第19話 【カナコ視点】彼女は甘くて黒いのがお好き
――あなたはそれでいいの?
わたしの心を揺さぶる、そんなことを言われてしまった。
遡ること前日、金曜の夕方。
いつものようにエイジさんの家にメモ書きを残してから、毎度おなじみ、里山を散策している時。テントから十分もしない尾根の木陰に、ひとりで佇む女性を見かけた。
その人は伐採された切り株にちょこんと腰をかけて、涼しい顔でこちらを見つめてくる。
街中よりは少しだけ気温が低い里山の木陰とはいえ、日が落ちるまではうだるような暑さで全身汗ばむ。
そんな中、その人の格好は全身真っ黒。
漆黒のとんがり帽子。
豊かな谷間を強調させたブラックネイビーのブラウス。
濃紺のロングスカート。
肌の色以外は全てなんらかの黒。
こんな黒い色って日光を吸収して、めちゃ暑いんじゃないだろうか。そんなわたしの心配とは裏腹に、彼女は別にって感じで平気な顔をしている。むしろ太陽の日差しをもっと浴びたいと言わんばかりに、両手を広げてうっとりしながら天を仰いでいた。
「ああ~、里山の風ってクソ気持ちいわ~」
すっごい美人なんだけど、言葉づかいの悪さがたまにきず。
胸元まで伸びた艶やかな黒髪は、毛先にかけてゆるく巻かれており、誘うように風に揺れていた。その姿に、クールできつめの第一印象を抱いてしまった。わたしと違う、大人な女性。
うん、なんとなくわかるんだけど、あれって人間なんだけど、人間じゃないよね。
多分、わたしと同じジャンル。
妖精?
きっとそう。
わたしの中の第六感が知らせてくれる。別名、虫の勘ってやつ?
別に彼女を避ける理由もないし、散策ルートの道順にいるので、一歩ずつこちらから近づいていく。柔らかいクッションのような土を踏みしめて、彼女の傍まで距離を詰めると、彼女の方から声を掛けられた。
「あなたは……コガネムシかしら?」
「カナブンですけど」
わたしはムスッと頬を膨らませて、両手を広げて全身を見せつける。このグリーングリーン感みてよ。髪の毛は金髪だけど、カナブン以外ありえないでしょ。
「あら、ごめんなさい。わたしみたいな種族を見たのが初めてなもので、まだ見分けがつかないのよ。許してちょうだいね。もしよかったら、ここで一緒に砂糖水でも飲まない? キンキンに冷やしてるわよ」
彼女はダークブラウンのリュックから、ガンメタルのサーモボトルを取り出して、にこりと笑う。これこれと目で訴えかけてくる。
最初の印象とは違い、ものすごく丁寧でフレンドリーな女性だった。じゃあ、お言葉に甘えてとばかりに、「えへへ」と笑って隣の切り株に腰を下ろした。
「わたし、カナコっていいます。カナブンの妖精です」
「そう、カナコちゃんね。わたしはクワミ。オオクワガタの妖精ってとこかしらね」
優しく滑らかな手つきで、サーモボトルから砂糖水をコップに注ぐ。「さあ、飲んで飲んで。暑かったでしょ。わたしと同じぐらい甘い水が好きよね?」
「はい、もう目がないぐらいに好きです。あれ? この色?」
「ああ、この砂糖はね、黒糖を使ってるのよ。奄美の黒糖は見た目も黒で、甘味もクソいい感じよ。うふふ」
わたしたちは互いの好みを語り合い、すぐに意気投合した。
「クワミさんは、いつからこの里山にいるんですか」
「一年前からね。去年の冬を越えて、ここの付近にずっと住んでるわ」
「へえ~、そうなんですか。わたしは今年の夏からです。そういえば、クワミさんは、どうしてこんな風に人間っぽくなったか知ってますか?」
クワミさんは静かに首を振る。「さあ、気が付いたらこうなってたわね」
「そうですか……」
「カナコちゃんは?」
黙って首をふる。
「憶えてるのは、熱い日差しのなか強い衝撃があって、気が付いたらって感じです」
「なるほどね。まあ、別に気にすることじゃないわよ。大事なのは今なんだから」
少しがっかりした。クワミさんなら何か知っているのかと思った。
夜、一人で空を眺めていると、ふと思う時がある。
自分はどうして生まれてきたのか。
なんで、こんな姿に変わってしまったのか。
どんな意味があるんだろうか。
そんな感傷めいた気持ちになってしまうのは何故だろう。里山に吹く風は爽やかで心地よいけれど、出るのは感情を押し殺した湿ったため息ばかり。自分でもよくわからない感情が頭の中をいったりきたり。未だ正解に辿り着けず、いい未来は描けてはいない。
「カナコちゃんは、恋、してるのかしら?」
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