第16話 勇者とゴーレムスミス

「とりあえずスラムに行ってみるか……」


 他に『働きたくても働けない』やつらが多く集まっている場所なんて思いつかず、俺はとりあえず貧民街スラムに向かって足を運んだ。


 大きな街では、必ずと言っていいほど貧しい人間が寄り集まって生活を営む場所がある。

 そういう場所を貧民街スラムと呼び……多くは排斥の餌食となるのだ。


「なぁ、ちょっと」

「なんだい?」


 しかし、王国ならまだしも……やってきたばかりのこの国の貧民街スラムの場所なんて分かるはずもない。

 

 俺は道行く人を捕まえると、尋ねた。


貧民街スラムの場所、知らねぇか」

「辞めたほうが良いよ。ろくな場所じゃない」

「仕事なんだ」

「変な仕事だねぇ。衛兵かい? 貧民街スラムはあっちだよ」


 そういって貧民街スラムを指差して教えてくれる女性。

 そんな彼女に礼を告げて、俺は再び歩きだした。


 ろくな場所じゃない、という彼女の言葉には俺も大きく頷くところがある。

 確かに貧民街スラムには、働きたくても働きたけない貧者もいるが……そうではなく、裏組織の人間たちの拠点アジトになっていることもある。


 貧しく、身寄りがなく、国に身分を持っていない。

 そんな人間たちが集まる場所なら、犯罪者たちが隠れるには絶好の場所だ。


 何しろ貧民街スラムで誰かが死んだところで……それを一々調べる衛兵なんぞはいないのだから。


 そんなことを思いながら街を歩いていると、


「いらねぇっつってんだろ! 出ていけ!」

「そ、そんな! 色んなことに使えるっすよ! ぜひ1台買ってほしいっす!」

「要らねぇよ! 人間の方がよっぽど働くわ!」


 そういって、店の中から蹴り出された女の子と出会った。


「うぅ……。また失敗したっす」


 ぐしゃ、という音がとても似合うほどに地面に伏せる女の子。


「……大丈夫か?」


 可愛そうだな……と思って話しかけると、彼女は俺の方を見てから、にこりと笑顔になった。


「お気持ち感謝っす! 全然大丈夫っすよ! アタシはこんなことで凹まないっす!」

「そうか。……何があったかは知らんけど、頑張れよ」

「ありがとうっす! デカイお兄さん!」


 元気にそう返して、彼女はすくりと起き上がると立ち去っていった。

 

 変なやつもいるもんだなぁ、と思うがこの国ではこれが日常だ。

 出来たばかりの新興国には変なやつが集まるのである。


「俺も人のことを言ってられねぇな」


 変なやつ、という扱いでいうのなら堕落した元勇者も立派な変人だろう。

 自嘲気味に呟いた俺は貧民街スラムへと向かおうとして、


「……あ、おい! そっちは貧民街スラムだぞ!」


 先程の女の子が立ち去っていった方向が貧民街スラムだったので、俺は思わず走って追いかけた。


 貧民街スラムの治安はお世辞にも良くない。

 普通に死体が転がっているし、乱闘騒ぎだって起きる。


 失うもののない人間たちが生活をしており、貧民街スラムは一種のアンタッチャブルだ。だとすれば、そんな場所に女の子が足を踏み入れれば起こることなど、火を見るよりも明らかで。


「……っす! 放すっす! 放さないと痛い目見るっすよ!」

「そういうなよ、なぁ?」


 曲がり角を曲がれば、そこには先程の女の子を連れ去ろうとする浮浪者がいた。


「おい!」


 どうしたって男女で体格の差がでる。

 女の子は必死に浮浪者を振り払おうと力を込めていたが、その力も届かない。


 だから俺が浮浪者を気絶させようと、魔力を捻ろうとした瞬間、


「《起動せよアクティベート》!」


 先に少女が詠唱した。


 その瞬間、俺は信じられないものを見た。


「良い加減にするっすッ!!」

「ぐへぇ……」


 俺の胸ほどの背丈しかなかった少女が、大の男を投げ飛ばしたのだ!!

 女の子を連れ去ろうとしていた男は地面に頭から叩きつけられて気絶。


 すっかり目を回して、地面に倒れてしまった。


 それを見ながら少女は「《終了せよシャットダウン》」と詠唱。

 そして、ぱん、と手を叩いた。


「ほら、言ったっす。痛い目見るって」

「…………」


 少女が気を失っている男に向かってそういうものだから……俺は言葉を失った。


 そんな俺にようやく気がついたのか、彼女は「ありゃ?」と声を漏らす。

 

