日本と異世界、行ったり来たりのドタバタ生活 ~異世界人だった初恋のお姉さんと、当時のお姉さんと同じ年頃の娘が古民家で一緒に暮らす事になった~

雨露霜雪

第1話 古民家での新生活

「今日はすんなり終わってくれたな。おかげで今週のお仕事は早々に終了っと」


 日曜日の昼前に、古民家の一室でそうごちった男はパソコンの電源を落として立ち上がると、両手を上げ”ぬ~ん”とうなりながら背を伸ばす。


「それにしても、最初はちょっと心配だったけど、一人暮らしは想像以上に快適だな。実家は親父や兄貴が口煩くちうるさかったし、義姉ねえさんは何も言わないけど、明らかに俺をさげすんだ目で見てきてなかなかに居心地が悪かったからな、あの家から出られてマジで良かった」


 伸ばした体をひねってバキバキ鳴らしながら愚痴っている男は、”馬券師”を自称する豪田ごうだ羅王りお

 彼の仕事は、当然ながら週末に開催される競馬で馬券を買うこと。

 だが家族は、いくら馬券で稼ごうがそんなのは仕事と認めない。

 なので羅王りおを、大穴がまぐれで当ってたまに勝ってるだけのギャンブル中毒者で、しかも普段は部屋に引きこもってゲームばかりしているニートだとなじっていた。

 事実、平日はゲームばかりしているので、そう思われても仕方がない。

 それでも羅王りおは、毎月少なくない額を家に入れていたのだが……。


「競馬をギャンブルとして見てる人間には、一生理解できない……か。ちゃんとした理論の元で実践すれば、競馬は確実で安全に稼げる投資なんだ。その証拠に競馬を始めてからの五年間、収支がマイナスだった年は一度もない。それどころか収入は年々増えてるし、去年の俺の年収は予定通り・・・・一千万円を超えてるんだけどな」


 思わず、家族に対する愚痴がこぼれる。


「じいちゃんが亡くなったのは残念だけど、ここを俺に残してくれたのは正直助かった。家を出るタイミングを完全に逃してたから、いいきっかけになったし」


 彼の言うじいちゃん――血縁上は実祖父の兄なので大伯父――は先頃事故に巻き込まれて亡くなってしまった。

 その大伯父は変わり者と評判の男で生涯独身だったため、身内で唯一かわいがっていた又甥である羅王りおに、”遺産のすべてを譲る”と遺言書を残していたのだ。

 それ故、相続した地へ引っ越したという体裁の元、実際は実家から追放されたのだが、羅王としても納得の引っ越しであった。


「それはそうと、今日は周辺探索も兼ねて、昼飯は外食でもしようかね」


 現在の自宅となっている地を、羅王りおが最後に踏んだのは中学三年生のとき――約十年前で、当時は本当に何もない僻地の田舎だった。

 しかし現在は、車で十五分ほどの場所に新幹線の駅ができている。

 結果今は、駅を中心に大開発がされ、ショッピングモールやら何やら立ち並んでおり、急速に街が形成され、そこだけ見ればかつての面影はどこにもなかった。


 そんな場所へ、羅王りおが越してきたのはほんの三日前。

 家屋内の生活基盤を把握するのに忙しく、落ち着いたところで本業の競馬が開催される土日となり、家を出たのは近所にできていたコンビニに昨夜行ったのみ。

 実家では引きこもりだった羅王りおだが、根っからの引きこもり体質ではないので、新しい街を探索するのは密かな楽しみだった。


 心無し浮足立った羅王りおは、相続品一覧にあった軽トラが格納されているガレージに向かう。


「やっぱここ、ガレージじゃなくて巨大倉庫だよな。どう考えても独り身の個人が所有するもんじゃないぞこれ」


 ガレージと言う名の倉庫を見上げつつ、呆れた声をこぼす羅王りお

 彼は巨大なシャッターの開け方がわからなかったため、常識的なサイズのドアに手持ちの鍵を差し込み、そのドアを開いて中に入った。


「ん、ここは作業室か? そういえばじいちゃん、日曜大工が好きだったよな。それに俺が最後にここへきたころに、”DIYを極める”とか意味不明なことを言ってたな。それが度を越してこうなったのか……。たしかに随分と極まってるけど」


