『あんまん』はおいしい食べ物です

看板メニューは『あんまん』

 カランカランカラン


 お店の扉のドアベルが鳴る。

 

 入ってきたのは、ツンツンに逆立った炎のような真っ赤な髪、顔に大きな傷、熊かと思うほどの大きな体躯の男性。『憤怒の赤熊』の異名を持つランクSの冒険者のアランさんだ。


「いらっしゃい。アランさん」

「おお」

「久しぶりじゃない?」

「ああ。ギルドの依頼で出かけてたからな」


 アランさんは魔牛のコート――噂によるとアランさんが倒した魔牛の皮でできた――を脱いで、空いている椅子に掛けると、その隣の椅子にどかりと座った。そして、コートの中から小袋を取り出して、ジャラリと小銭を机の上に置く。


 (このお店は前金制。庶民のための甘味処だし、食い逃げはお断りだからね)


「みっつ、頼む」

「はああい」


 私は、目の前ある大きな蒸籠せいろの蓋をとった。ふわわんと真っ白い湯気と甘い香りが鼻に届く。アランさんが頼むのは、お店の看板商品の蒸したてのあんまんと決まっている。真っ白い生地の中には、おばあちゃん直伝のあんこがぎゅっと閉じ込めてある。


「蒸したてで、熱いから気をつけてね!」


 あんまん三つとエール用の大きなジョッキにいれた冷たい薬草茶を、アランさんの前にコトリと置く。薬草茶には、『火傷しませんように』と祈りを込める。この世界、真摯な祈りは神様がきいてくれるって言われているからね。


「………、これこれ!!」


 アランさんがあんまんに手を伸ばし、そして、まだ湯気がたっているあんまんを二つにわると、片方を口の中に入れた。


「ふはふは、あっちっち……、ふは……あっち」

「中の餡は熱くなっているから、気をつけ……。そんなにいっぺんに食べたら、口の中を火傷するよ?」


「んなこと、知って……、ふは……、もぶ……、ぐ……」と言葉にならないことを口にしながら、あんまんを飲み込むと、アランさんが冷たい薬草茶を一気に流し込んだ。


「ぷは――――!!」


 (それ、エールじゃないし。ジョッキに入っているけど、薬草茶だし!)


「まったく……」と、私はひとつため息をついて、眉をすこし下げた。


「あんまんのアツアツを口の中を火傷させながら食べる。そして、冷たいお茶をぐっと流し込む。あんまんの中の熱くて甘いやつがぐわーっと口の中に広がる。これを、夢まで見たんだ。久しぶりのあんまんに火傷なんて気にしていられるか!」


 アランさんが手に持っているからのジョッキを少し持ち上げた。


「でも……」

「この白い皮はふわふわとしていて少しだけ甘い。こいつはこいつで旨い。ちまちま食べている奴もいるが、俺は熱いうちに頬張りたいのだ。旨いものは口いっぱいにいれてこそ、旨い! それにな、俺のお気に入りは、茶色がかった赤紫のレビンのとろりとした甘さだ。こいつは熱いと舌にまとわりつく。ここのあんまんを思う存分味わいたいと思ってきたのだからな」

 

 この世界では、レビン(悪魔祓いの赤い実という意味らしい)が、小豆にそっくりな豆だった。でも、茹でてそのまま食べるのが主流。おやつというよりは、季節の変わり目に食事に出てくるレンティル(レンズ豆)とかと一緒の豆類扱い。だから、お砂糖を入れてゆっくりゆっくり炊くことはない。


「でも……」

「それに、あんまんは、ホカホカ、アツアツがウリなんだろ?」

「まあね」


 アランさんの言う通り、このあんまんは蒸したてがウリだ。蒸籠から取り出して、ホカホカ、アツアツを提供する。北の辺境とも呼ばれるヴァルコイネンで、売れるんじゃないかなーって思って考えた看板商品だ。そして、この売り方は、火の魔法石を惜しみなく使える私だからできる売り方。

 それに! 

 このあんまんはホカホカ、アツアツで食べるように開発した私の自信作。


 熱いときにもちもちっとするように、外側の皮の強力粉と薄力粉の配合も研究した。丁寧に炊いて裏ごししたレビン餡には、アツアツのあんまんを割ったときにとろりとするように少しばかりの脂と、食感をよくするために蜜で煮たレビンを加えてある。


「おまけに、火傷を和らげるための成分がはいった薬草茶だろ? それに、俺が火傷しないよう祈りをこめてくれてる」

「まあ、絶対、一気に食べて上顎を火傷するって思ったもの」

「旨いんだから仕方ない。それにな、この薬草茶がまたいいんだ。さっぱりとした飲み心地もいいが、なんたって、火傷のピリピリ感がおさまるからな。何が入っているかは、企業秘密なんだろ?」

「まあね。薬草茶はオリジナル商品だからね。でも、火傷に効く成分はちゃんとはいっているよ?」


 (炎症を抑えるコーラルディナを薬草茶に入れようとする薬師はあまりいないからね)


「そうか。それなら、ますます、ホカホカ、アツアツをがぶりと食わねば……な!」


 アランさんが豪快に笑いながら、右手に残っていたもう半分のあんまんを口の中に放り込んだ。そして、残りの二つも次々と口の中に入れてしまった。そして、ごくりと飲み込むと、薬草茶を飲みながらふうっと大きく息をはいた。


「ふう!! 満足! 満足!!」


 

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