第2話 魔王様

 黒船正十郎のレーザーによって、黒魔術師ブラットボーンは死んだ。救出されたエルフ達は元に戻り、討伐隊の生き残りに保護されている。

 そして、討伐隊は遺跡内部からブラットボーンの遺品を外へ運び出していた。


「ローズ君」

「なに?」


 功労者として飲み物を振る舞われているスーツ姿の正十郎は、エルフの討伐隊が引き上げること無く、女エルフが指揮の下に捜索を続けている様が気になった。


「生存者は地下で全部だったハズだが……彼女らは何をしているのだ? 現場検証かね?」

「多分、スペアを捜してるのよ」

「スペア?」


 横に座るローズは、頬に手をつきながら事情を説明する。


「魔術師ってね、基本的には自分が死んだときのスペアを用意してるの。簡単に言えばもう一人の自分ね。これが結構見分けるのが大変で、分かってても騙されるくらい巧妙に隠されているの」

「なんだと!? つまり、まだ彼は生きている!? 私のスパイダードリームはまだ終わっていないと言う事か!」

「そうね」

「なんだ! 一体、何を探せばいい?!」

「多分、目玉よ」


 ローズはブラットボーンが攻撃する際に掌の眼を敵に向けていた事を思い出す。


「膨大な魔力を宿す源。直接、本体から放出してるなら納得が行くわ」

「目玉だね! よし! 捜してくる!」


 正十郎は迷い無く走って行った。


「変な人間」


 ローズは正十郎から渡された名刺と彼の背を見る。

 服装から見ても正十郎は特殊な能力を持っている様には見えない。単に危機感の薄い人間か。


「それにしても相当ね。単なる魔物が何かをきっかけに知性と自我を持ったと言う所かしら?」


 ブラットボーンの事を冷静に分析する。


「知性が無くても、生きているなら生存本能は当然持ってる。だから貴方は先にスペアを作った」


 ローズは近くに立つ、エルフの生存者に視線を向けずに指摘する。その生存者のうなじにはブラットボーンの掌にあったのと同じ目玉が存在していた。


「木を隠すなら森。あまりに足下過ぎて分からないわね♪」


 ブラットボーンはローズへ視線を送る。


「勘違いしないで。私は敵じゃ無いわ。貴方にもっといい場所を提供しに来たの♪」


 生存者に寄生するブラットボーンはローズの声色から敵ではないと感じ取った。ローズは、自己紹介をしましょうか、とブラットボーンを見る。


「私はローズ・デス・ヒュケリオン。この世界に死を撒き散らす死神よ。よろしくね♪ 黒魔術師ブラットボーン」


 ローズは色を失った瞳と裂ける口から覗く牙を見せる様にブラットボーンに笑いかけた。






『ちょっとあんた! 勝手に触っちゃダメだ!』

「む! やはり言葉が通じないのは不便だな! しかし、種は違えど同じヒト! 私の行動は君たちにとっても有益だと理解してくれ!」


 どこだ!? どこだ!? と遺跡から運び出されたブラットボーンの遺物を片っ端から開ける正十郎にエルフたちも呆れた。


『どうしました?』

『姫様。彼が少し暴走を……』


 剣を持った討伐隊の隊長は騒がしい様子に顔を出す。


『すみません、こちらで調べますので、貴方は休んでいて結構ですよ?』

「魔術師の彼を見つけた時は私をスパイ○ーマンにするまで保護しておいて欲しい!」

『……互いに言葉が通じないのは不便ですね』


 それでも恩人の真剣な様子に女エルフは止める事が出来ず、気が済むまでやらせてあげる事にした。


『そうだ。あの娘――』


 ふと、ローズが正十郎と普通に会話をしていた事を思い出す。

 彼の言葉がわかるなら意志疎通を――

 しかし、ローズの姿はどこにもなかった。






「うふふ。町の中は材料でいっぱいよ。港町にしましょうか。外からも沢山、出入りするし♪」


 ローズはブラットボーンと共に屍神殿を離れていた。捜索隊の意識は神殿に向いているため、無数にいる生存者の中から一人消えた程度ではすぐには気づかれないだろう。


「たくさん、たくさん、死をばらまいて頂戴♪」


 死が世界に溢れれば溢れれる程、私の力は漲る。早く力を取り戻して、この眼の借りをあの女に返すのだ。


『失礼、ローズさん』