 自分ではやってみたいと思わなかったが、羅王りおはDIYの動画を見るのが何気に好きで、それ系の動画を幾度となく見ていた。

 だがしかし、眼前にある作業台やなんだかそれっぽい工具箱、装飾品のように壁に置かれたり吊るされた工具の数々は、DIYを超えて本職のそれのように思えてならない。


「ここは……まぁいいや。それより軽トラだ」


 なんとも言えない気持ちを抱いた羅王りおだが、今は食事と街の探索がしたい。

 彼は現実逃避をするように、作業室の奥にあったドアを開く。

 壁には多くのスイッチが配列されており、羅王りおはどれが何に対応しているかわからないので、順番に押して全部の電気を点けた。


「……………………なに、これ」


 目の前の光景にしばし固まってしまった羅王りおが、たっぷり間を置いて疲れたようにつぶやいた。

 それも仕方ないだろう。


「DIYって、ユンボやフォークやクレーンなんて使わねーだろ! じゃいちゃん、アンタいったい何者だったんだよ!?」


 ガレージと呼ぶには大き過ぎる倉庫。

 その内部を照らす照明の光を浴びているのは、本職の土木工事関係者が使う重機と呼ばれるそれら。

 作業室に置かれている物だけでも本職疑惑があったというのに、倉庫内に多種多様な重機が鎮座しているのだ、羅王りおが叫んでしまったのは必然だったのかもしれない。


「そういえば弁護士となんちゃら書士のおっちゃんたちが、『名義変更が必要なものは全部変更しておいた』って言ってたけど、この重機も俺の名義になってるのか? 俺に何しろって言うんだよ……」


 手に負えない重機ヤツらを前に、羅王りおは唖然とする。


「…………で、でも、試しに動かしてみるのはあり、だよな?」


 想定外の光景に尻込みしてしまった羅王りおだが、重機に興味がないかと言えばそうでもない。

 彼はほんの少しだが心が揺さぶられ、無意識に重機へと足が向かう。

 そしてその足が止まったのは、倉庫の一番奥にあったユンボ――ショベルカー――の前だった。


「ちょ、ちょっとだけ。ホントちょっとだけ、先っぽ、先っぽだけ動かすだけだから。……い、いいよな?」


 女に飢えた男が口走るような情けない言葉を口にしつつ、いつの間にかユンボのシートに腰を下ろしていた羅王りお

 その顔は興奮のためか、まさに女に襲いかかる寸前のような様相だ。


「小さめのユンボなら近くで見たことあるけど、あれに比べるとレバーが多い気がするけど……気の所為か? でもまぁなんとなく動かし方はわかる……と思うし、試しながらゆっくり動かせば問題ないだろ。他の重機とは離れてるし」


