魔除の五芒星

@sanyomu

第1話 廃病院の噂

 紅葉が枯れる頃、HRが終わり、高校二年生の紅アキトは教科書をまとめ、帰る準備をしていた。そこへいつものように、牧場がアキトに話しかける。


「なあ、アキト、ここから近いとこにある廃病院、行ってみないか?奥から人の声が聞こえるらしいぜ」

「嫌だよ。その噂、たぶん本当だよ。あの病院の前を通るとき、いつも嫌な感じがするんだ。何つーか、寒気がするし……」

「アキトにある霊感ってやつがそう言ってるのか?本当はビビっていきたくないだけじゃねえの?」

「うるせえな、本当だって。峠から車でおばあちゃん家に行くときさ、あの病院の窓が見えるんだ。昼間は何ともねえけど、夜中には見えるんだ。」

「見えるって何がだよ。」


牧場はアキトの言うことを真面目に聞こうとしていない様子だった。アキトが感じるという霊感の話を面白半分で聞いて、からかっているようだった。一方、アキトはふざける様子もなく真面目な顔で話していた。


「人みたいな影だよ。紫色の、靄つーか煙つーか、人型の影が見えるんだ。この前なんて修学旅行のお土産渡しに行ったらさ、声が聞こえた気がしたんだ。キテ……タスケテ……、みたいな」


アキトの話を聞いていた牧場は、飲んでいたお茶を吹き出した。


「なんだよ、それ。ベタ過ぎるって。俺はオカルト好きだけど、幽霊なんて信じてねえんだあ。幽霊なんていないこと俺が証明してやるからさあ、今日の夜一時、アキトも病院に来いよ!ビビッて来れません、なんてのは無しだぞ!」


そう言うと牧場はそそくさと帰ってしまった。


「調子のいいやつだなあ……、一時に来いって言われてもなあ……」


アキトは不服そうな顔をして二年D組の前へ行き、幼馴染の雨宮を待った。雨宮は腰まである長い黒髪を揺らし、アキトの元に駆け寄ってきた。


「お待たせ。あれ、牧場は?」

「あいつは心霊スポットの話した後に、すぐ帰っちまったよ。」

「アキトも行くの?」

「俺も来いっていうから仕方なくな。今回は本当に行きたくねえんだけどな。」

「珍しいね、そんなに嫌な顔をするなんて。いつもは『ここは出ねえよ。何も感じねえし。』って言ってるのに。」

「あそこはほんとに出んだよ。そんなことより明日までの課題、見せてくんねえか?今日時間ねえんだ。」

「いいよ。ていうか、今日だけじゃなくていつも見せてんじゃん。」


たわいもない会話をしながら、二人は帰っていった。住宅街の分かれ道で二人は別れた。

自宅へ入るアキト。洗面所で手を洗い、リビングへ入ると、黒の短髪にひげを生やした父親がいた。


「ただいま。父さん、帰ってたのか。」

「ああ、お帰り。」

「なあ父さん、今日の夜中、うちの近くの廃病院行くことになったんだけどさ、父さんそういうの詳しいだろ?本当に出るのか?あそこ」

「ああ、出るさ。」


ひげを生やした男はマグカップにコーヒーを注ぎ、かすかに微笑みを浮かべながら、落ち着いた声で話を続けた。


「あそこは入院していた患者が次々と凶暴化したんだ。だが、ある機関が凶暴化した人々を抑え込み、事なきを得た。それ以来、あそこには誰も近づかなくなったんだ。表には出ていないが、これが廃病院になった経緯だと言われている。」

