第8話 遅すぎた救出

 カンナは勢いよく飛び起きた。

(……ここは、どこだ)

 男に吹き飛ばされて、その後の記憶がない。

 てっきり大聖堂の中で倒れていると思ったが、どうやらどこかの家にいるらしい。聖堂の裏にある小部屋というわけでもなさそうだ。

 誰かに助けてもらったのだろうか。しかし家にしては何もない部屋だ。窓と扉と、自分が横になっている質素なベッドだけ。

 そのとき、部屋のドアが開いた。

「おっ、気がついたか?」

 そこには大工姿の男が立っていた。

「あなたは……」

「大聖堂の改修工事やってる大工さ。あんた、親方んトコの坊主の友だちなんだろ? 親方がそう言ってた」

「あなたが助けてくれたんですか」

「いや、親方だよ。ここの宿舎に運んだのは俺だけど。もう元気そうだな、怪我も無さそうだし」

 よかったな、と男は爽やかに笑った。カンナは安心して頭を下げる。

「それで、親方さんは?」

「ああ、親方なら神官のところだよ。なんかえらく急いでたけど」

 ということは、リリスの父親は神官に隠し部屋のことを告げるのだろうか。急いでいたのは、カンナたちが盗賊に遭遇したことを悟ったからだろうか。

(だったら親方さんも危ない目に遭うんじゃ……)

 カンナはベッドから素早く立ち上がった。

「あの、お世話になりました」

「もう動けるのかい? あんまり無理はしない方がいいと思うが」

「大丈夫です。急いで行かなければならないところがあるので」

 カンナは男に一通り礼を述べるとすぐさま宿舎から出た。

 周囲はすでに暗い。リリスの父親に届け物をしたのが午前中だったのを考えると、だいぶ長い間気を失っていたことになる。あの男の蹴りを食らい、さらに黒くどろどろとした魔法の塊まで真正面から受けたのだ。普通の人間ならばまずは命はない。のだ。

(それにしても回復に時間がかかりすぎたな)

 己の両手のひらをじっと眺めながらカンナは舌打ちをした。

 辺りを見回して大聖堂の方向を確認するとそこへ向かって駆け出す。リリスの父親に会うことも大事だが、まずはリリス本人の安全を確保するのが先だ。

 ラダトの階層の一番上。日が落ちた後の大聖堂は、逆に怖い雰囲気すらあった。神聖さがなりを潜めている。

(精霊が……去ったのか?)

 神殿や教会が独特で清らかな雰囲気を保っていられるのは、そこに精霊が居着いているからだ。彼らが去ってしまえば、そこはただの石造りの建物にすぎない。

(ことが一段落しても、ここはもう聖堂として機能しないかもしれないな……)

 聖堂前の広場に立ってカンナは辺りを見回した。重苦しく陰湿な空気がまとわりついてくる。

 人影がないことを確認して懐から小さな木片を取り出すと、そこになにやらサラサラと書き殴る。そう、簡易式の呪符だ。

 まだ先ほどの男がいるかもしれない。呪符でどれだけ護身できるかはわからないが、無いよりもあった方が心強い。さらさらと地面にチョークで陣を描くと、その中央に木片を置いた。

 口の中で小さく呪文を唱えると、陣の中央にゆっくりと青白い光が集まってくる。周辺にいる精霊たちを呼び寄せて、力を借りているのだ。

 そうして出来上がった呪符を懐に収めて、カンナは大聖堂の中に足を踏み入れた。

瘴気しょうきか……朝はなかったのにな)

 聖堂の中には今や毒々しい気配が漂っていた。精霊が逃げ出すのもうなずける。

 日中さがしあてた隠し扉を、カンナは音を立てないように開ける。後ろに隠れた廊下に身を滑らせるようにして入ると、左手で壁をまさぐった。

 カコン、と何かがずれる音が小さく響く。盗賊のアジトの入口である隠し扉のずれた音だ。

 それを静かに押し開くと、カンナは中の様子をうかがった。

 人の気配はない。

「……リリス?」

 声をかけるが返事はない。どこかへ連れ去られてしまったのかも知れない。

 しかし、そのうち暗がりに目が慣れてくると、彼の姿を容易に見つけることが出来た。リリスは確かにそこにいた。

 彼は床に横たわっていた。

 背中には、大きな傷。

「リリス!」

 駆け寄って、まだ息があることを確認する。見れば、背中以外にも無数の傷を受けていた。まとっている衣服も無残に切り裂かれている。

「あの野郎!」

 カンナは得も言われぬ怒りを覚えた。

 辺りを見回して目的の男を捜すが、やはりここにはいないようだった。

(とにかくリリスを安全な場所へ運ぼう)

 カンナはリリスを抱え上げると、足早にその部屋を後にした。

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