2話 母親

 実は朱乃の母親は材木商に奉公に行っていて、そのおかげでよく材木の切れ端とかをお土産にもらってくるのである。


 母親は一人で朱乃のことを育てているせいか、髪の毛はやせ細り縮れ毛となり、白髪が目立っていた。まだ30代だというのに重い材木を運ぶので腰が曲がっていた。生活の重みが母親の身体にこれでもかというぐらいにのしかかっていた。


 母親の苦労している姿を見ているのか、朱乃は知り合いに変人だとか聞こえるように言われても平気だった。

今日も、朱乃は木の枝で地面に動物などの絵を描いたり、自分自身の世界にどっぷりつかり、自身を主人公にして物語を作ったりしている。今日は、薪を小刀で削って牛や猪、犬を作ったりしている。


まず地面にどのような彫刻を彫りたいか下絵を描いていく。おとぼけ猪? 見栄っ張りな犬? 何にしたい?


 う~ん。何しようか?


「おい! アホ! またよく分からない絵を描いているのか」

 朱乃ははっとして顔を上げる。いじめっ子の主犯格の材木商の一人息子の昌之助だ。

「いいもの見せてやる! こい!」

「嫌だ! 嫌だ! またこの間みたいにドブに落としたりするんだろ!」


 昌之助は顔を、ぐにゃっ、とゆがます。

「そんなことしないよ。もっと面白いもの、見せてやる」

 昌之助は朱乃の手を取って走り、ある民家にやってきた。

「のぞいてみろよ」

 朱乃はちょっと覗く。男の人の上に女の人が乗っかっていて、体を上下に動かしていた。 交合だった。

「男の人と女の人が遊んでいるの」

 昌之助は、まあまあと言ってよく見ろと言う。もう一回見る。男の人が三人いて、一人は女の人の乳を吸っていた。もう一人は背中をなめている。

 昌之助がささやく。

「女の人の顔をみてごらん」


 はっとして女の人を見る。母親だった。母親は目をつむってあえいで腰を上下に動かしていた。

 朱乃は叫ぶ。

「お母さん」

 母親は目をかっと見開く。そうして朱乃と目が合う。母親は叫ぶ。

「朱乃。なんでここにいるの!」


 母親は裸のまま朱乃のもとに駆け寄ってきて、朱乃を両手で抱きしめる。ぷ~ん、と生臭い何かの匂いと汗の匂いが立ちこめる。朱乃は怖くなって叫ぶ。

「嫌だ! 母さんじゃない!」

 母親を突き飛ばすと、そのまま外へと走り出した。後ろから母親の声が聞こえたような気がしたがそんなものは気にせず走り続けた。その瞬間、母親の男の上で腰を振っている姿が脳内に再現される。


うぷっ! 


胃の中から昼に食べた芋ガユがあふれ出る。 気持ち悪い。母親のそんな姿は見たくない。家に帰ると布団にもぐりこんだ。起きている時間も絶えず眠くて仕方なかった。空腹で目が覚めても、大根の塩漬けである沢庵を一切れか二切れ食べてまた眠ってしまうのだ。


ここはどこだろう。岩肌が見える。ぽかりと洞窟が出来ている。中では狸の子が中くらいの薪を小刀で削っている。なにをつくっているのだろう。気になる。狸の子のぱちくりとした目はまるで暗闇に瞬く星々のようにきらきらと輝いていた。


 狸の子が何を作っているのかしばらく観察する。ちょっと削っては墨でまた何かを書き足している。それから、長い、長い年月が経ったように感じた。

 狸の子はタヌキの像を作っていた。なんというか独特な像である。ふと狸の子はこっちを見る。そして、


「そろそろ起きなよ。起きて創作活動しなよ! 人の作るのを見ているだけじゃ嫌だろう」 その時、意識が、ぐうーっ、と持ち上がるのを感じた。自然に目が開いた。

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