雨の日はゲームをしよう

秋雨千尋

どしゃ降りの雨は初恋を実らせる?

「桜子くん、待ちたまえ!」


 どしゃ降りの雨の中をセーラー服で走って帰ろうとした時、声をかけられた。

 クラスメイトの龍王寺りゅうおうじ零弥れいやだ。

 いつも取り巻きを連れているキラキラした彼は、今日は珍しく一人で、豪華な装飾が施された傘を手に下駄箱に佇んでいる。


「傘を忘れたのなら、職員室で貸してくれるよ」


「乾かして返すのが面倒なの」


「まったく。そんなズボラな君に提案がある」


 龍王寺はバサッと傘を開いた。

 大きく口を開けたドラゴンが目の前に広がる。


「僕と賭けをして、勝てばこの子をあげよう」


 全力でいらない。

 恥ずかしくてとても使えないよ。

 まあ、今日帰るのに使ったら、小学生の弟にあげれば喜ぶかもしれない。


「どんな賭け?」


「お互いのいい所を挙げていき、詰まったら負けだ」


「乗った!」


「先攻をもらおう。桜子くんは勇気がある。忘れもしない入学式の日。新入生代表で挨拶をした帰りに僕が足をかけられて転倒した時、ニヤニヤ笑う連中を叱り飛ばしてくれた」


「わたし卑怯者ってキライなの。じゃあ後攻いくね。龍王寺くんは顔がいい」


「えっ、そうかい?」


「ファンクラブに売り付けられたブロマイド。手帳に入れてる」


「ブロマイド!? 無許可だが、まあいいか」


「どうしてモデルをやらないの?」


「忙しくなったら会えなってしまうからね。では二回戦だ。桜子くんは足が速い。去年の運動会のリレーは痺れたよ」


「自分でも実力以上を出せたと思ってる」


「転倒してしまい泣きそうになっている子に、任せてと言ってゴボウ抜きする姿はジャンヌ・ダルクのごとき勇ましさだった」


「龍王寺くんは優しいね。テスト中に消しゴム忘れた子に一個丸ごとあげてた」


「僕の座右の銘は備えあれば憂いなし、さ。常に三個は持ち歩いている。困っていたら貸したい人がいるからね」


 雨音を並んで聞きながら、ゲームは続いた。十個に到達した時、私の方が音を上げた。

 でもどこか気分は晴れ晴れだ。

 二人きりで過ごす事なんて今まで無かったから、言いたいことを言えて満足していた。


「負けちゃった。雨が止むまで待とうかな……」


 チラリと隣を見る。

 もう少し一緒に居たい気持ちを込めて。

 しかし龍王寺は得意げに髪をかき上げて言う。


「その心配はない。門の所を見たまえ。じいやが迎えに来ている」


「どういうこと?」


「家まで送るよ。僕の勝ちだから車まで相合傘だ」


「や、でも申し訳ないし」


「……桜子くんには、いずれ僕が運転する車の助手席に居てもらいたいと思っている。だから、予行練習として乗って欲しい」


 そっぽを向きながらそんなことを言った。

 分かりやすく顔が赤い。

 どうやらこの賭けは、勝っても負けても良かったみたい。


「私の車の助手席にも乗ってくれる?」


「うっ、飛ばしそうだね。安全運転で頼むよ」


 私は傘を持つ龍王寺の手に自分の手を重ねて、そっと肩を寄せた。

 彼が足をかけられた時に怒ったのは、勇気があるからではなく一目惚れしたからなんだけど、これはまだ言わないでおこう。



 終わり。

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