群青の神座〜カムクラ〜

綴K氏郎

First Blood〜飛鳥の息吹〜

第1話 少年、誘いの多武峰







何時いつだって泣きを見る奴らは決まって時代の敗北者だ・・・。」








「うるせぇよぉ・・・?てめぇだ。そんなに振れもしねぇ重い鉄剣持ってふらついて戦ってるお仲間の足でまといかぁ?俺たち悪意の権化はよぉ〜てめぇ見てぇな寄生する弱者となぁ〜?それに愉悦感を得る強者ぶった奴をいたぶるのが堪らねぇんだよなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



何時からだろう。


こんな真剣に命と向き合うことになると思ったのは。


「黙れ・・・。」




目の前の悪意は首をもたげる。




「じゃあ・・・その耳引き裂いて聞こえなくしてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」





「くっ・・・!」


冷静じゃなかった。


この時代に来た時も、そして今の倫理観ではありえない悪質な理念を目の当たりにしても。



「てめぇが人間であろうとなかろうと、それが俺の理想の押しつけだったとしても・・・俺は・・・生き抜いてみせる!」





「その妄言もぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!

白けてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」





駆け引きも知らず、武器だって震えない。

頼れるものなんて・・・ない。



何も無い。



「俺には何も無いんだ・・・。」





無慈悲な刃が迫る。






「だから・・・俺には・・・っ!」








ーーーああ、そうだ。信じろ・・・。ーーー





「声っ・・・!?どこからっ・・・って『木の棒切れ』ッだとッ!?」










「何も無いからこそ・・・!俺は何にでもなれる可能性を信じることが出来るんだよッ!」







「き、貴様ァァァァァァァ!!!!!!!」



悪意は恐れた顔で屈辱の怒りを覚えた。



(たかが、木の棒切れ如きで?俺が・・・俺がぁぁぁ!)






「恐れたと言うのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」



「怯えたか・・・。何も知らねぇの俺にな。」



少年は知らない。


本物を。



「俺がこの時代に来た意味・・・。史実ほんものを俺の目で見て、歴史の勝者に消された真実に出会うこと。そして・・・」







少年の原点。


史実での無念な生き様を現代人ながらに悔いてきた願望の結実。













「歴史の表舞台での死がその人間の死じゃない。だから俺はこの世界で誰よりも強くなって正史から投げ出されたボロボロの退場者をこの世の片隅で守る。そして、てめぇらのような史実をぶっ壊そうとするやつを俺と相棒こいつが秘めた幾千万の可能性で全部・・・打ち砕く。

そう決めたんだ。」















異世界でもーーーーーーー


転生でもーーーーーーー


ましてや、死に戻りでもない。




タイムスリップしたと思えば

王道の戦国時代ですらないーーーーーー。




これは何も知らない少年がその手足と根性と有り余る日本史趣味の知識で不毛の時代を生き抜く。






歴史と神話が織り成すヒストリックアドベンチャーだ。





























ーーーーーーーーーーー






「のおおおおおおおぉぉぉッ!?」


静かな山道に似つかない節操の無い腑抜け声。


雨御導万宙(あめみちまそら)は非日常と邂逅を果たしていた。


ドドドドドド、、、、


「ま、撒いたか?」


「ぶひ!ぶひ!フゴッ!」


「全くそんなことねぇぇぇぇぇ!?」


あまり望ましいものでは無いのは言うまでもない。


(憎いッ!自分の好奇心が憎い、、、)


払いきれぬ後悔はやや時間を遡る。














ーーーーーーーーーー




2020年 3月22日 三時半頃 奈良県 多武峰


「へぇ〜、ここがその・・・」


静かな山の中に切り開かれたとも言いきれないような高さのある境内に見下ろされる。


かァーーーーーー、かァーーーーーーー


絞り切るような伸びのある鳴き声。

一見普通そうな長鳴きだが、改めてここが自分の知り得る土地ではないのだと実感する。


「故郷(あっち)では学校の一限目で迷惑過ぎるほど鳴くからなぁ。ここだと最早趣すら感じるな。皮肉なこった。」


自分がずっとそうだと思っていた鳴き声は短く、多く、それでいて妬ましいような不愉快なものだけでは無いと思えた。


「神社とは言ってるけど十三重塔か。」


下調べはしてある。


それが雨導万宙の流儀だ。


ふとした疑問も既に自身の中で完結しているゆえに気にせず境内に続く階段を踏みしめる。


特に詳しく寺社に関して決まった順路巡りを分かっているわけでもなければこだわりもそこまで無い。耳に入ったらとりあえず試すぐらいの感覚である。


「まぁ、メインディッシュは最後って言うしな。」


一番の楽しみは最後という俗っぽい部分には多少の目を瞑っているものだが。史跡の隣にある説明の表札は必ず読むしなにかあれば必ず近寄れるところまで近寄って見る。それだけは曲げれない自分の決め事だった。


