引っ掛けられた天の邪鬼

ミドリ

第1話 危険じゃない賭け

 失恋して雨の中を裸足で歩いていた俺を、春馬は拾った。


 見知らぬ男にいきなりひと目惚れだと言われて、家までのこのことついて行ってしまった。日頃の俺からは考えられない軽率な行動だ。


 春馬は、俺が名乗った直後にキスをしてきた。軽い奴だと思っても、仕方がない。


 俺はゲイだけど、男なら誰でもいい訳じゃない。警戒心丸出しの俺に、春馬は必死で言い募った。


 春馬は引かなかった。試してみようと言い出したのは、春馬。俺は、じゃあやってみろよと挑発した。


 ノンケの男が男を抱ける訳がない。裸を見た瞬間、萎えるだろう。


 結局こいつも駄目なんだと、何かのキッカケで惚れちゃう前に分かっておきたかったんだ。


 でも、俺の懸念は杞憂に終わった。


 抱かれることがこんなに痛みを伴うなんて知らなかったけど、春馬は終始気を遣いながら、最後まで俺を抱いた。


 背中に密着されたまま迎えた朝は、こんなことが世の中にあるんだと思えるくらい満ち足りたものだった。


 俺の中にあった「こいつも駄目なんじゃ」という思いは、愛されている実感を得たその瞬間、崩れて消え去った。


 その時から、俺は春馬の家に入り浸っている。共に過ごしたひと月の間に何度も交わって、やがて痛みは快楽へと変わっていった。


 でも、春馬の俺への態度はずっと甘いまま。正直、なんでこんなに好かれるのか理解が出来ない。


 ドロドロに溶け合った後は、春馬はいつもうつ伏せで寝そべる俺の中に入ったまま、背中から甘い囁きを浴びせる。


「同じ大学だったなんて、これまで一体何を見てたんだろう」


 こんな綺麗な人がいたのに気付かないなんて、と幸せそうに微笑む。本当は嬉しくて死にそうだったけど、素直じゃない俺はフンと鼻で笑った。


「俺はまさか春馬が年上だなんて思わなかったけどな」


 そんな俺の態度にも、春馬はびくともしない。


「そんなに童顔かなあ?」

「高校生かと思った」

「はは、マジか」


 素直な春馬と、全然素直じゃない俺。春馬が包み隠さず俺への愛情を曝け出す中、俺だけ未だに春馬に俺の気持ちを表せないでいる。


 だって、分からないんだ。俺のどこがそんなにいいのか。こんなに捻くれて天邪鬼な男の、どこが一体いいんだろう。


 そんな不安を抱えて微睡んでいると、春馬が突然提案してきた。


「なあミズキ、賭けしない?」

「賭け? 何の?」


 首に唇を当てながら、春馬がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「俺とミズキが、それぞれお互いのいいところを言うんだよ。多く言えた方の勝ち」

「なにそれ。何を賭けるんだよ」


 肌が重なる部分が、汗で滑っていく感覚。春馬と過ごす様になってから知った感触が、いつの間にか堪らなく好きになっていた。


「何がいい?」


 危険も何もない、ただのお遊びの賭け事。だけど耳に囁かれる春馬の声色からは、内容とは裏腹に真剣さが伝わる。


「俺が勝ったら、春馬は一週間俺の奴隷な。ご主人様って呼んでもらおう」

「何だそれ」


 クスクスと春馬が笑う。首に息がかかって、くすぐったい。


「いいじゃんご主人様。で、春馬は勝ったら何してほしいんだよ」


 顔を後ろに向けて春馬を見る。春馬は睨んでいる様な真剣な顔で俺を見ていた。


「……春馬?」

「俺が勝ったら」


 どうしたんだろう。春馬の様子がおかしい。俺、何か拙いことでもしたかな。考えてみても、冷たいことしか言ってないから心当たりがあり過ぎて原因が分からない。


「……俺が勝ったら、俺のことを好きだって言って」

「え」


 その言葉で、自分がこれまで春馬に好きだと一回も言っていないことに今更気付かされた。


「ミズキのいいところその1、顔が滅茶苦茶好み」


 唐突に始まる勝負。唖然としながらも、慌てて考える。


「春馬のいいところその1、優しい!」

「優しい? そう、嬉しいな。――その2、声が好み」


 それっていいところなのか?


「春馬? 好みじゃなくていいところを言うんじゃ」

「一緒だよ。はい、ミズキの番」

「え? ええと、歯並びが綺麗!」

「なんだそれ」


 ぷぷ、と春馬が笑う。


 それからも春馬はひたすら俺の好みの部分を挙げ、俺はどうしても恥ずかしくて、世間一般的にいいと言われるところだけを言った。


「ええと……!」


 50を超えた頃、俺の語彙力が限界に達する。春馬は目を細めると、俺の髪の毛に顔をうずめた。


「俺はまだまだ出るよ」

「くう……!」


 やってることはくだらない遊びだけど、負けるとなると悔しい。


「負けを認める?」

「畜生……!」


 あは、と春馬が笑い声を上げる。


「じゃあ言って」

「……!」


 素直じゃない俺を待ってたら、多分一生聞けない言葉。春馬はそれが分かっていたから、こんなことを始めたのかもしれない。


 ここで、俺の天の邪鬼な心が登場する。


「ふ、ふん! 賭けじゃなくったって言えるもんな! 春馬、好き好き好きす――ブフッ」


 春馬の唇が、俺の口を塞いだ。


「――ほんと、可愛すぎ。引っかかってるし」

「え」


 春馬の作戦にまんまと引っかかった俺は、今日も春馬の甘過ぎる愛にどっぷりと漬けこまれるのだった。

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