尊死てぇてぇ殺人事件

からいれたす。

尊死てぇてぇ殺人事件

「先輩、今度のお休みに私の家にきませんか? 家族が旅行に行ってしまって誰もいないんです」不意にこんな会話が耳に入ってきました。


 なぬ!


 女子校なので警備員も女性が良いとのことで採用された私は、交代しながらもふたり体制を保ちつつ校内に常駐して働いています。


 校内各所には監視カメラがあり、どちらかがモニタールームで目を光らせる毎日です。もちろん、モニターするだけではなく、定時の巡回も業務になります。


 今日は、なかなかに貴重な尊い現場に出くわしてしまいましたわ。さすがは百合の園。私はそっと物陰に隠れ、監視の目を向けます、警備員ですから。


「やっと先輩に振り向いてもらえたのに、ずっと一緒にいられなくて寂しいですよぅ」あらあらまぁまぁ、うふふ。


 ふたりはなにやら最近お付き合いを始めたばっかりのようですわね。う、うらやましいかぎりです。


 私に背を向けるカタチで立っている先輩とやらの声は聞き取りにくいですが、後輩ちゃんのよく通る甘い成分を帯びた声が聞こえてきます。


「ぎゅっとしちゃいますよ~」

 ああ、甘酸っぱいです。


「あーん、先輩成分が満たされていきます~ほじゅ~ほじゅ~」

 なんか、こう無性にあまずっぺぇですわね。


 思わず目の前の壁に正拳突きをしたくなるレベルです。

 てぇてぇ。どすどす。


「あーん、離れがいたよ~」

 てぇてぇ。どすどすどす。


「せーんぱい、えへへ、呼んだだけ~」

 どすどすどすどすどす。


「あ、じゃ、いまはこれだけ……ちゅ」

 ドスドスドスドスドスドスドスドスドス。


 監視は重要ですが、このままでは糖分過多でまずいですわね。私は親指を内側に捻りこむような気合の入ったパンチに切り替えます。


 無我の境地です。学校の平和の維持のためです。無心でコンクリート塀を殴ります。


 巡回業務はこうゆうことがたまに起こるのでやめられませんし、拳ダコが消えることもありませんわ。


 ボコッ。

 ふたりが去ったあとには、無残にも砕け、穴が空いた壁が屹立しておりました。


「…………はっ、し、しまったですわ」


 まずいですわ。ここは監視カメラに映る場所ではないですか。

 もちろんカメラのある場所なんて熟知していますわ。警備員ですから。


 急いでモニタールームに戻り、その映像を誰に知られることなく消去しなくてはなりませんわ。


 善は急げです。モニタールームにいそぎます。


 早足で部屋に戻ると、同僚の村枝さんが机に突っ伏して、頭から血を流していました。


 恐る恐る声をかけて肩を揺すっても反応がありません。なんか呼吸もしていない気がします。ひえっ。


「な、なんじゃこりゃー、ですわ」


 ちゅ、ちゅーしなきゃ。

 じゃなくて、人工呼吸ですわね。

 彼女は美人さんでしたのでアリよりのアリですわね。


「ってちがーーーーう」


 ちょっと混乱しましたが、マニュアルにのっとって、警察や救急、関係各所に連絡をすませることができました。


 それから……任意で引っ張られて今に至ります。


◆ ◆ ◆


 取調室に通された私に刑事さんは着席を促し、自らも向かいに腰をおろしました。


 それに合わせるように、その後ろに立つ若い同僚の男が、レジュメをめくりながら今回の経緯を話し始めます。


「被害者は村枝百合子そんしゆりこさん、二八歳。現場の女子校の警備員です。死因は前頭部への打撲による内出血。容疑者で第一発見者は同僚のゴリラのような二四歳の女です。また、犯人はゴリ子という謎のメッセージが現場に残されていました」


 なんて迷惑なメッセージを残しているのですか。見に覚えのない言いがかりですわ。 


「必至で介助しようとしたのに、屈辱ですわ」

 若い刑事も酷いディスを交えてきたので途方にくれますわ。


「あなた、名前と職業は?」と聞いてきたベテランそうな刑事さんに、一呼吸おいてから私はゆっくりと口を開く。

剛田ごうだリコ、女子校の警備員をしていますわ」


「やっぱりゴリ子じゃん」

 と若い男は嬉しそうに口を挟んでくる。


「やめてください、“うだ”がどこかに逝ってますわよ! 子供の時のあだ名そのままです。ひどい屈辱ですわ」


「ウダゴリ子さんですね」


「なんで、わたしの過去をしってるんですの!」


 的確に私の悲しい過去をえぐってくる手腕、さすが警察です。いけませんね。このままでは丸裸にされてしまいますわ。えっちです。


「ちょっと静かにしろ、三下」

 三下というのですわね、絶対に殴るリストに登録しときましたわ。おぼえてらっしゃいませ。


「まぁ、逮捕でいいよな」

「そっすね」

「犯人って書いてあったしな」

 おい、お前ら拳で語り合うか?


