魔法少女の兄が『理解』らせる ―失踪した妹たちが魔法少女だったことを今更伝えて泣きつくマスコットを締め上げながら、お兄ちゃんパワーで光も闇もボコして回る―

佐渡

プロローグ


 世界は人知れず、脅威に晒されている。


 人間の世界のお隣さん、闇の世界を支配するシャドー王国が人間界に放った刺客、『アクマーダー』。奴らは人々の心の闇に憑りつき増幅させて、それを糧に成長していく。そしてそこから生み出された絶望は、徐々に世界を暗黒に包もうとしている!


 しかし!

 人間世界のもう一方のお隣さん、光の楽園が、人間たちに手を差し伸べた!

 光の力を以てして、悪の闇を照らし出す。そんな指名に選ばれた、二人の少女!

 煌びやかな衣装と清い力で戦う、光の救世主!

 彼女たちの名は――。



 ◆ ◆ ◆


「――ここまでのようですね、魔法少女ルクスフェアリーズ」


 暗雲立ち込める、闇の領域。大地が断割され千々となり宙を舞う、超常の空間。

 その中心地に近い浮かぶ大地の片一方、クレーターが如く抉れた地。

 それを見下ろす位置に浮かぶ場所に立つ、二つの影の片割れが呟くいた。


 人間界に部分的に顕現した、闇の世界との境界線での死闘。

 その決着が今まさに決しようとしている。


「クッ、まだ、勝負はついてないんだから……!」

 そう漏らすのは、軽装ながら可憐な衣装は土に汚れ、露出した肌には痛々しい擦り傷が残る少女。彼女は地面に膝をつき、呼吸を疲労と苦痛に荒げながら、それでもなお立ち上がろうとしている。

 燃える太陽の如き真紅の髪と、太陽よりも熱い覚悟を宿した瞳の少女。彼女こそ魔法少女が一人、ルクスフェアリー・ルオータ。

 

「その通りです――まだ、私たちは戦える!」

 彼女の言葉に呼応するように、手にした長刀のような武器を支えに立ち上がるもう一人の少女。清廉ながら凛とした巫女服が如き衣装は裂け、足を引き摺るようにしながらも、逃げ腰にもならず、震えさえ見せない。

 堂々たる大海の如き深青の髪と、海よりもなお深い誇り高さを宿した瞳の少女。彼女こそ、もう一人の魔法少女、ルクスフェアリー・キャメル。

 

