第50話 舞い込んだ依頼

 ダービットとの面談の後、昼飯の誘いを断って憲兵隊の建物を出た。

 憲兵隊の依頼は、結局掃除ではなかったのだが、それでも一応ギルドには完了の報告がいるらしい。


 街の中心部に向かって坂を下りながら、今後の事とかを考える。

 フェーブルを出るのか、それとも残るのか、決断をするには少々準備が足りていない。

 一つは、隣国に関する情報だ。


 フェーブルの居心地が良かったので、国境を越えて隣の国に行く気が失せていたのは事実だ。

 そのため、隣国の情報を余り収集していない。


 しがらみから逃げ出すために隣の国へと逃げ込みました. ところが隣の国はもっと暮らしにくい国でした……では話にならない。

 暮らしやすい街を探して移動するのは良いとして、出戻りするのは格好悪いだろう。


「でも、情報を集めるとして、どこで聞けばいいんだ? 初対面の旅人に話しかけるとか苦手なんだよなぁ……」


 自慢ではないが、俺はコミュ力が高い方ではない。

 フェーブルの街では結構顔を知られているが、殆どは掃除の依頼とギルドでの小銭稼ぎによるものだ。


 必要に迫られなければ、自分から積極的に人に絡んでいくことは無い。

 とりあえず、空腹を満たすために食堂に入った。


「こんちは」

「あら、マサさんじゃないの、いらっしゃい」

「セットでお願いします」

「はい、毎度、セット一つ! マサさんだからね」

「あいよ!」


 ここはシチューが売りの食堂で、言うまでもなく掃除の依頼主でもある。

 セットには、シチューの他にパンとお茶がついてくる。


 昼時とあって店には多く客が入っていたが、空いていた奥の二人掛けの席に腰を落ち着けた。


「はい、お待ちどうさま、大盛りにしといたからね」

「ありがとうございます」


 シチューを盛ってパンを添えて出すだけだから、席に着いた直後にトレイが運ばれてきた。

 言葉通りに、深めの皿には溢れんばかりにシチューが盛られている。


 材料を継ぎ足しながら作っているシチューには、一朝一夕では出せない深いコクがある。

 それでいて値段は手頃だし、待たずに食べられるから人気がある。


 絶品のシチューを味わいながら耳を傾けていると、聞こえて来きたのは裏組織の抗争絡みの話だった。

 歓楽街近くの飲み屋が集まる一角は、抗争が激しくなってから客足が遠のいているから今が狙いめだとか、店で暴れていた連中を憲兵隊が引っ張っていったとか……。


 そうした野次馬の話は聞こえてくるが、やはり騒動の核心に迫るような話は聞こえてこない。

 だからと言って、街の人々が何の噂も知らないという訳ではなく、不特定の人間が出入りするような場所では口にしないだけだ。


 フェーブルは交易の中継地として栄えてはいるが、王都のような巨大な街ではないから、聞き耳を立てている奴がどこにいるのか分からない。

 レリシアのように場所を弁えないような奴は見掛けないし、いても家族や友人などから釘を刺されて言葉を飲み込むのが普通なのだ。


「ご馳走様、今日も美味かったです」

「あらやだ、皿洗いまでしてもらっちゃったら、お勘定もらえないわ」

「いやいや、ちゃんと払いますよ。美味いものには価値があるんですから」

「ありがとう。また掃除頼むと思うから、よろしくね」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 そもそもシチューは最後の一滴までパンでふき取って完食しているので、皿は結構綺麗だったから清浄魔法を掛けたのはほんのサービスだ。

 店を出て、のんびり歩いてギルドに向かう。


 この時間のギルドは、仕事を受けに来る人間よりも、仕事を依頼しに来る者の方が多い。

 朝は混雑する依頼を貼り出した掲示板の前も、今の時間はガラガラだ。


 前もって依頼を受けている俺からすれば、混雑する時間に来るなんて馬鹿らしいと思うのだが、仕事の取り合いを楽しみにしている者もいるらしい。


「なんで受けられねぇんだよ! ちゃんと規定以上の金払うって言ってんだろう!」


 空いている時間のギルドには似合わない刺々しい声のする方向へ目を向けると、カウンターの前に見覚えある後ろ姿があった。


「金額の問題じゃありません。あなた方のやった事を良く思い出して下さい」

「はぁ? やった事だと……それなら俺らが何をやったのか言ってみろ。グダグダ言ってねぇで掃除屋に依頼を伝えりゃいいんだよ」


 受付嬢のリーダー的存在であるデリアさんが相手をしてるのは、例のプーロのヒョロい男だ。

 回れ右して帰ってやろうかとも思ったが、帰ったところで別の所で絡んで来るのは目に見えている。


 もう、いい加減うんざりしてきた。


「なんだよ、俺に依頼か?」

「あぁん? おぅ、掃除屋……ちょうど良かったぜ、仕事だ。受けるよな?」

「依頼の内容は?」

「なぁに、いつもの娼館の掃除だ。サングリーやコンベニオの依頼も受けてるんだろう? うちだけ断ったりしねぇよな?」

「いいぜ、明日行ってやるよ。俺が掃除に行く前に、燃やされないといいけどな……」

「んだと、手前……」


 ヒョロい男が眉を吊り上げて睨んでくるが、微塵も怖いと思わない。

 プーロという組織のバックが無ければ、こんな男は俺でも簡単に殴り倒せるだろう。


「ちっ、待ってるから逃げんじゃねぇぞ……掃除を終えたら、事務所に顔出しやがれ」

「あぁ、いいぜ」


 そっちから条件を整えてくれるなら、喜んで始末を付けに行ってやろうじゃねぇか。

 床に唾を吐き捨てて歩み去るヒョロい男の背中から目線を切って、カウンターのデリアさんの所へ歩み寄る。


「マサ、あんたねぇ、プーロの依頼は受けないってギルドで決まって……」

「いいんですよ、俺は。ギルマスも認めると思いますよ。それと、これ……行ってきましたから」


 憲兵隊の依頼票を出すと、デリアさんはイラっとした様子で何かを言いかけたが、言葉を飲み込んでプーロの依頼の受注と、憲兵隊の依頼完了の処理をしてくれた。


「じゃあ……」

「あの、マサさん!」


 手続きを終えて帰ろうとしたら、リュシーに呼び止められた。


「あの……今夜お時間いただけませんか?」

「悪い、また今度にしてくれ」

「えっ……あっ……」


 リュシーが思い詰めた表情をしていたのは分かったが、俺は俺で余裕が無い。

 話をするのは、プーロの件にケリをつけてからだ。

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