「ちょ、ちょっと待って下さい。ちゃんと取り調べてくださいませ。あとカツ丼もお約束ですわよ」


「三〇〇〇円、自腹だよ」

「警察官ってそんなに高級なカツ丼食べるのかしら?」

「いや、三人前」

「犯人にたからないで下さいませ」

 酷いですわ!


「あ、やっぱり犯人みたいだな」

「自白しましたね」

「あわわ、口が滑りましたわ」

 軽妙なディスりの果てにサラッと言質を取るとか悪魔の所業ですわ。


 とりあえず、なんとかしなくてはいけません。自分の無実の証明のために矢継ぎ早に思いの丈を伝えましょう。


「私は殺ってません!」

「犯人はだいたいそう言うんだよ」


「証拠はあるんですか」

「犯人はだいたいそう言うんだよ」


「動機もアリバイも確認していないじゃないですか」

「犯人はだいたいそう言うんだよ」


「もう、黙秘しますからね」

「犯人はだいたいそう言うんだよ」


「私、テンプレ過ぎでしたか?」

「ゴリ子はだいたいそう言うんだよ」

「屈辱ですわ」


 なにかしら、こうふつふつ沸きあがる怒りは。私はプルプルと震える握り拳が、将来的に辿り着く刑事の頬をじっと見つめます。


「それじゃ、面倒くさいと思うけど取り調べをはじめましょうか?」

「そっすね」

「屈辱ですわ」

 このふたりに付き合っていたら駄目な気がしますわ。


「状況を説明するけど、監視カメラを確認したところ、監視モニタールームからあなたが、校内の巡回に向かってから戻ってくるまでの間に、被害者の女性のところを訪れた人はおらず、外出もしていないことが確認されています」


 急にマジメに話されると困惑しますわ。


「まぁ、どちらかが必ず部屋に詰めているという規定になっていますので、そうなりますわね」


「つまり、生きている彼女に会えたのはあなただけということになります」と刑事さん。


「また死亡時刻と発見された時刻に殆どの差がないことから、死後の時間経過はないことがわかっております」と三下が流れるようにつなげてくる。


「体温はたしかにまだ、残っていましたわ」

 会話の流れ的に適宜、相槌をはさみつつ、状況を俯瞰します。


「また、別のカメラよりあなたがコンクリート塀をなぐり穴をあけるという奇行が確認されています」

 三下め。奇行言わないでいただきたいですわ。平和を守るために必要な行動なのですわ。


「ぐっ、いいじゃないですか、それは」


「ほら、なにか隠してますね。コンクリート塀を破壊できる、そのゴリラ並みの腕力と拳で彼女の頭部を机に叩きつけたわけですよね?」


「ゴリラは余計ですわよ」

「ほかは認めるということですか」

「ほかを認めるわけがないじゃないですか」

「つまりゴリラは認めるってことですね」


「屈辱ですわ」

 どうしてもゴリラに仕立てあげたいようですわね。犯人かゴリラかのどっちかにして頂きたいものですわ。うほっ。


 しばらくの取り調べの後に、ノックの音と共にひとりの女性が入ってきて刑事に耳打ちする。

「警部ちょっと宜しいですか? 監視カメラの映像にですね……」


 やがて何やらボソボソと話していたが、唐突に刑事の声のトーンが一段階あがった。


「はぁ、机に自ら頭を何度も叩きつけていただと。理由はわかるか?」


「いえ、てぇてぇ。言っていたそうです」


「訳がわからねぇ、自殺なのか? こいつはただの通りすがりのゴリ子ってか、しかたねぇ。今日は帰って良いぞ」


「一発づつ殴らせていただけませんか。私は屈辱を忘れない女ですので」

 

 それはそうと、私はピンときましたわ。

 彼女はモニター通して、私とおなじ現場を監視していたのですね。

 まさか、彼女も同類だったとは。惜しい人をなくしましたわ。


 壁にパンチは仕方ないとしても、机に頭突きはやめようと誓った私ですわ。


 悲しい事件でしたわ。


 後日、学校から壁の修理代十万円の請求書がきましたわ。悲しい事件ですよ、こんちくしょー。

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