朝と夜の交じる街 ラナルタ

八雲 鏡華

第1話 眠らない街 ラナルタ

 朝と夜が混じる街、ラナルタ。


 レンガの建物が円形に広がるその街の中心には大きな時計塔が建っている。その時計盤とけいばんに時刻を示す時計の針は存在しない。

 ラナルタには時間など存在しない。朝と夜が混じる街の空は青色と橙色が不思議に彩っている。日没もないし、夜明けも来ない。太陽と月もずっと一緒だ。だからこの街は眠らない。人々は自由気ままに暮らしている。昨日を後悔する必要も無ければ、明日を心配する必要もない。ずっと今日が続いていくのだ。


「ねぇ! レイラ! 絵描きのおじいさんに会いに行こうよ!」


 街で暮らす少女、ラナは石畳いしだたみの坂道の天辺てっぺんで振り返り太陽のように明るく笑う。

 彼女の視線の先には遠くに大きな時計塔が見え、その周りに太陽と月がぷかぷかと能天気に浮かんでいるように見えた。そこから視線を下に向けると一人の少女がゆっくり坂道を登ってくるのが見える。立ち並んだ家々の玄関に吊るされたランタンが淡く輝いて彼女を応援している。


「ちょっと待ってよラナ……どうしてそんなに元気なの? 私は少し疲れちゃったよ」


 坂道を登る少女、レイラは坂道の天辺に立つラナを見上げ、月のように幽かな笑みを浮かべて冗談交じりでラナに苦言をこぼす。

 するとラナは軽やかに坂道を下り、あっという間にレイラの下へと辿り着くとその色白な手をギュっと握りしめる。それに答えるようにレイラもその手を握り返す。


「ごめんごめん! 少し休む?」


「ううん。大丈夫。私もおじいさんの絵がどこまで進んだのか気になるし、そこでゆっくり休むよ」


「じゃあ、行こっか!」


 2人の少女は笑い合い、手を握りながら歩き始める。坂道を登り切り、星をモチーフにしたメニューが大人気のオープンカフェの通りを抜けていく。カフェをのぞけばテーブルの上に青色と橙色が混ざり合った淡い半透明のゼリーが置いてある。色様々な小さい金平糖が散りばめられていて、このラナルタの空を閉じ込めているようだ。

 

 通りを抜けて街一番の広場に出る。日光でキラキラと輝く虹のアーチを描く噴水を中心に、月光で淡く輝く装飾で彩られたその広場には出店もあり、多くの住民で賑わっていた。


 「よう二人とも。おでかけかい? 旅のお供にあめはいかがかな?」


 灰色のキャスケットを深く被った青年が太陽やら月やら花やらを模したいろんな形のロリポップを乗せた荷台を引きながら2人に2本のロリポップを差し出した。それを見た2人の目はキラキラと輝く。


 「わぁ! いつもありがとうキャス兄!」

 

 「気にすんなって。それよりラナちゃん。親父さんはあれからどうだい?」


 ラナの父親はミートボール専門店を営んでいる。そこのミートボールをもっと見栄え良くしようと勝手にミートボールをロリポップのように棒に刺したことで青年はしこたま怒られていたのだ。


 「もう別に怒ってないよ。でも次やったら丸めてミートボールにしてやるって言ってた」


 「おお、こえーな。しばらく近づかないようにするか」


 青年はおどけながら肩をすくめて、そしてレイラに顔を向けた。


 「レイラちゃんいつもお菓子ばっかり食べてるよな。飽きないのかい?」


 「大丈夫。私はお菓子だけで生きていける」


 「そりゃたいしたもんだ。そうだ、二人とも予定があるんだろ? 足止めして悪いな」


 「大丈夫、別に急ぐ必要もないしね。キャス兄、飴ありがとうね!」


 二人はロリポップをくわえたまま手を振って青年と別れる。広場を進んでいくと道中で奇妙で愉快な住民たちの姿を目にすることができた。

 

パントマイムの達人のパント。ずっと空気椅子に座って存在しない本を読んでいる。誰もパントがそれ以外の態勢をしている所を見たことがないので最近はただの像扱いで集合場所にされている。

 

ラナルタ名物の酔いどれ親父、アルコ。いつも飲んだくれてフラフラ街中を歩き回っている。最近では水で酔えるようになった。

 

ラナルタの歌姫、ミュジー。彼女の歌には人を魅了する魔力が宿っている。魅了しすぎて怪奇現象まで呼び込み始めた。

 ほかにもラナたちが愛した街の、愛した住人達が自由気ままに自分らしくそこに居た。


 広場を抜け坂道を登ると海が見える展望台に着く。ここではラナルタを一望いちぼうできる。そこから見えるラナルタはなんだか現実離れしたようにラナは見えた。

 展望台は二人のお気に入りの場所で、良く訪れては二人で景色を眺めていた。そんな展望台に少し前から絵描きの老人が度々たびたび訪れるようになった。今も海を背にして椅子に腰かけたままキャンバスに絵を描いていた。


 「おじいさん、完成した?」


 二人は老人の背後からキャンバスを覗き込む。そこに描かれているのは朝と夜が混じる空、時計塔、その下に広がる街並み。ラナルタの絵だ。


 「ふふ、そろそろ完成するから待っていなさい」


 「一体なにが未完成なのさ」


 「その時になったら分かるよ」


 老人は筆を持つ手を止めると、ゆっくりと二人の方へ椅子ごと体を向けて白い立派なヒゲをもごもごと動かして笑う。

 老人のはぐらかすような答えに不満な二人だったが、もごもごと動く老人の白ヒゲを見るとなんだかおかしくなって顔を見合わせて笑う。

 そんな二人を見てニコニコ笑っていた老人がまたヒゲをもごもごさせながら言う。


 「ラナちゃん。キミはこの街をどう思うかい?」


 「ラナルタのこと? もちろん大好きだよ! 優しくて面白い人がたくさんいて……とにかく好き!」


 ラナの答えに微笑み頷く老人のぼんやりとした目がレイラへとゆっくりと動いた。


 「レイラちゃん。キミはどうだい?」


 「私もこの街が好き。ここはみんな幸せそうに楽しく暮らしてるから、私も幸せな気持ちになれる」


 レイラがもじもじと答えると老人の手がレイラの頭を優しく撫でた。レイラの目が嬉しそうに細められる。


 「やっぱりキミは優しい子だね」


 「えー私だって優しいよ!」


 「そうだ、キミも優しいな。そんな二人と出会えてわしは幸運だ」


 大袈裟な老人に二人は可笑しくなって笑う。空に浮かぶ星たちも一緒に笑っているようにまたたいた。


 「今日は海の話をしてあげようか」


 老人は筆を置いて、ゆったりとした口調で海について語り始めた。どうして海が出来たのか、海の向こう側にはなにがあるのか。どれも二人にとって不思議で魅力的な話だったが、もごもご動く老人のヒゲにはかなわない。

 

 やがて老人が「明日、またおいで」と二人に帰宅をうながした。二人は素直に朝焼けとも夕暮れとも分からない色に染まった道を帰る。その道中でラナは後ろを着いてくるレイラを振り返る。


「ねぇ、おじいさんいつも明日またおいでって言うけど明日ってなんなんだろうね」


「ううん、分からないな……」


「そっか。まぁ、休んだらまた遊びに行こうよ!」


「うん……!」


 細かいことは気にしないラナはいつものように元気に笑う。心なしか、その時のレイラの表情はどこか不安そうに見えた。

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