第5話 汚い部屋

「汚い部屋だな。さっきの部屋と大違いだ」


 研一の部屋に入ってすぐに、トラ男は不満を漏らした。


「ゴミ捨て場にいたくせに、よく言うな」


 立場をわきまえない不遜な態度に、いきなり腹が立った。


「研一は仕事何やってるんだ?」

「フリーターだよ」

「なぜ?」

「何故って、会社辞めちゃったからだよ」


 実は大学を卒業して入った会社を、半年で辞めてしまっていた。


「石の上にも三年っていうぞ」

「もう遅いよ。俺の事はいいからお前の事を話せ」


 トラ男はうーんと唸ったきり何にも言わない。


「どこで生まれ育ったとかさ」

「はて……」


 また考え込むトラ男に、そろそろしびれが切れだした。


「見たところなんも憶えてない感じだな」

「ご名答」


 当たったが嬉しくもなんともなかった。


「さっきゴミ捨て場にいたのにはなんか理由があるのか?」

「ああ、それなら答えられる」

「ほう、聞こうじゃないか」


 やっと何か手掛かりがつかめそうだ。


「あんたが追っ払ったトラ猫な」

「あのゴミ袋の上に陣取ってた奴か」

「そう、あいつにいろいろ相談されて聴いてやってたんだ」

「相談を聴いてた?野良猫の言葉が解るのか?と言うよりそんな意味のあることをあいつが話していたとは到底思えない」

「失礼だな。あいつにも、と言うか野良猫たちにも色々不満とか悩みとか有るんだ」

「悪かったよ。でどんな?」

「背中が痒くってしょうがないらしい」

「くだらん!」


 もう聞く気にもならなかった。


「で、何でゴミ捨て場なんだ」

「人目に付かず、誰か来てもゴミ袋で隠れれるだろ」

「それもくだらん。ゴミ収集の時に見つかって大騒ぎだぞ。ニュースになるほどのな」

「ははは、たかが猫一匹に大袈裟だな」

「お前は猫だが普通じゃない。自覚しろ!」


 ちらと上下の鼠色のスゥエットを見る。


「大体おまえ服着てるよな、猫のくせに」

「途中から毛が生えてなくってな、これ着てないと寒くって」


 服の中がどうなってるのか想像したが、気持ち悪くなって頭から追い払った。


「で、その服は最初から着てたのか」

「いや、ちょっと言いにくいんだが拝借した。背に腹は代えられなくって」

「盗んだのか?どこから?」

「えーと、このアパートの二階のベランダに干してたあったのをチョチョイと」

「ふーん」


 何となく猫人間にそこそこ似合ってるスゥエットを眺める。


「それ、おれのだよな」

「ばれたか」


 全く悪びれた様子もない。


「かえせ!」

「いやだ!」


 そしてスゥエットを巡っての乱闘。

 揉み合う二人、あるいは一人と一匹の手を止めさせたのは大きな怒鳴り声だった。


「やかましい!」


 大家の島津ハツ江、御年八二歳は、いきなりドアを開けて皺だらけの顔を怒りで歪ませて言い放ったのだった。

 猫人間、木島トラ男に馬乗りになるフリーター、それを目撃した大家、島津ハツ江御年八二歳のこれからの展開はいかに。

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