶けていく。
不思議なのは、様相だった。
少年の動きに合わせ、直線・波線、渦巻と姿形を変え。とどまっている今、四角い塊のような輪郭で浮遊している。
炎か湖の光のような非現実さながら、少年の周りに確かにあった。
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山岳地帯に埋もれるようにある翡翠町といえば、考古学者のたまり場であり、ほぼ全てが緑で構成された『緑の街』と名高い国内随一の人気観光地であった。
至る所に生える木は大きく茂り、建造物や街路は御影石のような石材で覆われ、緑ではないものと言えば、僅かに覗かせる空と、苔の間にある幹と、闊歩する人々くらいといった様相である。
幻想的だと称されるに相応しい風景だったが、長らく翡翠町で暮らしていた少年にとってはただの変わり映えのない街だった。
家も緑、街灯も緑。少年はそのの間をすり抜けていく。
階段を3段飛ばしで駆け上がり、積み荷の上を飛び越えながら、目的の道をインコースを攻めながら進んでいる。
早急に来い、と店主の伝令で走っているが、倣ってやるほどのうま味があるのかわからない。
何しろ最近の少年は働きづめであったのだ。
客の案内、備品の整理、あげく帳簿の計算と、以前であれば面倒だと一蹴していたものをさせられ続けている。
少しさぼるくらいの方が丁度いい 気がしないでもない。
……いや、ここまできたらそんなことも思うまい。働いた分だけ金は出すというのが店主の言である。
せめて店主に多く駄賃をせびってやろうと意気込み建物に入ると、閑散とした店内の中で、店主の他に人影が一つ見えた。
「おい『ハクハツ』ちょっとこっちに来てくれ」
店主が少年__ハクハツを呼ぶ声がした。
「何さ、またこき使うつもりかよ」
「給料はちゃんと出す。そこの嬢ちゃんの話を聞いてやってくれ」
店主の方ヘ行ったハクハツに、隣にいた少女を示された。
東洋からの観光客だろうか。ハクハツと対照的に、背丈にも近づく程の長い黒髪を靡かせた、理知的な瞳が印象的な長躯の少女であった。傍らに黒い杖を佩いている。
ハクハツも年の割には高身長だという自負があったが、少女の背丈はそれを僅かに上回る程あった。声を聞くため、暫くぶりに面を上げる。
「君が便利屋のような仕事をしていると聞いたのだけど、ホントかな」
「まあ、はい。主に簡単な雑用だけど」
横目で見ると、既に店主が役目は終えたとばかりに裏手へ戻っていた。ばっくれるなよ、と睨みつけておく。
少女が問いかける。
「ここら一帯の地理に詳しい?ガイドに断られてしまって、道案内してくれる人を探しているの」
その背丈から醸し出される威圧感からは感じられぬ程の物腰の柔和さに驚いたものの、話が少しきな臭い。
観光客や考古学者相手に安全なルートを教えるのを専門にしているガイドにとって、道案内はお家芸であり、頼む相手は上客である。
そのガイドが断るということは、割に合わない仕事か余程の地雷かどちらかだ。
確認をする為、ハクハツは尋ねる。
「何処に行こうとしてるのか教えてもらっても?」
「東朱門よ。ちょっと用があるの。道の整備もされてないと聞くし、試しに一人で行ってみたら守衛に止められちゃって」
なるほど。
東朱門の関わりであればハクハツのような便利屋のまつわるところである。店主が後味悪そうにそそくさと立ち去るのも、ガイドが断るのも道理のことだ。
リベラルに押された歴史の遺物というだけあって。手間の多さも、そこまでの道筋も迂遠の塊である。
迷信の多さも他の倍はくだらない。
しかし、目的が分からない。数年前はこの手の依頼も多く、ハクハツも稼がせてもらったが、すでにただの”いわくつき”と化した場所に踏み込むのは、よほどの酔狂か物好きしかありえない。
窓の外を横目で見ている少女に変わり者の気配は感じとれない。
「目的地への案内までであればやるよ。承ろう」
「ありがとう、助かるよ」
なんとも不審であるが、それだけで断る理由はない。
詮索をするのも良くないと思いハクハツはいつものごとく紋切り型の言葉を発するに努めた。
「ただ、東朱門のある区域は入るには申請が必要だから。まずは役所に行こうか」
この不安が杞憂であると信じて。
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