社長と秘書が異世界召喚に巻き込まれるとこうなる話

古朗伍

第1話 スパイダードリーム

「ふんふん~ふふ~ん♪」


 彼女は鼻歌を鳴らしながら散歩をするかのように打ち捨てられた遺跡を歩いていた。

 灰色の髪、黒いドレス、赤のカチューシャ、銀色の首輪、黒い眼帯。それが彼女の装いだ。年齢は高校生ほどの見た目だが、その雰囲気は何万年と存在して居るかのように老獪である。


「ふんふん――ん?」


 ふと、彼女はある一室の前で足を止めた。中から漂う湯気のような煙と人影。中に誰かいる。


「おっと」


 そっと彼女は眼帯に隠れていない方の眼で部屋の中を覗いた。

 少し広めの空間。コートで全身を覆い、顔には獣の仮面をつけた一人の魔術師が、部屋の中央にある赤い水で満たされた池の前に立っている。


「いた。アレか」


 彼女が見ている目の前で、魔術師は池に半身を漬ける様に吊るしているエルフと蛇を入れると呪文を唱える。


「●×▲※■」


 赤い池に入れられた二つの材料・・は互いに苦しみだすと、大きな個体であるエルフの両腕が蛇へと変貌し、そのまま事切れた。


「…………」


 魔術師は出来上がったキメラの死体を魔法で浮かせると横にある死体の山に積む。ソレは全て失敗作のようだ。


「ふふふ。面白いわね、彼」


 命を弄ぶ実験を見て彼女は笑う。その様は無邪気な子供のソレだった。


「とても……質の良い“死”が充満してるわ。本当に心地の良い場所」


 もっともっと、絶望と死が入り乱れる地獄の底が見てみたい。彼女は遺跡の更に奥へ進む。すると下へ続く階段から鼻を突く異臭を感じ取った。


「ふふふ」


 階段を降りると、そこは牢獄だった。

 檻の中には合成実験で生きてはいる実験体達が閉じ込められている。そのどれもが逃げる事の出来ない程に変貌しており、ただ苦しむ声だけが聞こえていた。


「何を目的にしているのかしら?」


 ここまで生物の尊厳を無視する実験を続けるには、まともな知性では不可能だ。

 しかも、ここは人里が遠い。材料の多い場所に彼を連れて行けば、どれほどの死を撒き散らすのか――


「彼に決めたわ♪」


 彼女は魔術師を街へいざなう為に、階段へ向かう。


「失礼、そこのレディ。お尋ねしたい事があるのだが……」


 すると、ある檻の前を通り過ぎようとした際に中から話しかけられた。思わず足を止める。


「私の名前は黒船正十郎くろふねせいじゅうろう。日本へ向かうJALにどどろき君と乗っていたのだが、いつの間にかここにいた」


 その男はこの世界の存在では無かった。黒いスーツにネクタイにスラックス。そして、腕はカニの手になっていた。


「貴方……自我があるの?」

「ふむ、君は面白い事を言うね。何か事情を知っていそうだな! 事が済んだら謝礼を用意しよう! 色々と説明してくれないか!?」

「ローズよ」

「む?」

「ローズ・D・ヒュケリオン」

「すまないね! ローズ君! スーツの内ポケットに名刺があるのだがこの手では取り出すのが難しい! 名刺交換は後で良いかね!?」

「解ったから、カニのお兄さん。うるさいから声のトーン落として」


 合成されても自我のある正十郎にローズは少しだけ興味が出ていた。


「ここはトロイメアって言う世界よ。お兄さんのいた世界とは別の世界」

「なんと! とどろき君の寝息につられて私も目を閉じたのが良くなかったか! しかし、目を覚ましたらカニ怪人になっているとは、誰が想定できると思う!」

「うーん。お兄さんからは特別な感じは無いなぁ。たぶん、巻き込まれたんじゃない?」

「巻き込む……? まさか、こちらに呼ばれたのは轟君と言う事か!? 彼女は無事か!?」


 ガシャン、と黒船は腕のハサミで檻を掴むと、針金を切る様に容易く格子が両断できた。


「……よいしょ」


 パチン、パチン、と上と下を切って正十郎は格子を外すと檻から脱出する。そして、ローズと会話を続けた。


「貴方の言う、轟って人は多分ここには居ないわ。居るのはエルフだけだし」

「それは吉報だな!」

「たぶん、お兄さんも気絶してる間に合成されちゃったのね。カニと」


 しかし、気を失っていたと言う理由で只の人間が合成による精神的な負荷に耐えられるとは信じられない。両腕がカニになった時点で普通なら精神崩壊するだろう。


「ふむ……しかしそれは違うだろう!」

「え!? な、なによ!」


 急に、わっと叫ぶ正十郎にローズは思わず驚く。


「合成するなら蜘蛛とだろう! その魔術師の彼は私をスパイ○ーマンにするべきだ! ローズ君! 君もそう思うだろう!? それとも幼稚な夢だと笑うかね!?」

「ちょ、うるさいって!」


 この状況で魔術師にバレるとローズが正十郎を逃がしたような構図になってしまう。その時、遺跡が大きく揺れた。






 黒魔術師ブラットボーン。

