遺品整理をしたら大変な事になりました

伊達小夜子

1 事の始まり

 2022年2月4日。その日は私と俊が、結婚して丁度2か月経った日で、冷たい風が、鋭く肌を突き刺してくるとても寒い日だった。その日、父方のおばあちゃんが亡くなった。心筋梗塞が原因だった。   

 おばあちゃんが亡くなった翌日、癌の定期健診で病院に行く為、朝、迎えに来た近所に住む伯母さんにおばあちゃんは発見された。その時にはもう、心臓が止まっていたそうだ。伯母さんからは、おばあちゃんは脱衣所で服を着たまま倒れていたと聞いた。お風呂に入ろうと、暖かい居間から移動した時に、ヒートショックを起こした可能性が高いと、救急隊の人から説明されたらしい。恐らく、亡くなってから10時間以上は、発見されず脱衣所に倒れていたとのことだった。

 5日のお昼頃に、お母さんから連絡をもらった。その時私は、俊と自宅近くのショッピングモールにいた。春物の服や、食材を買うために訪れていた。休日で人出も多く、はしゃぐ子供の声や店員さんの掛け声、店内アナウンスの音声のせいで、バッグに入れたスマホの着信にはすぐには気が付かなかった。

 歩き疲れて、休憩で立ち寄ったカフェで注文を済ませた後、スマホを確認したとき、お父さんとお母さん、お姉ちゃんから何件も着信が入っていたことに気づいた。今までこんなことは無かったから、きっと何か大変な事があったんだとすぐに思った。誰か事故にでも遭ったのかもしれないと、心臓がキュッと縮こまった感覚がした。

 とりあえず、一番上に表示されていたお母さんの番号にかけなおした。数回コール音が聞こえて、お母さんが電話に出た。そこで、お母さんの震える声で、おばあちゃんが昨日亡くなった事を聞いた。



 父方のおじいちゃんが67歳で亡くなってから20年近く。ずっと、残された一軒家で一人暮らしをしていたおばあちゃん。4年前に乳がんになり、手術と治療をしたものの、回復し元気にしていた。乳がんになったと聞いたとは、このまま死んじゃうのではないかと不安になり、寝る前に考え込んで泣いてしまうこともあった。回復してきたおばあちゃんを見て、だんだんと安心した気持ちになったのを覚えている。

 両親は共働きで、看護師の仕事をしていたお母さんがいない時、車に乗って自宅まで来てくれた。お姉ちゃんと3人でお菓子を作ったり、庭で遊んだり、買い物に行ったり、たくさんの時間を過ごした。きっと、お母さんがいなくても寂しくないようにと、楽しく過ごせるようにしてくれていたんだと思う。

 運転免許を取得し、私が自分で車の運転ができるようになって、おばあちゃんの家に遊びに行くと、いつも老眼鏡をかけて新聞や本を読んでいた。私が大好きなお菓子が買ってあって、そのお菓子を一緒に食べながらお話をする時間が大好きだった。文章を書くのが好きだと言っていたおばあちゃんは、手紙もよくくれた。

 周りに迷惑をかけたくないと口癖のように言っていて、身の回りの事はほとんど自分一人でやっていた。70歳くらいまで車の運転もしていたし、地域の体操教室にも通っていた。何となく、これからもずっとずっとこのまま元気に生きている気がして、おばあちゃんとお別れをする日は永遠に来ないと思っていた。誰にも看取られず、こんな寂しい最期を迎えるなんて、想像もしていなかった。

 迷惑だなんて思わないから、もっと一緒にいたかった。



 お母さんから連絡を受けても、すぐには現実を受け入れられず、体がふわふわとした感覚になり、涙も出てこなかった。様子がおかしいことに気づいた俊が声をかけても、「おばあちゃんが死んじゃったんだって」と言うのが精いっぱいだった。注文したコーヒーを飲むことも忘れ、そのふわふわした感覚のまま、買い物を切り上げてショッピングモールから直接、おばあちゃんの家に行くことになった。

 大体30分くらいの時間、俊が運転する車の助手席に乗って、何もせずにただスマホを握っていた。俊が何かを話していたけど、ろくに返事もできず、ずっと景色を見ていた。

 現実に起こったこととは思えず、こういう時、意外と涙は出ないんだなぁなんて思いながら、行き慣れたおばあちゃんの家に到着した。

 庭には、先に来ていたお父さんの車と伯母さんの車が泊まっていた。俊の車を塀に寄せて停め、俊の後に続いておばあちゃんの家に入った。

 人が亡くなると、すぐさま葬儀の手配や手続きなどを休む間もなくやらなければならない。

 先日、義理のお母さんを突然亡くした職場の先輩が「忙しすぎて、悲しんでる暇なんてなかった」と言っていたのを思い出した。その時は大変だなぁと他人事のように思っているだけだった。