「凶暴化?その話が本当なら、俺も凶暴化するかもしれねえってことか?」

父親は肯定も否定もせず、コーヒーを啜りながら答えた。

「まあ、一度行ってみるといい。それに、おまえには霊感がある。簡単な話だ。その霊感を使って近づいてはいけないラインを見極めれば、憑かれることはない。」

「そんなこと言ったってよ……まあいいや。とりあえず行っても問題なさそうだしな。」


そう言うとアキトは部屋に戻り、病院へ向かうための準備をした。

夜一時、病院の前に短髪で細身の少年がいた。そこへ、紙を耳まで伸ばし、襟足が長い茶髪の少年が来た。


「遅かったな、アキト!早く行こうぜ!」

「まだ一時過ぎてねえって。相変わらず元気だな。」


二人は木々に囲まれた薄暗い入口から、中へ入っていった。牧場が先頭で懐中電灯を使い、病院の通路を照らしていた。


「なーんも出ねえな。やっぱ幽霊なんて存在しねえや。さっさと三階の奥の部屋まで行っちまおうぜ。」

「ああ……」

「なんだよ。元気ねえなー。だいじょうぶだよ!幽霊なんて出やしねえって!」

「しょうがねえだろ。そういうの感じちまうんだから。霊感なんて持ちたくなかったぜ……」


アキトはため息をついた。二人は一階のエレベーターホールに着いた。エレベーターは止まっている。二人は階段へと進んだ。


「なあ、牧場、この病院には超えちゃいけないラインがあるらしいんだ。」

「超えちゃいけないラインって?」

「はっきりとは分からねえけど、父さんが言うには、俺の霊感が教えてくれるらしいんだ。」

「じゃあ教えてくれよ。超えちゃいけないラインが分かったらさ。」

微笑む牧場の横でアキトはため息をつき、肩を落とした。

「絶対聞いてねえな……」


三階のエレベーターホール前を抜け、三階の奥の部屋に近づいていくうちに、アキトの顔は強張っていった。


「牧場、そろそろ寒気がしてきた。やべえかも。」

「…………」

「おい牧場……牧場ってば!聞いてんのか?もう引き返そうぜ。まじで嫌な予感がするんだ。気持ち悪くなってきた。」

「……ん、ああ、そうだな。」


牧場はぼーっとした表情で答えた。アキトは、牧場の様子に少し驚いた表情を浮かべつつ、吐き気を催したのか右手で口元を抑えていた。目的の部屋から四つ前の部屋につく頃には、アキトの足はすくんでいた。


「キテ……コッチ……ニ……タス……ケテ……」


突然、声がアキトの脳内に響き渡る。不気味な声と同時に、低周波数の音がアキトの耳にのしかかってくる。


「牧場……!これ以上は……」

「え、ああ。おまえはここでまってればいい。奥でだれか呼んでるんだ。」


牧場はちょける様子はなく、真面目な顔で、ぼそぼそと言葉を発していた。アキトへのしかかる音が、脳内で激しさを増していた。牧場がたどたどしい足取りで奥の部屋へ進んでいくのを横目に見ながら、アキトはエレベーターホールの方へと歩き始めた。


「っ……頭いてえ……とにかくここから出ねえと……‼」


エレベーターホールに着いたとき、牧場はついに奥の部屋の扉を開けた。エレベーターホールにいたアキトの脳内がモスキート音で満たされる。アキトが奥の部屋の方に目をやると、紫色の靄を纏った牧場がいた。牧場は四つん這いで鋭い爪をした猛獣のようになっていた。その魔物は爪を病院の床に食い込ませながら、エレベーターホールに向かって近づいてくる。


満月にかすかに照らされた牧場の顔は鬼のような形相をしていた。


「うぅ……うぅ……」

「んだよ……あれは……」


床を這いつくばって階段へ向かうアキトに牧場が迫ってきた。


「うぅぅ……ぁああああああああああああ…‼」


牧場の鋭い爪がアキトに襲い掛かろうとしたとき、眩い光がその爪を弾いた。

その光の輝きに照らされ、アキトに聞こえていた重い音がフェードアウトしていった。


「生きてる?」


 アキトの前に現れた赤黒のロングコートを着た長身の男が声をかけると、牧場は男に向かって飛びかかってきた。男はその場から動くこともなく、人差し指と中指を立てた手で光を操り、牧場に纏った靄を振り払った。

 男は牧場を抱きかかえると、アキトの前に寝かせた。


「アキト、奴を祓うとこ、よく見ておくんだよ。」


男の前には二メートルほどの人型をした靄が立ちはだかっていた。男は爪で襲い掛かってくる魔物の腹に飛び込み、通路の奥へ吹き飛ばした。瞬く間に男は魔物との距離を詰め、光で魔法陣を描き、その中心を光で貫いた。すると魔物は粒子となり、消えていった。

 男はアキトのもとに歩いた。


「さあ、ここを出るよ。」

「あんた、誰なんだよ。さっきのはなんだ?」

「後で話すよ。それと君についてきてほしいんだ。いいかな?」

「……ああ。」


 気を失った牧場をアキトが担ぎ、三人は病院を後にした。男が落ち着いた口調で話し始めた。


「俺の名前は時田明治、君のお父さんに頼まれてここへ来たんだ。除霊師をしている。さ、まずは君の友達を家へ帰そう。」


 牧場を家へ帰すと、除霊師の男は地面に魔法陣を描いた。魔法陣の真ん中には、小さな三角形と大きな三角形が組み合わさった三角形と、それを反対にした逆三角形が描かれていた。魔法陣を描き終えると、男は人差し指と中指を立て、魔法陣にかざした。すると魔法陣は光り、回りだした。


「さあ、これに乗って。除霊師が集まる場所へ行くよ。」


男は魔法陣の上に乗ると、アキトの手を引いた。


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