 その名前は近くにあるエルフの里から若い娘が消えてから広がった名前だった。

 里は迅速な調査の末にブラットボーンの本拠点を突き止め、精鋭による討伐隊を組織。魔術師の居る、死の大地に立つ屍神殿へと隊を勧めた。


「剣士隊は前へ! 魔法隊は後方から結界で援護を――」


 隊長の女エルフの命令が飛んだその瞬間、結界を張る魔法隊の頭が吹き飛んだ。

 屍神殿の主、黒魔術師ブラットボーンの姿が遠巻きに見える。


「あれが……ブラットボーン! 残りの魔法隊、攻撃開始! 剣士隊、私に続きなさい!」


 女エルフは剣を構え、魔法による強化を付与し前に出る。しかし、ブラットボーンが手をかざすと掌にある眼が開かれた。

 ねじれる様な魔力が大地ごと討伐隊を巻き上げる。






 ズズゥン、という音と振動は地下の二人にも聞こえていた。


「なんだ? この振動は」

「近くにエルフの里があるからね。檻の中を見て、皆エルフでしょう? 助けに来たのよ」

「エルフとは、あのエルフかい?」

「お兄さんの想像通りの種族よ。エルフは森の賢者って呼ばれてる亜人種でも高位の種族だから、まぁ彼は負けるでしょ」


 そうなる前にここから連れ出したかったのだが……このお兄さんのせいでそのタイミングを逃してしまった。


「なんだと!? それでは私のヒーロー計画どうなる!? こうしてはおれん――」

「あ、ちょっと!」


 ややこしくなりそうな予感しかないローズは正十郎を止めようとするが、


「――――」


 階段の入り口には黒魔術師ブラットボーンが立っていた。その小脇には討伐隊の隊長である女エルフを新たな材料として抱えている。


 あら。討伐隊負けちゃったのね。彼……思った以上に強いわ。


 ローズは嬉しい誤算であると笑みが浮かんだ。


「ほぅ……君がくだんの魔術師だね」


 向かい合う正十郎とブラットボーン。ブラットボーンの身長は高く、二メートルを超える高さから正十郎を見下ろしていた。


「私の名前は黒船正十郎! 言いたい事は多々あるが、まずは私の話を聞いて欲しい!」

「…………」

「今すぐ私をカニではなくスパイ○ーマンにしてくれ! この腕も大変、素晴らしいアイディアであるが――」


 ブラットボーンは抱えている女エルフを落とす。そして、掌を正十郎にかざすと、そこにある眼から放たれる魔力が彼を八つ裂きに――


「おっと――」


 する前に正十郎のハサミがその眼を突いた。


「これはすまない! この手で握手はやはり難しいな! ここは口頭でのやり取りと行こうか! 糸を出す位置についての相談だが――」


 動きを停止したブラットボーンに、ハサミから放たれたレーザーが直撃する。


「…………お兄さん。今、何をしたの?」

「わからん。ローズ君。私は今、何をしたのだ?」


 ダメージを負っている様に動きが鈍くなるブラットボーンは壁に寄りかかる。


「すまない! 私もこの腕の使い方はよくわからなくてね! とりあえず糸を――」


 バシュッ! と、再びレーザーがブラットボーンへ直撃する。そして、追い打ちをかける様に、バシュュュュュュ! とレーザーが正十郎の意図しない形で連射された。


「ん、あ、ちょっ……ローズ君! 私は何をやっているのだ! 教えてくれ! どうやったら止まるんだ!? 蛇口はどこだい!? ローズ君!」

「いや、知らないわよ!」






「止まった……」


 しばらく続いていたハサミレーザーが止まった。最初から最後まで制御できなかったが、正十郎は壁に寄りかかり力なく座り込むブラットボーンへ再交渉する。


「すまなかった! 糸を出す位置は尻以外ならどこでもいい! とりあえず、私をスパイ○ーマンにしてくれ!」

「――――ッ……」


 正十郎の声に気を失っていた女エルフが目を覚ます。

 ブラットボーンの反応は無く、返事もない。気になってローズが様子を調べると、


「もう死んでるわ」

「なにぃ!?」


 ブラットボーンは泥のように身体が溶け、獣の仮面だけがコロンと転がった。すると正十郎の手も元に戻り、肩から分離したカニが跳び下りる。


「くっ、手が戻ってしまっただと!?」

「ふむ。どうやら合成は彼の魔力によって維持されていたみたいね。本体がやられた事で元に戻ったという事かしら」


 ローズは冷静に状況を見ると、檻の中に居るエルフたちも元の姿に戻っていた。正十郎はローズへ詰め寄ると肩を揺さぶる。


「そんな事はどうでもいい! 私の夢は!? スパイ○ードリームはどうなる!? ローズ君!」

「そんなの知らないわよ。離してよ、もー」


 ローズは正十郎にうんざりするように言う。女エルフの隊長は、彼が救ってくれたのか……と、ちょっとだけ正十郎にホの字だった。

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