線香花火

回転饅頭

 静かな夜だった。

微かに草の匂いのする土手には鈴のような声で啼く虫がいる。あれは鈴虫だろうか?いや、違う。声が長く続いている。確かカンタンだ。ヨモギの密生するこの土手にいる。

 僕は杖を置き、手頃な地面に腰掛けた。向こう側にはまるで黄色い点のような灯りがちょんちょんと並んでいる。そしてこの静けさの中微かに聞こえるのは祭囃子の音。

 空を見上げる。月がとても綺麗に見える。雲ひとつない夜空は月を隠すことすらしない。ちらちらと見える星の中、空を横切るように天の河が見えた。


 きっとこの星の光って、あの頃にはもう既に出来ていて。ようやく今この場所で見えるのよ。それって凄いよね。そう思えば、この数年って瞬きするくらいちっぽけなものかもね。


 と、君はきっと言うだろう。僕はこっそり持ってきた細いそれを手にした。2本の線香花火だ。


 かちり


 持っていたライターで、線香花火に火をつける。ジリジリと真っ赤に焼けたそれを両手に持ち替える。

 あの夜も、こうやって2人で線香花火を眺めていた。いや、あの夜もそう、今思えばいつもこの季節になるとまるで当たり前のように手持ち花火をやり、最後に線香花火を眺めていた。僕はいつも最後の玉を落としてしまう。でも君は一度も落としたことはない。まるで灯りが消えるようにふぅっと線香花火の玉が赤から黒に変わる。


 あれが落ちるのが、好きなんだけどな。


 僕はそれを落ちてしまうのを見るのはなんだか残念な気がしていた。まだそこに火が付いているのに、落ちてその命を終わらせてしまうみたいで。

 今日の線香花火はどうだろうか。両手の花火は片方だけ落ちてしまうのか、それとも…

 二個の星のような線香花火の玉は、いつかの日々に僕を引き戻してくれる。そう、こんな風に決まって祭囃子が同じ夜に聞こえるあの場所、あの日々に。

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