 二人の魔法少女は、人間の世界を守るための使命を背負い戦う光の戦士は。

 今まさに、絶体絶命の窮地に立っていた。


 いや、窮地というのも烏滸がましい。

 今二人は眼の前の脅威に対して、一切勝利への道筋を掴めも描けもしていないのだから。



「あはは! まだまだ遊んでくれるのー? いいよいいよ、ボクもまだまだ遊び足りないんだ!」


 魔法少女たちのそんな状況と相反するように。抵抗の意志と言葉を伴い立ち上がった二人に対して投げかけられるのは、無垢で、陽気な、喜びに満ちた応答だった。

 ふわりと、見下ろす位置から同じ視点にまで飛び降りてくるのは、魔法少女たちと同じくらいの年頃に見える少女である。

 四肢より放たれる色を帯びた陽炎。黒い光とでもいうべきそれを手にしながら、にこにこと笑顔を絶やさない銀の髪を持つ少女。

 星型にも見紛う爛々とした輝きを両の目に宿しながら、しかしその右目からは色彩が奪われ、影色が塗りこめられていた。


「は、ぁぁぁあああっ!!」


 余裕そうに、準備運動とばかりに伸脚する彼女へ、裂帛の気合と共に突撃する赤髪の魔法少女、ルオータ。しかし。


「ほいっと」


 変身と共にその身に宿した聖なる炎を纏いながら突き出された拳は、底冷えのする暗い光を帯びた掌によってあっさりと受け止められ。


「いっせーの、せ!!」

 そのままぐいと腕を引き寄せられれば、腕一本で軽々と持ち上げられ地面に背中から叩き付けられる。粗雑な扱い方は、ぬいぐるみかそれと同じ玩具を扱われるかのよう。

 必然、配慮も遠慮もないその一撃によって地面が砕かれるほどの衝撃を受けたルオータは、肺の中の空気が血と共に逆流する。


「まだまだ、だよね!」

 だが、それで終わるはずもない。勢いを殺さぬまま、今度はまた別の場所に叩き付けられる。また、また、もう一度、さらにもう一度。

「あはははは! たのしーい!!」

 濡れた雑巾を振り回して遊ぶかのようにして、星眼の少女はルオータの身体を縦横無尽に振り回しながら、けらけらと笑う。


 悪意や害意ではなく、遊びを楽しむ子供の様に。



「ルオータ、っ……!」

「余所見とは、随分と余裕がおありですね?」


 親友であり、ともに戦う仲間の危機に咄嗟に叫ぶキャメル。だが、そんな彼女を狙って放たれる黒紫の熱線。寸前のところで躱した彼女が睨みつける先には、柔和に微笑みながらもその瞳に嗜虐的な影を湛えた、同じく同年代と思しき少女。

 だが彼女の周囲に浮かぶ中央に眼球にも似た意匠が施された鏡は、彼女が人間という括りに入るモノではないことを物語る。


「邪魔を、するなぁっ!」

 長刀を片手で抱えるようにすると、空いた一方の手を振る。その軌跡から迸る水流が、天を目指し、そして先の少女の元へと繋がるきざはしとなった。

 痛む脚を無理やりに動かし、キャメルは水の上を滑るように駆け抜ける。その足元を狙って放たれる幾つもの光線を、寸前で軌道を変えながら踊るように逃れる。


 そして。漸く、刃が届く距離に至った。はずだった。


 見えたのは、遠方。

 先程の星の少女に無理やり引き起こされてるルオータの姿と、倒れたルオータに向かって、光線を放つ禍つ鏡が二枚飛行しようとする姿。

「――!!」


 軌道を逸らし、ルオータへ向かう鏡を切り伏せたキャメル。


 その背中を、一条の閃光が貫く。


「素晴らしい友情です、感動的ですわ」

 嘲侮の言葉を、土産に擦りつけられながら。


 ――そのまま、キャメルは地面へと落下する。

 数秒の後、彼女のほど近くへ投げ飛ばされ何度かのバウンドの後に転がされる影がある。

 言うまでもなく、それは意識を失ったルオータだった。


「えー、もうおしまい? ねえねえもっと遊ぼうよー」

「ふふ、我儘はいけませんよ。それにこれから仕事が残っていたでしょう?」


 ついぞピクリとも動かなくなった魔法少女をさらに小突こうとする星眼の少女を、鏡を従えた桜色の髪を持つ少女が制する。その左目は、星眼の少女の右目の様に、彩の無い影の色。それは二人が対であることを示すかのようであり。


「そっか、そっか! これから二人で人間の世界に攻め込むんだもんね! 楽しみだなあ、なにして遊ぼうかな!」


 星眼の少女がまるで遠足のように語る、その言葉。

 瞬間、キャメルとルオータの脳裏に、駆け抜ける情景。

 還るべき日常、友人の顔、そして、最後に思い描いたのは奇しくも、二人とも同じ、の姿。


 口の中に溜まった血と砂を吐き出す。

 変身の度に綺麗になる爪を、割れんばかりに地面に突き立てて。

 動かすだけでも体の筋肉が、骨が、神経が歪むような音を立てても。

 二人の魔法少女は、まだ立ち上がろうとしていた。


「まだ、終われな――」

 どちらかが。そう、言おうとした矢先。


 唐突に二人の身体を囲うようにして出現した黒い円。そして。


「「う、ァ、ああああああああああああ!!」」

 それがルオータの悲鳴だったのか、キャメルの悲鳴だったのかは、今やどうでもよい。

 ただ肝心なのは、その雷撃によって今度こそ完全に魔法少女は、失神する。


 それを確認し、星眼の少女はおぉと感嘆の声を上げ、眼鏡の少女は鼻を鳴らした。


 人間の世界を守るべく、光の楽園から力を受けた正義の戦士は、完膚なきまでに敗北した瞬間であった。


 ◆ ◆ ◆


 直後魔法少女たちを覆っていた黒い円が消えると共に、領域の中央より現る新たなる気配が現れた。しかしそれは光の楽園からの救援と言うには余りにも邪悪な気配を帯びている。


 不定形の粘土にも似た暗褐色の塊が地面から粟立つようにして湧き上がると、徐々にそれは輪郭を帯び、小さな二足歩行の形態を取ったかと思うと、徐々に液状の部分が揮発するように霧となって、その下にある正体をあらわにする。

 黒を基調とした祭服に身を包んだ、蝦蟇のように歪みぼこぼこと隆起した醜い顔立ちをした雄の怪物。それは気絶した魔法少女たちを一瞥して鼻で笑うと、今度は星眼の少女と眼鏡の少女へと向き直ると、慇懃に片膝をつき、言葉を述べた。


「今回はわたくしめの献策を受け取っていただくばかりか、これほど完璧な状態で魔法少女を生け捕りにしてくださるとは……恐悦至極に存じます」


「いんやぁ、あはは、そんなに褒めないでよぉ」


 畏まり、そしてまるで祈るかのように二人を褒めちぎる蝦蟇顔の男。しかしそれを受けて照れくさげに笑うのは星眼の少女だけで、眼鏡を従えていた方の少女はやんわりとした応対で、しかし敵である魔法少女と相対していた時のような警戒心を崩さない。


「我々は同じシャドー王国、そして女王ジャークインに忠誠を誓いし親衛隊。そのように下手に出なくても結構ですよ――策謀のシャドー・ヨッド様」

 ヨッド。そう呼ばれた怪物は少女の言葉にいえいえと、大袈裟にも見える動きでかぶりを振った。

「何をおっしゃいますか――我らシャドー王国目下最大の脅威であり、親衛隊の一人を討ち果たした怨敵。こ奴ら魔法少女を今まさに捕らえただけでも十二分に格の差がございます。それに、何よりも」


 これまでの台詞が全てが前座であったかのように、満を持してとばかりにヨドは告げた。


「堕落のシャドー、ルナ様」

 その名に応えるは、星眼の少女。無垢にして純真、それゆえに残虐。それゆえに強大。その月の名に相応しく仄暗いながら確かに幻想を帯びる銀の髪と、一方でひどく活発さを感じさせる衣服の着こなしは正体を不確実な惑わしに錯覚する。のほほんと柔く笑むその内側に、強大なる力を有する影の乙女。


「享楽のシャドー、トイフェル様」

 その名に応えるは、眼鏡の少女。知的で冷静沈着、なれど戦いにおいては嗜虐的。悪魔の意を持つ名に違わぬ魔性の美と、人を誘う薄紅色の髪は、然しその毛先が薄暮の果てを思わす青紫へと変わっていく。無慈悲さと人を引き寄せる魅力を、等しく武器とする影の乙女。



「我らが女王ジャークイーン様のご息女であらせられるお二人に対して、如何に同じ組織に属しているとて気安くお離すことはできるはずもないのでしょう」



 人類を守る、光の楽園に選ばれた戦士、魔法少女。


 その魔法少女を討ち果たした、闇の国の女王の娘。


 そして囚われた魔法少女で何かを目論む、恐ろしい怪物。




「た、たいへんカフ……! は、はやく助けを呼ばなきゃカフ……!」


 そして、その一部始終を目撃した、もう一匹。


 夜は黒く染まっていく。ただ、変わらず輝く三日月を残して。

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