 お父さんが玄関に出てきて、一言二言何か言った後、「お通夜は明日やるから」と疲れた顔で教えてくれた。いつも能天気なお父さんが普段見せない表情を見せていたせいで、本当に今、悲しいことが起きたんだと実感せざるを得なかった。

 自宅で亡くなったので、伯母さんが発見した後、警察が来て、一応事件性が無いかどうかを調べていたようだった。死因と室内の様子から、自然死とのことで、おばあちゃんはそのまま自宅に安置されていた。

「こっちに」と、お父さんが案内してくれた。

怖かったけど、お父さんの後に続いていった。嫌でも現実を直視しなくてはならない。おばあちゃんは、1日の大半を過ごしてた6畳の和室に寝かされていた。寝かされているおばあちゃんの周りには、お母さんと伯母さんがいた。そこには、魂と一緒に、全身の血も消えて無くなってしまったかのように、色白になったおばあちゃんがいた。本当に眠っているだけのようで、死んでいるなんて思えなかった。でも、おばあちゃんの、厚みのある丸い手にそっと触れてみると、とても冷たかった。

そして、涙が止まらなくなった。

本当に死んじゃったんだと、嫌でも思い知らされた。泣いている私と、ただ横に寄り添ってくれている俊の元にお母さんが来た。

「安らかな顔でしょう?亡くなった時の顔は、その人の人生を表すって言うけど、おばあちゃん、本当に幸せな人生を送ってきたんだと思うよ。だから、最後に、感謝の気持ちを込めて、ちゃんと見送ってあげようね」

「うん……」

「うんと悲しいけどね、悲しいけど笑って見送ろう」

涙も鼻水も出てぐちゃぐちゃになった顔に、ティッシュをあてて思い切り泣いた。

あんなに悲しい思いをしたのは、初めてだったと思う。

 知らせを聞いた東京に住むお姉ちゃん一家と、県外に単身赴任中のいとこの大輔がすぐに駆け付けた。

 お正月に集まった時は、一月後、こんな形でまた顔を合わせることになるなんて誰も想像していなかったと思う。お姉ちゃんも大輔も、私と同様にわんわん泣いていた。3歳の凛も、いつもは見ない自分の母親が泣く姿に、異変を感じ取ったのか、いつもは活発に走り回るのに、じっとお姉ちゃんにくっついていた。子供ながらに、人の死というものを考えているように見えた。

 まだまだ世間はコロナ禍であったことと、おばあちゃんが生前、お葬式は家族のみでと言っていたことから、葬儀は近しい親族のみで行うことになった。

 それでも、お通夜にはおばあちゃんと仲が良かった老人会の友達や、近所の人が大勢挨拶に来てくれた。孫の私にもとても優しかったけど、周りの人もとても大切にしていたから、来てくれた人はみんな泣いてくれていた。

 お通夜から火葬まで、本当に夢を見ているのではないかというくらい、現実味が無かった。でも、火葬されて骨になり、白い綺麗な箱に入ったおばあちゃんを見て、本当にこの世からいなくなってしまったと感じた。

心にぽっかりと穴が開いたようだと言うけど、私は自分の体の一部が無くなってしまった気がしてならなかった。



 お葬式が終わり、親戚や知り合いにも連絡をし、諸々の手続きが済んできた頃だった。

 実家に置いたままになっている私物の一部を取りに、仕事帰りに実家に寄った時、珍しく早めに帰宅していたお父さんが私に伝えてきた。

「言ってなかったんだけど、おばあちゃんの家なぁ、解体して土地を売ることになっているんだ」

「え?そうなの?」

「うん。生きている時に、私が死んだら家は処分するようにって解体費用を預かっていたんだよね」

 お父さんも伯母さんも自分の家を持ち、今後誰も住む予定が無い以上、当然おばあちゃんの家は空き家になる。

 ショックだったけど、家は持っているだけで税金もかかるし、おばあちゃんがそうしてくれと生前言っていたなら、寂しいけど仕方ないことだった。

しっかり者のおばあちゃんだったけど、自分がいなくなった後のことまで、金銭面も含め、ここまで考えていたなんて知らなかった。

「おばあちゃんの家にあるものはどうするの?」

「あ、処分するものと、残すものを分別するよ。遺品整理ってやつ」

「結構大変だって聞くけど」

「できる人が集まって進めるよ」

「私も仕事が休みの日に行くよ」

「助かる助かる。重たいものは業者に頼むから、できるところまでは俺たちでやろうと思っていたんだ」

最後のおばあちゃん孝行だと思い、私も協力しようと思った。

生まれてから28年、おばあちゃんとの思い出がある大切な場所だったから。



でも、この時、まだ誰も、あんな信じられない出来事が起こるとは思っていなかったはずだ。


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