コンビニバイトの練習
森林梢
コンビニバイトの練習
「俺、バイト、クビになった」
気落ちした様子の友人が呟いた。俺は聞き返す。
「バイトって、居酒屋か?」
「あぁ、ちょっと店長と揉めちゃってさ」
「何やってんだよ……」
彼は悪い奴ではないのだが、融通の利かない所があるのだ。
人畜無害そうな見た目なのに。
友人が眉根を寄せたまま続ける。
「で、来週から、駅前のコンビニで働くことになったんだけど、上手くできるか不安なんだよね」
「じゃあ、練習しとくか? 俺、お客さん役やるぞ」
「マジ? ありがとう」
両手で、自動ドアが開く様を表現しながら、俺は言った。
「ウイーン」
「ありがとうございましたー」
「入ってきた所だよ」
本気で間違えたのか、冗談なのか、いまいち読み取れない。
「ごめん、間違えた。仕切り直させて」
恭しい謝罪を受け入れて、仕切り直す。
「ウイーン」
「ありがとうございましたー」
「何回やるんだよ。同じ失敗を繰り返すな」
「え? 同じ失敗? どういう意味?」
「は?」
妙な食い違いが生じたことに疑問を抱いた。
が、口にするタイミングは無かった。
「何か気に障ったなら謝るよ。だから、もう一回やらせて」
「……分かった」
三度目の練習が始まる。
「ウイーン」
「ありがとうございましたー」
「……タイムリープしてるな」
存外、すんなりと受け入れることが出来た。
この手のフィクションに慣れ親しんできたからだろう。
こういうときは、タイムリープを発生させるトリガーを探すのがセオリーである。
「……ウイーン」
「ありがとうございましたー」
「これだな。このマイムがトリガーになってるんだな。なるほど」
トリガーは見つかった。次は、原因の究明だ。
「……ところで、お前、俺に言っておかなきゃいけないこと、ないか?」
友人の顔から、さっと血の気が引いた。ビンゴだ。
「きゅ、急に何だよ?」
「隠してることとか、悩みとか、何でもいいから言ってみろ」
懊悩の末、彼は秘密を明かした。
「――実は俺、バイトしていた居酒屋の店長を、殺してしまったんだよ」
「……え?」
突然の告白。飲み込めない。
「きっかけは些細なことだったんだ。残業代が支払われていないことを指摘したら、逆ギレされてさ。取っ組み合いの喧嘩になったんだ。で、倒れた拍子に、店長が壁に頭をぶつけて……」
死んでしまった。脳内で言葉を補う。
「……ウイーン」
「ありがとうございましたー」
「とんでもないことを聞いちまったなぁ……」
とりあえずリセットしたが、放っておくわけにもいかない。
失敗を犯したときこそ、寄り添ってあげるのが真の友達である。
ひょんなことから、お前が殺人を犯したと知ってしまった。かいつまんで本人に説明した。
数分の沈黙を経て、友人は口を開く。
「……知られたからには、お前を殺すしかないな」
「え?」
「悪く思うなよ」
「う、ウイーン!」
「ありがとうございましたー」
「危なっ! 殺されかけた! 怖っ!」
こいつ、危険だ。もう庇いきれん。何としてでも逃げねば。
立ち上がろうとする俺の肩に、友人が手を置いた。
「あのさ、お前に言っておかなきゃいけないことが」
「う、ウイーン!」
「……」
反射的にタイムリープを敢行。したつもりだった。
しかし、友人は『ありがとうございましたー』を言わない。
「あれ? う、ウイーン」
「……」
「……ウイーン?」
混乱する俺に、彼は不気味なほど優しい微笑で言った。
「――自分がタイムリープ能力を手にしたとでも思ったか?」
「えぇ!?」
やられた。ずっと騙されていたのだ。彼は不遜に続ける。
「タイムリープ能力を持っているのは、俺」
『嘘を言うな』という台詞が咄嗟に出なかったのは、一旦は自分が能力者だと信じたからだろう。
「だ、だったら、店長を殺す前まで、タイムリープすればいいじゃねぇかよ!」
「そんなことしたら、店長が生き返っちゃうだろ?」
驚愕する俺。友人は補足する。
「おっと、勘違いしないでくれよ。殺すつもりはなかった。けど、前々から邪魔だと思ってたんだよ。だから、店長は生き返らせたくないんだ」
何も言えない。言葉が出ない。
「なのに、どういう手順を踏んでも、お前には気付かれて、通報されちゃうんだよなぁ。どうやって伝えれば、受け入れてくれるんだろうなぁ」
小さく嘆息した彼は、両手の動きで自動ドアが開く様を真似る。
「仕方ない。色々と試すよ」
「や、やめろぉ!」
「ウイーン」
◇
「俺、バイト、クビになった」
気落ちした様子の友人が呟いた。俺は聞き返す。
「バイトって、居酒屋か?」
「あぁ、ちょっと店長と揉めちゃってさ」
「何やってんだよ……」
彼は悪い奴ではないのだが、融通の利かない所があるのだ。人畜無害そうな見た目なのに。
コンビニバイトの練習 森林梢 @w167074e
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