アランさんは『あんまん』好き

「ふう!! 満足! 満足!!」


 アランさんが口角をあげて天井を見上げている。そして、口からあんまんの香りを含んだ息がふぁーと吐き出すと、頬を緩めて力の抜けた顔つきになった。


(ふふ。『憤怒の赤熊』もあんまんには勝てないのね)


 私が作ったあんまんがアランさんの笑顔につながったのが嬉しくて、わたしも頬が緩む。


「満足してくれて嬉しい」

「こんなうまいもんを、ジュードが食わない理由がわからん」


 アランさんが空になったお皿を見ながら首をひねっている。


「ふふ。ジュードさん、甘いものが苦手なんだって。あんまんの皮だけなら食べてみたいらしいわ。……、あれ、今日、ギルドに寄ってきたんじゃないの? ジュードさんは?」


 アランさんは、ギルドの依頼から帰ってきたときは、必ず、ギルドにいる刀鍛冶師のジュードさんを誘って二人でやってくる。ジュードさんに魔剣グラムの手入れをしてもらって、それがが終わった後に来るんだとか。


 魔剣グラム(私は持ち上げることもできない大きくて重い大剣)は、黒緋くろあけ色のつかにはルビーのような深紅の火の魔法石が埋め込まれ、剣身にも呪文らしき文様がびっしりと描かれている魔剣。アランさんが呪文を唱えながら一振りすれば、炎が竜のように獲物に飛びかかるという噂だ。山のように大きな魔牛も一刀両断らしい。見たことないけど。


 そんなすごい魔剣は、手入れも難しいらしく、ジュードさんは、毎回、「アランのやつ、扱いが雑なんだよ。その割には注文が多くてさ……」とぼやいている。


「今回は、ジュードにすべて押しつけてきた」

「え? いいの?」


 私は少しびっくりして聞き返した。いつもはジュードさんにあれこれ注文して、使い勝手がいいようにしてもらうんだって、言っていたもの。


「ま、いろいろあってな。ギルドで報奨金をもらって、ジュードにグラムを預けてすぐに、来ちまった。……、まあ、ジュードもわかってくれるさ。あんまん代を稼ぐために頑張ったんだから、ご褒美をもらわなくてはな」


 アランさんがにやりと笑う。


(いやいや、あんまんの代金は、アランさんの稼ぎからしたら微々たるものです)

 

「一緒にいたやつらとも、『あんまん! あんまん!』と掛け声をかけあってだな、士気を高めたんだぜ? おっ。噂をすれば……」

「なにそれ……」


 私の言葉を無視して、アランさんは立ち上がると机のそばの窓を開けた。ひやっと透き通った冷たい風がお店の中に入ってきた。秋から冬へ季節が移り変わろうとしているその冷たさにふるるっと肩を震わせる。


 (このところ、急に寒くなった。雪虫も飛んだし、もう秋も終わりなのかな)

 

 この世界では、秋はとよ実りみのりの王の季節と表現する。ちなみに、冬は雪と氷の女王だ。


 開け放たれた窓の外を見ると、真っ青な空にぽこぽこと羊雲が浮かんでいる。お店の名前と同じ羊雲。ヴァルコイネンに初めて来たときに、真っ青な空に羊雲があって、なんだかほっとした気持ちになって……、それでお店の名前にしたことを思い出す。

 通りに植えられている木からは、赤や黄色の葉がひらりひらりと風とダンスをしながら落ちる。モップルル、バーチ、ノーム……いわゆる落葉広葉樹の葉がそれぞれの好みの色にその葉の色を染めている。王都では、緑の葉以外を見たことなかったから、まるで服を着ているみたいに綺麗だなと思ってしまう。あの葉がみんな落ちてしまうような強い風が吹いたら、雪と氷の女王の季節が始まるって常連の誰かに教わった。


 ちなみに、木の向こう、通りの反対側にある茶色い大きな建物がジュードさんがいる冒険者ギルドだ。


 (ジュードさんのことが気になって、窓を開けたのかな?)


「噂をすれば? ……、ジュードさん、終わったの?」

「いや、さっき、渡してきてばっかりだから、それはないだろう。今回はかなり魔法石を無理に使ったから、魔力線が詰まっているはずだしな」

「そうなの?」

「ああ。無理に使えば、どこかひずみが生まれるものだ」 


 大きなモップルルの真っ赤な葉が、風に連れてこられてきたのか、開けた窓から入り込み机の上に落ちた。アランさんがその葉を手に取ると、モップルルの葉柄を持ってくるりと回した。そして、口角を少しだけ上げて、指を二本立てる

   

「……、もう二つ頼む」

「えっ? 五つになるよ。 いいの?」


 アランさんが「ああ、構わない。金はたんまりと稼がせてもらったからな」と言って銅貨を五枚置いた。


「うーん、そういうことじゃないけど……、ま、いいか」


 あんまんばかり五つ食べるのもなんだなーと思ったんだけど、あれこれ言うのはやめよう。


 (お客さまは神さまです!)


 私は、蒸し器のある場所に戻り、あんまんを取り出してお皿にのせた。


 (それにしても、アランさんが請け負った依頼ってどんなんだったんだろう? とても寒かったって言ってたし、どこまで行ったんだろう?)


 守秘義務とかもあるから、依頼のことを聞いていいのかどうかちょっと迷ったけど、好奇心には勝てなかった。 

 

「……、今回の依頼は、……、その、……、内容を聞いてもいい?」

「今回は、ガルーダユーユ草原の雪鼠ゆきねずみ討伐だった。あいつら、見ているとあんまんに見えてしまってなぁ……。だからな、討伐が終わってここに戻ってきた途端、あんまんを食いに来たわけさ」


 アランさんは、皿を受け取るとあっさりと答えてくれた。ガルーダユーユ草原ってここから馬で三日ほど南に行ったところ。すごく寒い場所ではないような気がする。討伐の場所にも小さなひっかかりを感じたけど、もっと引っかかったのは討伐対象の雪鼠。


「雪鼠って、あの、小さくて可愛い?? それを討伐??」


 雪鼠っていうのは、手のひらくらいの大きさの鼠。あんまんの皮みたいに真っ白な毛、チチっと鈴のように鳴く声、かわいいの一択。私が飼っていた雪鼠は、はかなげにふるふると震えてばかりで、夏が来る前に雪のように消えてしまった。討伐対象になるような要素がなくて首をかしげていると、アランさんが困った顔をして眉をさげた。

 

「そういえば、ロッティは、……、きぞ……からきたんだっけ?」

「えっ? あ、……ちが…………」 


 自分の言葉にどこか間違いがあったのかと、どくんと心臓が跳ねた。 

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