「あ、さっきのお兄さん。こんなところでどうしたっすか?」

「お前が貧民街スラムに向かったから、それを止めようと……」

「心配してくれたっすね。感謝っす」

「さっきの魔法……《身体強化》か? それにしては、魔力の流れがおかしかったように見えたが……」

「お! お兄さん。お目が高いっすねぇ。今のは、これっす!」


 そういった少女は、ばっ! と服を脱いだ。

 その瞬間、彼女の薄着があらわになる。


「お、おい! 痴女か!?」

「違うっす! 痴女なわけないっす! 私のになんてケチを付けるっすか!」

「……発明?」


 見れば、彼女の全身には黒い紐のようなものがまとわり付いている。


 少女の胸のあたりにある核を思わせる魔導具から伸びているそれは、まるで呼吸しているかのように、わずかに大きくなったり小さくなったりと生体的な動きを繰り返していた。


「これは私が開発した『強化外筋力エクサス・マッスル』その四号機っす」

「『強化外筋力エクサス・マッスル』……?」

「魔導具っす。これをつけることで、女の子でも、子供でも、赤ちゃんでも! 大の男に負けないような力を使えるっす!」

「……マジかよ」


 目の前の少女が語る発明に……俺は思わず息を飲んだ。


「そ、そんなのあれば……めちゃくちゃ生活が便利になるじゃねぇか! それだけじゃねぇ。戦争やモンスターとの戦いが有利になるぞ!」


 俺は思わずそう吠えたのだが、彼女は笑いながら首を振った。


「でもこれ、失敗作っす。この疑似筋肉チューブがパンパンに膨れ上がるので手とか足とかに血がいかなくなるっす。だから10秒以上使えないっす」

「えぇ……」

「それに1回使用するたびに魔石をたくさん使うので燃費も悪いっす」

「……駄目じゃん」

「そもそも成功作なら私はいまごろ大金持ちっす! あんなお店から追い出されることは無かったっす!」

「店……? あぁ、そういえばなんか追い出されてたな……」


 店から蹴り出されていたアレのことか。

 なにかを買えとか言っていたような……。


「あのアホ店主。私の天才的な発明を全く理解しなかったっす。ゴーレムを使って料理を自動化すれば、もっと色んな創作料理に挑戦できるっす。それに店主ももっとお客さんとお喋りできるっす。それをあの店主……」


 そういって地団駄を踏む少女。

 面白そうなやつだな、と思うのだが早く服を着て欲しい。


「ゴーレム作るって、お前。錬金術師アルケミストなのか?」

「違うっす。アタシはあんな大釜煮詰めて悦にひたる変態じゃないっす! アタシはエレノア! 若き機械技師ゴーレムスミスっす!」


 エレノア、と名乗った少女に俺は尋ねる。


機械技師ゴーレムスミス? 初めて聞いたぞ」

「新しい発明で人々に未来を見せる夢ある仕事っす! 立派な仕事なんすよ!」


 ふん、と大きく意気込んで格好つけたエレノアのお腹がぐるぐるとなった。


「その夢、食えてるか……?」

「……は、発明は将来的に大ブレイクする予定っす。それまでは、なんとか食いつなぐっす」

「そうか。頑張れよ……」


 俺は彼女を応援して、そのまま立ち去ろうとしたのだが……彼女は俺の服を掴んだ。


「待つっす! ここであったのも何かの縁! お兄さんもなんか買っていくっす!」

「いや、手持ちがねぇ……こともねぇけど! 要らねぇよ! 俺は料理人じゃねぇし、その『強化外筋力エクサス・マッスル』だって《身体強化》魔法で十分だろ!?」


 そもそも10秒以上使えない強化に何の意味があるのか。


「つ、使えるっす。これがあれば、《身体強化Ⅱ》相当まではいけるっす……」

「《身体強化》なら、俺は《身体強化Ⅹ》まで使えるんだよ」

「さ、最上位じゃないっすか。なんでそんな化け物がこんなところにいるんすか」

「い、色々あんだよ……」


 俺がそう返すと、彼女はがっくりと肩を落とした。


「だ、だったら仕事を紹介するっす! 私の発明を買ってくれそうな知り合いはいないっすか!? 酒場とか、食堂とかに!」

「……えぇ?」


 そんなことを言われても、この街にそう多くの知り合いがいるわけではないので俺は困惑。だが、彼女を置いていくのも忍びないので少し考えていると……ふと、疑問がわいてきた。


「というか、お前。機械技師ゴーレムスミスって名乗ってるくらいだからゴーレムは作れるのか?」

「当たり前っす。でもあれ、単純作業しかできないじゃないっすか。駄目っす。面白くないっす」

「……ふむ」


 面白いかどうかはさておいて、俺は思わず考え込んだ。


「なぁ、ゴーレムに……そうだな。井戸からの水くみをさせたりできないのか?」

「井戸からの水くみ? だったらゴーレムを使うよりもポンプを導入した方が速いと思うっすけど。ゴーレムで出来ないことは無いっす」


 エレノアは頷く。


「薬草からエキスを抽出するのにすりつぶしたりとかは?」

「だったらゴーレム使うよりも抽出機とかで良いと思うっすけど。まぁ、ゴーレムで出来ないことは無いっす」


 エレノアはさらに深く頷く。


錬金工房アトリエから治療院にゴーレムを使って治癒ポーションの配達はできるか?」

「それくらいのことなら簡単っす。むしろお使いだけで良いんすか?」


 心底不思議そう尋ねてくるエレノアの肩に、俺はぽんと手を置いた。


「……良い職場があるんだが」

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