第15話 勇者と面接

 昼休みの錬金工房アトリエに、俺はリリムを連れて戻った。

 そして、彼女の生い立ちをココットちゃんとソフィアに説明して……働かせてやれないだろうかと提案してみたのだ。 


「なるほど。それで貧民街スラムの子を」


 そう言って唸ったのはソフィア。

 俺が連れてきたリリムを見て、彼女は思案するような表情を浮かべる。


 それを不安に思ったリリムは、焦ったように重ねた。


「あ、その……。なんでも、やります。お願いします……」

「君の生い立ちはある程度聞いた。だが、私に最終決定権はないのだよ。リリムさん」

「……あ、えと、どうしたら」

主人オーナーが決めるのさ」


 そう言ってソフィアはココットちゃんを見た。


 リリムの歳はココットちゃんと変わらない感じだ。

 同い年の同性ということも相まって、共に働きやすい相手だと思うのだが……どうだろう。それは俺の、エゴなのだろうか。


 俺が内省していると、ココットちゃんはリリムに尋ねた。


「リリムさん」

「は、はい!」

「週にどれだけ働けますか?」

「ま、毎日働けます……!」

「え、毎日……」


 自分で聞いておいて返ってきた言葉に引いているココットちゃん。

 そりゃスラムで育ってるんだからそれくらいの気概はあるだろう。


「はい! 毎日働けます。どんなことだってやります!」


 リリムにとって、これはまともな仕事に付くチャンス。

 これを逃せば後がない人間は……気合の入り方が違うのだ。


「お仕事としては、私の代わりにお店にたってポーションを売ってもらうことです。……お金の計算はできますか?」

「ちょ、ちょっとだけなら……。その、できます……」


 そういって露骨に表情を暗くするリリム。

 そうか。元々は人からお金をもらうだけだったから、ちゃんと金の計算をしたことがないのだ。


 売り子に複雑な計算は必要ない。

 だが……きっと、リリムにそんな簡単な計算ですら難しいのだろう。表情がそれを物語っている。


 しかし、彼女はすぐに表情を切り替えると、


「で、でも! 計算したことが無くても真面目に働けます! で、出来ないこともたくさん覚えます……! だ、だから、私をここで働かせてください……!!」


 怯まずにココットちゃんにアピール。


 彼女はここが最後のチャンスだと思っているのだ。

 

 だから、徹底して自分を売り込む。

 売り込まなければ、先がないから。

 先がなければ、死ぬしか無いから。


 そんなリリムを見ながら、ココットちゃんがどんな判断を下すのか……店の中の視線が一斉に彼女に集まった。


 いくら俺が採用担当と言っても、最後に決めるのはココットちゃんなのだ。

 ココットちゃんが首を横に降ってしまえば、俺たちがどれだけ言葉を尽くしても無駄になる。


「い、妹と、お母さんを養う必要があるんです……。どうか、お願いします……」


 そういってリリムは頭を下げた。


「決めました」


 ココットちゃんは、そんな彼女を見ながら口を開く。

 そして、にっこり微笑んだ。


「リリムさん。私たちと一緒に働きましょう!」

「……え、良いのか? そんな簡単に決めても」


 俺はリリムに同情していたとはいえ……ココットちゃんが簡単に決定するものだから俺は困惑した。


「はい。リリムさんに決めた理由もちゃんとあります。まず毎日働くと言ってくださったことと、家族を養う必要があると言ってくださったこと。それに……さっき、ハザルさんから財布を盗もうとした話も自分からされたじゃないですか」


 そういってココットちゃんは微笑む。

 

 いや、全く笑うような場所ではないのだが……リリムは自分がスリを働いたことを正直に喋ったのだ。俺が意図的に濁していたにも関わらず。


「自分のした悪いことを……こんな場所で正直に言う人は、きっととても素直な人だと思うんです。だって、言わなくても良いじゃないですか」

「そりゃな」


 ココットちゃんに同意する。


 そりゃそうだ。

 言わないですむなら、わざわざ自分からマイナスになるようなことなど言う必要がないのだ。


「でも、リリムさんは言ってくれました。だから私は、彼女と一緒に働きたいと思ったんです」

「……そっか。ココットちゃんがそう決めたんなら、決定だな」


 俺も思わず安堵あんどのため息をついた。

 

 初めての採用活動。

 ソフィアからヒントは与えられたものの、自分の頭で考えて、行動し、それが身を結んだ。

 

 その得も言えぬ達成感とともに深い充足感を覚える。


 リリムは「ありがとうございます……。ありがとうございます……」と、ココットちゃんに頭を下げ続けているし、ココットちゃんもどことなく嬉しそうだ。


 俺は自分の活動が、誰かのためになっていることを思うと嬉しくなってきて……。


「……ん」


 なんとも言えない表情を浮かべているソフィアを見つけた。


「どうした?」

「ちょっとな……」


 ソフィアはそういうと、俺を連れて部屋から出る。


「どうした、ソフィア。珍しく文句を言いたそうじゃねぇか」

「……いや。ココットさんが決めることだ。私が口を挟むことではないと分かっているとはいえ……ちょっとな」

貧民街スラムのやつを雇うことが、か?」


 それはよくある差別意識なのでそう聞いたのだが、


「違う。出来心で人の財布を盗もうとするやつを雇うことが本当に良いのか、だ」

「…………」

「無論、頭では分かっているさ。私が彼女と同じ立場になったときに……自分の家族の“明日”を守るためにしなければいけないことも……」


 ソフィアはそういうと、静かに息を吐き出した。


「だとしても……。だとしてもだ。不安は残るだろう。もしかしたら店のポーションを盗むんじゃないかと。商品を盗むんじゃないかと。……私の言っていることは間違ってると思うか、ハザル」

「いや、思わねぇな」

「……それにしては、君は動じていないように見えるが」


 そう言われて、俺は頭をかいた。


「人間、どんな時でもきれいなままじゃいられねぇ。戦場にいれば、街でまともだったやつも人が変わっちまう。人は追い詰められたら、変わるんだ」

「……だから、彼女は盗んだと?」

「聞け、ソフィア。人は追い詰められたら変わる。なんで変わる? 生き残るためだ。生きたいからだ。盗むのは、そうしないと生きられないからだ」


 俺はソフィアの反応を待たずに、続けた。


貧民街スラムのやつは、まともな仕事につけねぇ。仕事につきたくてもだ。なら、笛で金を貰ってた彼女がその働く手段を失ったら……どうすれば良い? 頭の良いお前ならもう答えは分かるだろ」

「…………」


 ソフィアは目をつむると静かに熟考。

 それは、リリムのことを考えているのではなく……きっと、自分の心を納得させるためなのだろうと、俺は思った。


「確かに人の金を盗むのは犯罪だ……。国によっちゃあ、腕を切り落とすところだってある。でも、そうしなきゃ生きていけねぇやつらもいるんだ。なら、そいつらはどうすれば救われる? 働く場所があれば、盗みなんてしなくて良いやつらがこの世界にゃごまんといるんだ」

「……そうだ。そうだとも。君の言う通りだ」


 ソフィアは静かにうめいた。


「……難しい、問題だな」

「まぁな。でも、目の前に苦しんでるやつがいて……それを助けられるのが商売なんだろ? だったら、リリムを雇うことだって変わらないはずだ」


 俺がそういうと、ソフィアは「……そうだな」と頷いた。


「君の言う通りだ。私の考えは……狭かった」

「どんなやつでも……最初は信じてみるのが良いと思うぜ。俺もそれで救われてんだ」

「英雄みたいなことを言うじゃないか、ハザル」

「お前、分かって言ってるだろ」


 ソフィアの軽口に俺は笑う。

 そして、久しぶりに英雄なんて呼ばれたことに……少しだけくすぐったさを覚えた。


「よし、ハザル。まず、1人だ」


 そして、彼女はすでに切り替えるように微笑んだ。


「ん?」

「リリムさんはどう見ても非力だ。ポーション作りの重労働に耐えられないだろう。ココットさんが求める人材はもう1人、力持ちがいたと思うが」


 そういえば。


「また、君の力にかかっている。頼むぞ、ハザル」

「…………街に行ってくる」


 俺はそういうと、もう1人の人材を見つけるために街へと繰り出した。

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