第3話

 元気になった俺は翌日学園のある王都のタウンハウスへと戻った。


 前世を思い出したにも関わらず何の変化もなしに普段通り学園へ行った。


 午後はスポーツ学、いわゆる体育だ。


『んー、野球じゃなくてクリケットなんだ』


 男子は試合、その間女子は庭園でお散歩をしているらしい。日除けもないグラウンドに応援に来る女子はいない。


 西洋と現代日本の混合の不思議さ。これまでやってきたことだから違和感ないけど。


 俺は運動は苦手なので全く目立たない。クリケットバットを振りながら打順を待つ。


「あ、あ、あ、あのぉ」


 後ろから声をかけられた。茶髪に茶目の目立たない雰囲気の男子生徒だ。


「ん? 誰? ごめん、覚えてない」


 俺は公爵子息だから基本的に同年代の高位貴族は覚えている。この彼は下位貴族だと思う。

 スポーツ学は学年合同で、他クラスとの試合だから顔や名前を知らない者も多い。クラスで一チームなので見学に回る者もいる。俺は今日は選手の日。


 彼はクラスメートではないから対抗クラスの本日の見学組なのだろう。


「すみませんっ! ニーデズ・ティースラと申します」


「俺はフユルーシ・ガーシェル」


「はいっ! もちろん存じ上げております!

突然お声掛けしてしまい、申し訳ございません」


 公爵子息だからね、知られていることはわかっているし、相手が下手に出るのも了承済み。


「いいよ。ここ学園だし。

それより、何かあった?」


 男子生徒相手なので柔和な顔で対応できる。


「あの、その、ゴ……ゴ……」


「ん?」


「ゴルフっ!」


 俺の表情は抜け落ちた。元々表情筋が物凄く働いているわけではないが、それでも抜け落ちた。


「あ……あ……」


 高位貴族令息にそんな顔をされたら、そりゃ焦るわな。ニーデズは真っ青な顔で立ち竦む。


「ちょっと待っててね」


 安心させるために笑顔を作ってみたが、尚更ビビらせてしまったようだ。


 呆けるニーデズを置いて、俺はクラスメートの見学組のところへ行き選手交代してもらう。


 戻ってきた俺はニーデズの肩を抱いて校舎へ歩き出す。


「俺、なんか具合悪いから帰る。屋敷まで送ってくれるよな? ティースラ君?」


「は、はひぃ」


「じゃあ、君も早退な」


「ひゃい」


 上擦った裏声で返事をするニーデズ。これが爵位のある世界の身分差なのだから仕方あるまい。


 俺はワクワク感いっぱいだ。


 馬車の中では縮み上がって下を向くことしかできないニーデズが可哀想で声もかけられなかった。とにかく屋敷でリラックスしてもらおうと思っている。


 屋敷へ戻るとニーデズを応接室へ通す。いくら若者とはいえ、初対面の初来訪の者をプライベートルームへ通すわけにはいかない。


 テーブルにこれでもかというほどの軽食を並べてもらいメイドに茶を出してもらうと人払いをした。


「遠慮なく食べてくれ」


「………………」


 ニーデズは硬直している。ケツの半分もソファーに乗っていない。

 どうやら身分差をよく理解しているようだ。この世界に馴染んでいる証拠だ。


 俺は小さくため息をついた。何から話せばいいのだろうか。


「ティースラ君。

いや、もうニーデズでいいよね?」


「は、はい。いいです」


「ニーデズは転生者なの?」


 この世界に『ゴルフ』はまだない。なのに、ニーデズは俺にゴルフと言った。


 だが、警戒しているのか口を開けているが返事をしない。返事をしないことが肯定していることになるのだけど。


「どうやら、俺もそうみたいなんだよね。

っていっても、気がついたのは一昨日で、前世の記憶は朧気で全部曖昧だし、あまり使える気はしてないんだけど」


「ぼ、僕もです。僕は十四の時に高熱を出しまして思い出しました」


 ニーデズがやっと俺と目を合わせた。

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