9.9 思い掛けない繋がりが増える事もある
今は土曜日の午前10時を回った辺り。
ゆっくりと起床し既に誰もいないリビングへと向かう俺は大きな欠伸を1つ。両親は出掛け、今日は鈴もどこかへ出かけたらしく本当に家には俺1人だ。別段、珍しいことではないのだが。
重たい瞼を擦りながら麦茶を飲み一息ついた時、俺のポケットのスマホが鳴った。
「……電話……?こんな時間に……」
と言ってもまあ10時となれば普通は起きている時間か。早朝って感じでもないし。
どうせ携帯会社かなんかだろうと思いスマホを手に取るとそれは普通の電話では無くLINEの通話機能のものだった。しかも相手は柏木だ。
「確かにまた連絡するとは言ってたけど……」
電話でって事だったのか。なんでかは分からないけど。
しかし真意はどうあれ、かかってきた以上出るべきか。
俺は受話器を取るマークを押し、スマホを耳の方へと持っていく。すると優しげな声が聞こえてきた。
『あ、私だけど今大丈夫?例の事で』
「構わないが……普通にLINEで良くねぇか?」
多分口頭の方が伝わりにくいし。てかそこまでガッツリ頼っているわけでもない。
『え?あの時言ってたのってそーゆー事だった訳?』
「そーゆー事ってなんだよ?……まあお前がどうしても何か命令しろって言うからちょっと参考程度に聞いてみようかと思っただけだ」
ん?俺が何か伝わりにくい言い方したっけ?微妙に話が噛み合ってないような……。俺は今手段についての話をしてるんだよな?
『あ……そう……連絡しても来ないから私もうあんたの家の前まで来ちゃったんだけど……』
「は……?」
何故そうなる!?俺は寝起きでギシギシ言う身体を慌ただしく動かしカーテンの隙間を覗いた。
すると、そこから見える玄関前にはグレーのチェック柄のワンピースを着た女性らしき姿が見える。髪の長さと今スマホを耳元に置いていることからも本人で間違いないのだろう。
「いや……なんでうちに……?」
色々と意味不明な点が多く俺は困惑したまま尋ねると電話の向こう側から大きなため息が聞こえた。
『だから!あんたが言ったことが一緒に買いに行くのに付き合って欲しいってことだと思ってたの!あーホント馬鹿みたい……!』
「そうか……」
苛立っているようだな。まあわざわざ電車でここまで来ている訳だし。にしてもよくそんな事にOK出したもんだ。
『で?どうすんの?』
「あー……ちょっと待っててくれ。家入ってても良いから。俺今起きたばっかだから支度してすぐ行く」
「…….そう……分かった」
直後ガチャと玄関が開かれる音と共に「お邪魔します」と義務的な挨拶がしてリビングに柏木が現れた。そしてコップや茶を片付ける俺を見るや否や何故か少し硬直し直ぐに目を逸らす。相変わらずの素っ気なさだ。
「じゃあちょっと支度してくる」
休みの日に出かけると言うのもなんだか変な感覚だが誤解させた事に関しては俺にも非があるからな。一応「出掛けない」と言う選択肢も用意してくれてはいたようだが、このためにわざわざ電車賃払ってここまで来た柏木を考えるとそんな選択の余地はない。
俺はテキトーにクローゼットの服を身に付け、ものの数分でリビングへと戻った。
「悪い待たせた」
「え、ああ……」
俺の声に気付いた柏木は、ソファから立ち上がり出入り口に立つ俺をまるで品定めでもするかのように頭から爪先までじっと眺める。
「なんだよ……」
「前に見た時から思ってたんだけど、あんた服とか好きなの?」
「は?別にそんな事ないけど?」
服が好き?そんな服装なんかにこだわるような奴は周囲からの評価が大好きな奴らだ。そんなのがボッチで居る訳ねぇだろ。
柏木は顎に手を当てて頷く。
「そうよね……」
「何が言いたいんだよ」
「なんか思ったより……やっぱなんでもないわ。その今着てる服、あんたが選んだの?」
「いや、俺の服は大体鈴が選んでる。アイツの買い物に付き合わされた時についでにアイツが買えって言うんだよ」
俺なんか私服着る機会すらほぼ無いってのに。これは鈴なりのお返しなのかもしれないが。
「あ、だから……!あんたもっと鈴に感謝するべきよ」
「あそ、まぁどーでも良いけど。どこ行くつもりだったんだ?俺普段出歩かないから詳しく無いんだが」
俺がと聞くと柏木は既に行き先を決めていたようで"駅“とだけ言い、黙って着いて来いとでも言うように颯爽と家を出た。まぁそれはまず駅でしょうけど……。
たかだか妹の誕生日プレゼントを買うってことだけの為にここまでしてくれるのはありがたい事なのかもしれないが……出来ればもう少し言葉で伝えて欲しいです、はい。
***
言われるままに後ろを着いて行き、最寄駅に着く。駅には学生らしき若者が複数人のグループで歩いているのが何組も見られた。
電車が来るのはもう数分先らしいのでホームで待っているとやたらと視線を感じる気がしてならなかった。特に男子グループから。何故かは分かる。
「ねぇ、あんたなんでそんな離れて立ってんの?避けられてるみたいで感じ悪いんだけど」
「お前の隣にいると変に目立つから嫌なんだよ」
「あんた周りのこと気にしないんじゃ無いの?」
「俺単体のことならな。お前は違うだろ」
人の評価ってのは簡単に変わる。これ以上落ちる事のない俺の評価と少しの出来事で周りからの評価が一気に変わる柏木とでは話が違うのだ。
少なからず俺は自分の行動によって他人の価値を落とすようなことはしたくない。
「私がもっと近くに居てって言ってんだから良いじゃない」
「……分かった」
俺は2歩程柏木の方へ移動した。すると柏木は黙って手元のスマホへと向き直った。
少しして電車が到着し、俺達はそれに乗り込んだ。休日だからか席はほぼ埋まって居て空いているのは横並びの席の隙間だけだ。
俺1人なら座る事も無いだろうし、鈴と一緒であればアイツに合わせるが……。
「あ、あそこ2つ空いてるわ」
柏木の指し示す方を見ると確かに2席空いている。柏木が自然とした流れでそちらへ進んでいくので俺も後を着いていく。
そして出口のすぐ脇の席に柏木が腰を下ろした。本来なら俺も座るべきなんだろうけど、けどな……。
「俺は良いや」
凄く狭い。柏木の一つ空いた隣には大きな荷物を持ったおばさんが居るせいで本来の席の3割くらいスペースが削られている。
しかしそんな事もお構いなしに柏木はトントンとその座席を叩く。
「なんで?空いてるんだから座れば良いじゃない」
「いや、狭いし」
「じゃあ私が少し詰めるわよ」
そう言うと柏木はその細い身体を手すり側へと少し寄せた。ここまでされると断りづらいな。
俺は静かにそこへ腰を下ろした。
「……や、やっぱり少し狭いわね」
「だから言っただろ。俺は」
「良いわよ別に。あんただけ立ってると私が座りづらいじゃない!」
うん……こーゆー奴だよな。柏木は。1つの傘で帰った時も同じような事言ってた気がする。尖ってるが根は相当真面目なんだろうな。
けど、俺がこの状況を避けようとしているのはそんな理由だけじゃない。もう気付いているだろう?
俺の右側全てがピッタリと柏木に密着してひどく緊張が走るんだ。電車が揺れるたびに肩、腕、太腿が密着し、冷や汗が背骨を伝う。陰キャ殺しイベントの発生だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます