軍人である前に船乗りとして

鉄のクジラ

プロローグ

 広島県江田島――そこにはなにか異質な雰囲気がある。

 それはおそらくその地に流れる時間が止まっているからであろう。

 明治二十一年、海軍将校を養成する目的で、東京築地に設置されていた海軍兵学校がここ江田島に移転されて以来、今日の海上自衛隊幹部候補生学校に至るまで約一三〇年間にわたり日本の海軍士官教育を担い続けているのである。

 旧生徒館は、赤レンガの愛称で呼ばれ、現存するレンガ建築の中で最も古いもののひとつである。全長一四〇メートルの大建築は現在、幹部候補生学校庁舎として使用されている。

 まるでギリシャ神殿のような鉄筋コンクリート造りの二階建ての教育参考館は、先輩方の偉業を偲び、「温故知新」によって自己修養と学術研鑽をすることを目的として設置された。現在は特攻隊員の遺書、勝海舟の書などが展示されていて年間七万人の見学者が訪れているそうである。他にも大講堂や理化学講堂、水交館(兵学校文庫館)といった多くの歴史的な建造物が当時とほぼ同じ目的で現在も使用されている。

 伝統墨守―五省ごせい、3S精神、出船の精神、五分前行動、旧海軍兵学校以来の伝統を色濃く残し陸海空三自衛隊の幹部候補生学校の中でもその厳しさは格別と云われる江田島。俺、北村きたむらまもるはなぜかそこにいる。

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