「ほとんど見たし、あとは講堂見て朱印貰って帰るか。」


簀子の近くで靴をしまい、勘定へ向かう。


「えっと、学生一人です。あと御朱印もお願いします。」


「はい!御朱印帳の書いて欲しい場所を開いてこちらに。御朱印の方が三百円と拝観料が六百円で九百円のお納めになります!」


「千円で。」


「はい!百円のお返しです。正面入口より右手から展示と拝殿の外から眺望がご覧になれます!行ってらっしゃいませ!」


この山奥でこのハツラツさは悪くない。受付が元気であればこちらとしても晴れやかに拝観できると言うものだ。


(何様だよ俺・・・)


ともあれ朱印を手に入れた少年はご機嫌であった。


寺に訪れた自身の足跡を示し、一種のコレクションとしての一部の人間には寺社巡りの一部のアミューズメント性でもあるのだ。


「げっ!?こ、これは・・・」


純真無垢とでも言うべきか。忘れも知らないトラウマだった。


「多武峰縁起絵巻(とうのみねえんぎえまき)・・・。」





雨導万宙あめみちまそらが普通の高校生の得意、いや特異である唯一が日本史だった。






当時は十にも満たなくこれといって熱くなるものがなかった少年が母と共に訪れた図書館で偶然読んだ初めての漫画がそれだった。


そして多武峰縁起絵巻。少年が目覚めて間もない頃にあらゆる本を我武者羅に読んでいた矢先の今思うと最悪の邂逅だった。


小三の少年に皇子の一振で逆臣の首が宙を舞う凄惨な構図は些か刺激が強過ぎた。




「まさか、レプリカ君がいるとは・・・。覚悟していたが、まだ背中に悪寒が残るな。」


当時から肖像画などの顔には多少の恐れがあったが先のそれが完全に少年の夜を恐怖に突き落とした。流石に、誇張であることが正しいと分かっていても遅い話だ。


夜に眠りつきづらかったのとトイレへの抵抗感は少々の黒歴史だというのは勘弁して欲しい。


「まあ、それがまた別のきっかけにも・・・」


曲がりなりにもそのせいで耐性がついた。晒し首、惨殺、服毒死、肖像画や写真に至るまで歴史を知ろうとする過程で意図せずあらゆるものを見た。


計り知れない恐怖や哀れみを感じたが自分なりにその人間の生涯に何かを見出そうともしたかったのだと正当化ほどでは無いが結論づけた。


周りから見ればサイコパスとも言われかねないが、あくまでも知りたいという渇望が動きを辞めなかった。


勿論閲覧出来るものや倫理観の中である。


感謝と恐怖が交差して新たに畏怖のようなものが芽生えていたのにはまだ無自覚でもあった。


「後ろは藤原氏関連かここの仏教関係者かな。」


頭を丸め袈裟姿の人間の掛け軸が幾つかある。恐らくだいたいがここの和尚だったりするだろう。


「けど、一際目を引くのが・・・お前達だな!」


中臣鎌足(なかとみのかまたり)の木像、そして鎌足と二人の息子の肖像画の掛け軸だ。


「黒が基調の束帯(そくたい)姿ってことは平安時代ぐらいかそれ以降の作品か?」


描かれた人物たちは飛鳥時代に生きている。


しかし、偉人とは大抵は暫く時間が経った後世にその功績を評したり、憧れた後世の人間の願望により生きた時代より後に描かれることが多い。


そして描かれた衣装の種類だ。

束帯とは平安時代の貴族たちの正装で一般的にイメージするような真っ黒な服装だ。


後頭部に天井向きの膨らみとうなじを伝うように垂れ下がった布を持つ冠を持つ。


それに笏を持っているというのが平安貴族のデフォルトだ。


間違いなく真ん中の大きく描かれた束帯の人物は鎌足で間違いないだろう。


左下の小さい束帯の人物は藤原氏の実質的な初代の藤原不比等(ふじわらのふひと)だ。


そして右下の人物に目が移る。


「ん?袈裟姿、僧侶?」


困ったと思ったがすぐ近くに説明書きがあった。


『中臣鎌足の長男、多武峰妙楽寺開基、定恵(じょうえ)上人。』


(へ〜、長男って坊さんなのか・・・。)



教科書にこそ世の小学生が「生ゴミのかたまり」と馬鹿にする大化の改新の重要人物、中臣鎌足だが、その息子が藤原不比等とまでしか紹介はされない。


(まぁ、そんな教科書外の領域知識なんて多少は凌駕してるし・・・これぐらいわけない。)


そもそも不比等が次男だとは知っていたが長男については名前のみで具体的な情報はほとんど分からなかった。


「まぁ、今はいいか。時間無いし。にしても今回もいい収穫だったな。」


この未知との遭遇で初めて自身の快感を覚えたのはいつ頃だったのかはもう記憶にないが少年が旅行で史跡巡りをする理由は常にこの瞬間を求めるに至っていた。


「よぉーし、下の車で親父も待たせている事だしそろそろ帰るとするか〜。」


この漫遊、実は奈良、伊勢、奈良と一泊を挟んでトンボ帰りだったりする。共に紀伊山地を(無理矢理)駆け巡り、先に憔悴して車に残った父が下で待っている。


「ん?」


講堂から階段を駆け下りると左の脇道に違和感を感じる。


「ここから先は・・・、今回は時間が無いから諦めた観音堂と稲荷社だったよな?」


坂を下った奥に至るはずの稲荷社、そしてこちらから見ることのできた観音堂が佇んでいた。


「ん〜と・・・あれ・・・、こんなとこに道なんて続いていたっけか?」


見間違えてはいない。先程の光景には程遠かった。


「ここは・・・」


と、一歩踏み出したところで急に硬直した。


(危ない危ない・・・そういえば帰る飛行機ギリギリだった・・・)