 すでに動かしたい欲に支配されている羅王りおは、他の誰でもなく自分に言い聞かせるように口を開く。

 そして、両のまなこでロックオンしているエンジンキーらしき物へ手を伸ばし、おもむろにエンジンを掛ける。

 するとユンボのエンジンは、期待に違わずブルんっと動き出した。


「か、かかった!」


 本当にただエンジンがかかっただけなのだが、興奮している羅王りおはその事実にいっそう興奮してしまう。

 もし彼が冷静であったなら、二十五にもなろうかという成人男性が、こんなことで大人気なく興奮するのは如何なものか、そう思ったに違いない。

 だが実際の彼は、予期せぬ初体験に興奮を隠せないどころか、感動に酔いしれていた。


「よ、よし! ちょっと前進させてみよう。えっとー、このレバーかな?」


 興奮が一段落した羅王りおは、左右にあるそれっぽいレバーに手をかける。

 しかし、手をかけた際に左手が滑ってしまい、崩れた体勢から慌てて左のレバーを握ったことで、そのレバーに全体重がかかってしまった。


「あっ……」


 羅王りおのつぶやきなど知らんとばかりにユンボは左へ旋回し、あれよあれよという間にバケットが壁にぶつかる。

 だがそれだけに留まらず、ユンボはうなりを上げ、バケットが壁をぶち抜いた。


「ちょっ、まっ!」


 羅王りおは大慌てでレバーから手を離し、どうにかエンジンを切った。

 その後、彼は短くない時間、魂が抜け落ちたようにほうけてしまう。


「………………マジか。やっちまった……」


 少しして羅王りおは我に返った。

 恐る恐るユンボからおり、夢であってほしいと思いつつ壁に目を向ける。

 しかし現実は残酷だ。

 どう見ても壁は崩れている。

 それが現実であると、羅王りおは認めざるを得なかった。


「じいちゃん、ごめん」


 現実を目の当たりにした羅王りおは地面に手を付いてうなだれ、大伯父に対する申し訳無さから謝罪の言葉が自然と口からこぼれ出た。


 だがせめてもの救いは、アームが伸びておらず、バケットが当たったのが壁の下部だったことだろう。


「道具は揃ってるっぽいから、セメントの練り方とか調べれば、多分だけど俺でも直せる……よな?」


 羅王りおは希望的観測を口にするが、それでも自分のアホさ加減に打ちひしがれ、再びガックリとうなだれてしまう。

 すると――


「~~~~~? ~~~~~~~。~~~~~、~~~~~~~~?!」


 どこかから、女性と思しき声が聞こえてきた。

 羅王りおはその声を上手く聞き取れなていないが、気の所為ではないように思う。

 しかもなんとなくだが、その声は困惑したようなものから最後は怒声に変わっていた……ように感じた。


 実際には聞き取れていないので、あくまで彼がそう受け取っただけの話。

 だがそんなことはどうでもよい。

 なぜならここは、羅王りお以外に誰もいないのだ。

 しかも声が聞こえてきたのは、よくよく思い返せば今さっき崩れた壁の方向。

 仮に誰かが訪ねてきたのなら、声は背後から聞こえてくるはず。

 まかり間違っても、壁の方から声が聞こえてくるはずはない、のだが……。


 落ち込むより恐怖心が勝ってきた羅王りお

 しかし確認しないわけにはいかない。


 羅王りおは動くのを拒否する体をなだめつつ、ゆっくりと顔を上げる。


「……ん? ――――んんんっ!」


 そこには火の玉らしき光が揺らめいており、最初こそ『なぜ光が?』といった疑問が浮かんだのだが、少しして『火の玉って幽霊的なアレじゃねーか!』と思い至り、言葉にならない声を上げてしまった。


「え、な、何? こ、ここって、し、心霊スポット的な場所、だったのか? ――え? じゃ、じゃあ、あ、あの女の声って……」


 気づきたくなかった真実に羅王が気づいてしまう。

 しかも揺らめく火の玉が、少しずつ近づいてきている。

 さらには、火の玉の奥には人影らしき何かまで……。


「ご、ごめんなさい! な、なんでもしますんで、許してください!」


 地面に両手両膝を付いたうなだれた格好だった羅王りおは、その姿勢を土下座へと変え、許しを請う声を上げた。

 身長百九十センチ、体重百キロという大きな体を小さく折りたたんで……。


――ジャリ、ジャリ


 巨漢を縮めてみっともなく震える羅王りおの耳に、崩れた壁の欠片だろうか、それを踏みしめるような音が届く。

 しかもその音は、一歩、また一歩と、確実に近づいてきている。


「幽霊って足がないんじゃなかったのかよなんで歩いてるような音が聞こえてくるんだよ」


 あまりの恐怖から、紛れもない本心が羅王りおの口から漏れ出る。しかも早口で。

 と同時に、ジャリ、ジャリ、と近づいていた音が、彼の下げた頭の寸前で止まった気配を感じる。

 それは気の所為ではない。

 なぜなら、頭上から言葉が降り注いできているからだ。

 決して空耳などではない。

 しかし羅王りおは、降り注いでくる言葉の意味が理解できずにいた。


 もしかして、会話でどうにかできるのでは?

 ワンチャンそうなってほしいと思っていた羅王だが、聞こえる言葉が日本語ではないため、言葉の意味をこれっぽっちも理解できない。


「詰んだ……」


 羅王りおがそう漏らした瞬間、頭の先にある気配が動いた。

 すると、先程より声が近く感じる。


「~~~~~~~~~?!」


 驚愕まじりの声が聞こえたかと思うと――


「~~~~~~~~~~! ~~~~~~~~~~~~~~!!」


 唐突に怒鳴られたのであった。

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