 そこへ、女エルフが追い付いた。


『彼を説得していただけませんか? 私どもでは上手く彼と意思の疎通が――』


 と、女エルフはローズの傍らに立つ生存者の異変に気がつく。

 覇気がない。集団の中に居るときは気がつかなかったが、魔力の反応も首へ極端に集中している。


『ローズさん! 離れて!』


 女エルフは剣を抜くと、生存者へと斬りかかった。高速の一閃。しかし、ブラットボーンは容易く避け、ローズも側から離れる。

 ブラットボーンに寄生された生存者は助からない。ここで終わらせなければと言う強い意思を彼女は宿す。


『オォ!』


 銀閃が舞う。ブラットボーンは腕をゴキゴキと変化させ、硬質化した腕で剣を受け止めた。


『な?!』


 そのまま、硬質化した腕で下から殴り上げられ女エルフの意識は僅かに飛ぶ。

 ブラットボーンは膝立ちする女エルフに掌を向けると、そこから放つ魔力で八つ裂きに――


「やれやれ、こんなところにいたのかい?」

『!?』

「――え?」


 いつの間にかブラットボーンの背後にいた正十郎。彼は生存者のうなじから野球ボールほどの目玉ブラットボーンをスポッと抜き取った。


「ちょっと! なにやってるのよ!? 取っちゃダメでしょ! どっから湧いたのよ!」

「ふっはっは! 経営者として、人の動きは機敏に察するものだよ! しかし、ローズ君。今取るな、と言ったね? それは私のセリフだよ」


 正十郎は野球ボールの様に目玉ブラットボーンを持ち、ぽーんぽーんとする。


「まったく、ひどいじゃないか。私を出し抜いて自分だけスパイ○ーウーマンにしてもらうつもりだったんだろう? 別に私は彼を独り占めするつもりは無いよ! 相談してくれれば順番はくらい譲るさ!」

「そんなの要らないわよ! 彼は寄生生物なの! その目玉が本体なのよ!」

「なんと!?」


 正十郎は手に取った目玉を見ると、素体から外された事で力が弱っていた。


「早く元に戻して! 死んじゃうから!」

「それはマズイな! 急いで――」


 宿に戻そうと女エルフに保護された生存者のうなじを見る。寄生が外れた事ではめ込む場所は綺麗に失くなっていた。


「無いな!」

「無いな! じゃないわよ、もー! 彼もう死んじゃうわよ!」

「むむむ! 仕方ない! 一旦私に寄生させよう! でや!」


 正十郎は自分のうなじに目玉を当てるが、寄生など出来るハズ無い。ぽと、と落ちて、ころころと転がる。


 黒魔術師ブラットボーン死亡。


「……いや、もう死んだわよ!!」

『凄いなぁ、彼』


 討伐隊でさえ全滅する怪物を二度も倒した正十郎に女エルフは完全に惚れていた。






「ま、エルフの里でバカンスできそうだし、いっか」

「ローズ君、ちゃんと説明してくれたえよ。他の人に分かりやすく説明出来ないと言う事は自分も理解していないのと同じだよ?」

「うるさいわね。お兄さん全然面白くないわ」

「ひどいなっ! ローズ君!」


 討伐隊の帰還馬車に乗る正十郎とローズは、お礼をしたいと申し出るエルフの里へ向う事になった。






「う……ううん……」


 轟甘奈とどろきかんなは、目蓋を刺激する光に起床を促されて目を覚ました。


「ここは……」


 目を擦りながら身体を起こすと、眠っていたのは固い地面。そして、視線の先には跪く、者達が居る。


「お目覚めですか! 魔王様!」

「……ん? 魔王……?」


 未覚醒の頭は言われた事を理解するのに時間がかかる。しかし、頭に違和感を覚え、触ってみると角が生えていた。


「……え? ええ? ええええ?!」


 何度も触るが確かに角がある。いつも持ち歩いている手鏡を取り出し、確認すると確かに角だ……


「魔王様!」

「はひぃ!」


 急に声を上げられて驚く。彼らを見ると……人間ではなかった。


「我々をお救いください!!」

「……え? ええ? ええええ?!」


 これは、異世界トロイメアに喚ばれた社長秘書の甘奈と、巻き込まれた社長の正十郎が帰還するまでの物語である。

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