行ってはならない、帰らねば父親がまた息を切らして空港まで直行しなければならなくなる父の負担が計り知れない。それ故に・・・




「ごめんな!親父ぃぃぃぃ!!!」





坂へと駆けてゆく。竹林と雑木林が入り交じった土手に切り開かれたけもの道。














「え!?なんで・・・」












無いものが在れば、逆も然り。













「稲荷社への道が・・・ない!」














確かめるべき理由がさらに増えた。万宙は坂を駆け下りる。


「この先に地図通りなら稲荷社があるはずだ。何が起こってるんだ・・・。」


広げた地図には確かに稲荷社を記す。


対して目の前はと言うとだ。

左脇にそれて山上へと向かう形で続くはずが固く土手が立ち塞がっていた。


まるで、この先の道の存在すら否定するように。


「ふぎふぎふぎぃ・・・」


「んお?」


「ふぎぃぃぃぃぃ・・・」


不自然極まりない。振り向いた。


「な、なななななななな!?」




山の主と言ったらランキング第一位を熊と争ってるんじゃないだろうか。(無論、マソラの妄想がソースではあるが。)


「フゴォォォォォォッ!!!!!!」


「イノシシィィィィィ!?!?!?!?」











ーーーーーーーーーーーーー


そして今に至る。


「くそぉ!まだ来てる!?」


「フゴッ!」


威勢のいい声が返ってくる。


「別にお前が返事しろとは言ってねぇ!!!」


(イノシシに突進されたら普通に人死ぬぞ!?)


イノシシの方がもちろん足は速い。ジリジリと距離を詰められつつある。


(このままだとジリ貧だ。何か・・・、何か手は・・・、)


観音堂のある場所から続く竹並木の横道に気づく。


(確かイノシシは急に方向転換できなかったよなぁ?不確かだけど今は信じるしかねぇ!)


「ほおっ!」


ズザザザザザ・・・・・!


砂を滑るように左へと急旋回する。





「ぶひぃ!?ブヒブヒ!?」







ズドーーーーーーーンッ!








どこからが鈍い音がしたが振り返らない。

こちらも命をかけているから気にするのは愚問なのだ。


「ふ、フゴォ・・・・」


無念とも取れるイノシシの声が虚しく漏れた。


「ふぅ、あ、危なかったぁ。」


息切れが激しい中このままイノシシがいるはずの境内への道に戻る訳にもいかずそのまま前へと進む。


「すげぇ・・・。」


鬱蒼と茂る竹の並木道はどこか京都の嵐山の嵯峨野の竹の道とは雰囲気が異様でこちらはこちらで幻想的だった。


まるでどこかも知らない異世界のダンジョンに迷い込んだかのようなそんな未知の気分だった。


「はっ!?そうだ!親父に連絡はしとくかぁ〜。」


あまりに綺麗な竹並木に見とれていて親父のことを忘れていた。

携帯端末を取り出して電話をかける。


ぷー、ぷー、ぷー、


「あれ?ここ圏外?」


電波のマークが表示されていない。談山程の山深さなら致し方ないとも取れるが、


「境内ではかけれたしな〜?結構圏内ギリギリだったりしたのか。」


父には申し訳なく思いつつもここで携帯を収めて先に進むしかない。画面を暗くして顔をあげるまでは気づかなかった。


「お、おお・・・」


思わず声が漏れる。


「すげぇ。」


そこには太い柱を持ち黒瓦を基調とした木々の香り沸き立つ荘厳な堂だった。



ん?もしや、何が「すげぇ」なのか分からない?


安心したまえ、歴史好きはそういう奇怪な目を他人から向けられることでいささかの物知りであるという優越感に浸る生き物なのさ・・・。


「・・・自分で思ってて泣けてくるな、この言い訳・・・。」


無論、半ば孤独という名の逃避的な思考なのは否めない。


いや、友人ぐらいはいると言っておこう。


今、『こいつぼっちだろ』とか思ったそこの諸君。先生怒らないから手ぇあげやがれってんだクソッタレが!


などと半ば脳内情緒が崩壊したまま辺りを散策して見る。


下手に小綺麗でもなく自然のままに生きてきた弱冠の廃れ具合も相まって積年の伊吹を感じる。


と同時にいつまでも窓際陰キャを卒業できない奴のしょうもない悩みをいつも有耶無耶にしてくれるのだ。


「あれは・・・」


落ちそうになっている入口頭上の額に漢字が見える。










「えっと・・・、定恵堂(じょうえどう)?」


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